
執筆者:辻 光明
代表税理士・公認会計士・中小企業経営コンサルタント
訪問歯科を始める前に確認する収支と人員体制

訪問歯科は、外来患者の減少対策や地域連携の強化につながる一方で、始めればすぐに利益が出る事業ではありません。採算を見るときは、診療報酬の点数だけでなく、移動時間、歯科医師・歯科衛生士・事務担当者の配置、車両や機材、請求事務、施設との連携負担まで含めて考える必要があります。特に、訪問先が居宅中心なのか、施設中心なのか、同一建物で複数人を診るのかによって、1日あたりの売上と人件費のバランスは大きく変わります。
2026年5月時点では、在宅歯科医療の評価や訪問歯科衛生指導の評価見直しが進んでおり、訪問歯科を始める前には診療報酬・人員体制・移動効率・請求管理を一体で確認することが重要です。この記事では、訪問歯科を検討している歯科院長向けに、採算判断の考え方と開始前に整理すべき実務ポイントを解説します。
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訪問歯科の採算は「点数」だけでは判断できない
訪問歯科の売上は、歯科訪問診療料、処置・検査・管理料、訪問歯科衛生指導、介護保険の居宅療養管理指導などが関係します。ただし、外来診療と違い、診療していない移動時間や準備時間も発生するため、単純に「1人あたり点数が高いから儲かる」とは言えません。
訪問歯科の採算を見る際は、まず次の3つを分けて考えます。
| 確認項目 | 見るべき内容 | 採算への影響 |
|---|---|---|
| 訪問先の種類 | 居宅、施設、病院、グループホームなど | 移動効率、同日診療人数、連携事務が変わる |
| 診療チーム | 歯科医師、歯科衛生士、助手、運転・事務担当 | 人件費と1日あたり対応件数が変わる |
| 請求・管理体制 | 医療保険、介護保険、施設連携、情報提供書類 | 事務負担と返戻リスクが変わる |
訪問歯科は、1件ごとの収入よりも、1日単位でどれだけ効率よく診療できるかが重要です。たとえば、1日で複数施設を回る場合でも、移動距離が長ければ診療時間が削られ、人件費率が上がります。反対に、同一施設内で複数人を診療できる場合は移動効率は高まりますが、算定区分や施設基準の確認が必要です。
実務上の注意点として、訪問歯科は「院長が空いた時間に行く」形で始めると、外来診療の売上を下げてしまうことがあります。外来枠を削って訪問に出る場合は、訪問の粗利だけでなく、失われる外来売上も含めて比較する必要があります。
訪問歯科で最初に確認すべき収支項目
訪問歯科を始める前には、月間売上の見込みより先に、固定費と変動費を分けて整理します。特に、車両費、ポータブルユニット、訪問用機材、感染対策用品、通信機器、レセコン・請求ソフトの対応状況は、開始初期の資金繰りに影響します。
収支の見方は、次のように整理すると判断しやすくなります。
| 区分 | 主な項目 | 確認ポイント |
|---|---|---|
| 売上 | 歯科訪問診療料、処置、管理料、訪問歯科衛生指導、居宅療養管理指導 | 患者数、訪問回数、同一建物の人数、算定要件 |
| 直接費 | 歯科材料、衛生用品、技工料、外注費 | 外来より持ち出し材料が増えないか |
| 人件費 | 歯科医師、歯科衛生士、助手、事務 | 移動・記録時間を含めた稼働時間 |
| 車両・移動費 | 車両リース、燃料、駐車場、高速代 | 訪問エリアと1日ルート |
| 設備費 | ポータブルユニット、レントゲン、吸引器、タブレット | 減価償却、リース料、保守費 |
| 事務コスト | 請求、情報提供書、契約書、同意書管理 | 医療保険・介護保険の確認体制 |
訪問歯科の採算ラインは、1日あたりの診療人数と移動効率で大きく変わります。開始前のシミュレーションでは、楽観的な患者数だけでなく、初期3か月から6か月程度の低稼働期間も見込む必要があります。
たとえば、訪問歯科専用の曜日を作る場合、最低限確認したいのは次の数字です。
- 1日あたりの訪問件数
- 1件あたりの平均診療時間
- 1日の移動時間
- 訪問チームの人件費
- 1日あたりの診療報酬見込額
- 外来診療を休む場合の機会損失
- 月間の固定費増加額
訪問歯科は、月次で部門別に管理しないと採算が見えにくい事業です。外来診療と売上・人件費・材料費をまとめてしまうと、訪問部門が黒字なのか、外来の利益で補っているのか判断できなくなります。
人員体制は歯科医師だけでなく事務負担まで見る
訪問歯科では、歯科医師が診療に出るだけでなく、歯科衛生士、歯科助手、運転担当、請求事務、連携窓口の役割分担が必要になります。特に、訪問先との日程調整、患者家族への説明、ケアマネジャーとの情報共有、診療記録の作成は、院内で想像する以上に時間がかかります。
訪問歯科の体制は、次のように段階的に考えると現実的です。
| 段階 | 体制イメージ | 向いている医院 |
|---|---|---|
| 試行段階 | 院長または勤務医が週1枠で訪問、既存スタッフが補助 | 患者数が少なく、需要確認をしたい医院 |
| 拡大段階 | 歯科医師と歯科衛生士を組み合わせ、訪問曜日を固定 | 施設や居宅から継続依頼がある医院 |
| 専門化段階 | 訪問専任チーム、専用車両、専任事務を配置 | 訪問患者数が安定し、外来と分けて管理したい医院 |
人員体制を考える際に見落としやすいのは、訪問後の事務処理時間です。診療が終わっても、記録、請求入力、情報提供書、同意書、施設への連絡、次回予約調整が残ります。これを診療時間外に院長やスタッフが対応していると、残業やミスが増え、返戻・査定のリスクも高まります。
実務上の注意点として、歯科衛生士を訪問に出す場合は、外来のメンテナンス枠が不足しないかも確認が必要です。訪問部門の売上が増えても、外来の自費メンテナンスや定期管理が減ると、医院全体の利益が伸びないことがあります。
人員体制の判断基準は、「訪問に何人出せるか」ではなく、「外来を維持しながら訪問を継続できるか」です。採用前に、既存スタッフの稼働表、外来予約状況、訪問予定件数を並べて確認しましょう。
居宅中心か施設中心かで収支構造は変わる
訪問歯科の収支は、訪問先の構成によって大きく変わります。居宅中心の場合は、1人の患者に丁寧に対応しやすい一方、移動時間が長くなりやすく、1日あたりの診療人数が限られます。施設中心の場合は、同じ場所で複数人を診療しやすい反面、同一建物の患者数、施設基準、連携書類、施設側との調整が重要になります。
| 訪問先 | メリット | 注意点 |
|---|---|---|
| 居宅 | 患者・家族との関係を築きやすい | 移動時間が長く、件数が伸びにくい |
| 介護施設 | 複数人をまとめて診療しやすい | 同一建物の算定区分や施設連携が重要 |
| グループホーム | 継続管理につながりやすい | 口腔管理の説明と記録が必要 |
| 病院・施設連携 | 医科・介護との連携が広がる | 書類、調整、責任範囲の整理が必要 |
訪問先を増やすときは、紹介件数だけで判断せず、1日ルートに組み込めるかを確認します。近隣エリアにまとまっていれば効率は上がