
執筆者:辻 光明
代表税理士・公認会計士・中小企業経営コンサルタント
歯科医院譲渡価格の決まり方|営業権・設備・医療法人

歯科医院を譲渡する時の価格は、単純に「売上の何年分」で決まるものではありません。実際には、診療圏、患者基盤、スタッフ体制、設備、内装、借入、医療法人の形態、譲渡後の引継ぎ条件などを総合して決まります。特に歯科医院の場合、院長個人への依存度が高い医院ほど、見かけの利益があっても営業権の評価が伸びにくいことがあります。
この記事では、医院売却を検討している歯科院長に向けて、譲渡価格の主な構成要素、営業権・設備・医療法人の見方、売却前に整理すべき会計資料を解説します。価格交渉を有利に進めるには、希望価格を先に決めるよりも、買い手が納得できる数字とリスクを整理することが重要です。
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評価額、譲渡条件、医療法人、税負担、引き継ぎ体制を整理します。
歯科医院の譲渡価格は何で構成されるか
歯科医院の譲渡価格は、大きく分けると「営業権」「設備・内装などの資産」「医療法人や事業の引継ぎ条件」で構成されます。買い手は、単にユニットやCTなどの設備を買うのではなく、譲渡後にどれだけ安定して患者・売上・利益を引き継げるかを見ています。
一般的には、次のような項目が価格に影響します。
| 評価項目 | 買い手が見るポイント | 価格への影響 |
|---|---|---|
| 売上・利益 | 保険診療、自費診療、利益率、院長報酬控除後の実質利益 | 最も基本となる評価材料 |
| 患者基盤 | 定期管理患者、リコール率、地域での認知度 | 継続性が高いほど評価されやすい |
| スタッフ | 歯科衛生士・受付の定着、勤務条件、引継ぎ意思 | 離職リスクが高いと減額要因 |
| 設備 | ユニット、CT、CAD/CAM、レセコン、内装の状態 | 老朽化や更新予定があると減額要因 |
| 契約関係 | 賃貸借契約、リース、借入、保証、業者契約 | 承継できない契約は交渉論点 |
| 医療法人形態 | 個人医院、持分あり医療法人、持分なし医療法人 | 譲渡スキームと税務に影響 |
譲渡価格は「資産価値」と「将来収益力」の組み合わせで考えるのが実務的です。利益が出ていても、患者が院長個人に強く依存している場合や、主要スタッフが退職予定の場合は、買い手にとって将来収益の不確実性が高まります。
営業権は患者基盤と利益の再現性で見られる
営業権とは、医院が持つ目に見えない価値のことです。歯科医院では、地域での認知、患者の継続来院、スタッフ体制、自費診療の仕組み、紹介ルートなどが営業権に含まれます。
ただし、営業権は「売上が高いから高くなる」とは限りません。買い手が重視するのは、譲渡後も同じように売上と利益が再現できるかです。例えば、院長の技術や人柄に依存して自費診療が成り立っている医院では、譲渡後に患者が離れるリスクがあるため、営業権評価は慎重になります。
営業権を見る際の主な確認ポイントは次の通りです。
| 確認項目 | 評価されやすい状態 | 注意が必要な状態 |
|---|---|---|
| 患者の継続性 | 定期管理患者が多く、リコール運用がある | 院長指名や単発治療が中心 |
| 自費診療 | 説明資料、カウンセリング、料金表が整備されている | 院長の属人的な説明に依存 |
| 売上構成 | 保険と自費の内訳が月次で把握できる | 売上の内訳が曖昧 |
| スタッフ体制 | 衛生士・受付が定着し、業務分担が明確 | 院長または一部スタッフに依存 |
| 引継ぎ | 一定期間の診療引継ぎが可能 | 売却後すぐ完全離脱を希望 |
実務上の注意点として、決算書上の利益だけでなく、院長報酬、家族給与、車両費、交際費、保険料などを調整した「買い手から見た実質利益」を確認する必要があります。売り手にとっては通常経費でも、買い手にとっては再現しない費用や、逆に追加で必要になる費用があるためです。
設備・内装・リースは簿価だけで判断しない
歯科医院の譲渡では、ユニット、歯科用CT、レントゲン、CAD/CAM関連機器、滅菌機器、レセコン、内装なども重要な評価対象です。ただし、設備の価値は帳簿上の価格だけで決まるわけではありません。
買い手は、設備を取得した時の金額よりも、譲渡後に何年使えるか、修理や入替えが必要か、メーカー保守が継続できるかを見ます。たとえば、帳簿上の簿価が残っていても、実際には買い手がすぐに入替えを予定している場合、その設備は価格に反映されにくくなります。
特に確認したい項目は次の通りです。
| 項目 | 売却前に確認すること |
|---|---|
| ユニット | 台数、年式、使用状況、故障履歴、増設余地 |
| CT・レントゲン | 導入時期、保守契約、画像管理システムとの連携 |
| CAD/CAM・技工関連 | 稼働率、自費診療への貢献、更新予定 |
| レセコン・予約システム | 契約名義、データ移行、月額費用 |
| 内装 | 原状回復義務、改装必要性、消防・保健所対応 |
| リース | 残期間、残債、名義変更、解約条件 |
設備評価で見落としやすいのが、リース契約と借入です。リース物件は医院の資産ではないことも多く、譲渡価格に含められるか、買い手が契約を引き継げるかを個別に確認する必要があります。譲渡価格に設備を含める場合でも、所有物・リース物・借入対象資産を分けて整理することが大切です。
医療法人の場合は持分と運営権の整理が必要
歯科医院が医療法人で運営されている場合、個人医院の事業譲渡とは見方が変わります。特に、持分あり医療法人か、持分なし医療法人かによって、譲渡スキームや税務上の論点が異なります。
持分あり医療法人では、出資持分の評価や譲渡、社員・理事の変更、退社時の払戻しなどが論点になります。一方、持分なし医療法人では、出資持分そのものの売買ではなく、役員交代、運営権、退職金、拠出金、事業用資産の扱いなどを慎重に確認する必要があります。
| 形態 | 主な論点 | 価格算定で見るポイント |
|---|---|---|
| 個人医院 | 事業譲渡、設備譲渡、賃貸借契約の承継 | 営業権、設備、患者引継ぎ |
| 持分あり医療法人 | 出資持分、役員変更、退職金、法人資産 | 法人純資産、利益、持分評価 |
| 持分なし医療法人 | 運営引継ぎ、役員構成、退職金、基金 | 持分売買ではなく承継条件 |
| MS法人併用 | 不動産、業務委託、賃貸借、親族関係 | 関連会社との契約妥当性 |
医療法人の譲渡価格は、単なる医院の売買価格ではなく、法人の財産・負債・役員関係・退職金設計を含めた整理が必要です。特に退職金を使って売り手側の手取りを設計する場合、税務上の妥当性や法人資金繰りとの整合性も確認しなければなりません。
実務上の注意点として、医療法人は株式会社のように自由に株式を売買する仕組みではありません。社員総会、理事、管理者、行政手続き、定款、出資持分の有無を確認せずに価格だけを話し合うと、後からスキーム自体を見直すことになります。
買い手が減額したくなるリスクを先に整理する
売り手が希望価格を出しても、買い手はリスクを見つけると減額を求めます。価格を高く見せることよりも、買い手が不安に感じる論点を先に整理しておく方が、結果として交渉が進みやすくなります。
特に減額要因になりやすいのは、次のような項目です。
| リスク | 買い手の不安 | 売却前の対策 |
|---|---|---|
| 院長依存 | 院長が離れると患者が減る | 引継ぎ期間、紹介文、診療方針の共有 |
| スタッフ退職 | 衛生士不足で診療体制が崩れる | 雇用条件、面談、就業規則の確認 |
| 自費売上の不安定さ | 高額治療が一時的だった可能性 | 月別・治療別の売上資料を準備 |
| 老朽設備 | 追加投資が必要 | 設備更新計画、修繕履歴を整理 |
| 賃貸借契約 | 同じ場所で続けられない | オーナー承諾、契約条件の確認 |
| 簿外債務 | 未払金、保証、労務リスクがある | 会計・労務資料の事前点検 |
売却前に整えるべきなのは、見栄えのよい資料だけではありません。試算表、総勘定元帳、固定資産台帳、借入明細、リース契約、賃貸借契約、スタッフの雇用条件など、買い手が確認する資料を整えておくことが重要です。資料が整っている医院は、価格の根拠を説明しやすく、交渉の土台も安定します。
譲渡価格を考える前に整理したい資料
歯科医院の譲渡価格は、M&A仲介会社や買い手から提示される前に、自院側でも大まかな説明材料を持っておくべきです。特に、会計資料と現場資料が一致しているかは重要です。
売却前に整理したい資料は次の通りです。
| 分類 | 主な資料 | 確認目的 |
|---|---|---|
| 会計資料 | 決算書、月次試算表、総勘定元帳 | 利益・費用・資産負債の確認 |
| 売上資料 | 保険・自費別売上、診療科目別売上 | 収益構造の説明 |
| 患者資料 | 新患数、リコール数、来院頻度 | 患者基盤の継続性 |
| 設備資料 | 固定資産台帳、リース契約、保守契約 | 資産評価と引継ぎ条件 |
| 人事資料 | スタッフ一覧、給与、勤務条件 | 雇用継続リスクの確認 |
| 契約資料 | 賃貸借契約、借入明細、業者契約 | 承継可否と負債整理 |
| 法人資料 | 定款、社員・理事名簿、議事録 | 医療法人の承継スキーム確認 |
売却準備は、買い手探しより先に数字と契約を整えることが出発点です。希望価格だけを先に出すと、後から資料不足や契約上の問題が見つかり、価格交渉が止まることがあります。特に医療法人、リース、賃貸借契約、スタッフ雇用は早めに確認しておくべき論点です。
まとめ
歯科医院の譲渡価格は、営業権、設備、内装、医療法人の形態、契約関係、譲渡後の再現性を総合して決まります。
- 売上だけでなく、院長報酬や一時的費用を調整した実質利益を見る
- 営業権は、患者基盤、スタッフ体制、自費診療の仕組み、引継ぎ可能性で評価される
- 設備は簿価だけでなく、使用可能年数、保守、リース残高、更新予定を確認する
- 医療法人は、持分の有無、役員変更、退職金、行政手続きを含めて整理する
- 売却前に会計資料、設備資料、契約資料を整えると、価格交渉の根拠を示しやすい
譲渡価格に納得感を持たせるには、「いくらで売りたいか」だけでなく、「なぜその価格になるのか」を資料で説明できる状態にすることが重要です。売却を検討し始めた段階で、税務・会計・医療法人制度・M&A実務を横断して確認しておくと、手取り額や引継ぎ条件も含めた現実的な判断がしやすくなります。
よくある質問
Q: 歯科医院の譲渡価格は売上の何年分で考えればよいですか?
Q: 赤字の歯科医院でも譲渡価格はつきますか?
Q: 医療法人のまま売却する場合、個人医院と何が違いますか?
Q: 売却前に設備を新しくした方が価格は上がりますか?
参照ソース
- 厚生労働省 医療法人制度について: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/igyou/index.html
- 国税庁 譲渡所得の対象となる資産と課税方法: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3105.htm
- 国税庁 減価償却資産の償却費の計算方法: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5400.htm
- 中小企業庁 中小M&Aガイドライン: https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html
この記事を書いた人

辻 光明
代表税理士・公認会計士・中小企業経営コンサルタント
公認会計士 / 税理士 / 認定経営革新等支援機関
税理士法人 辻総合会計の代表。クリニック開業支援・医療法人設立・クラウド会計導入を得意とし、オンラインでの税務顧問サービスを推進。
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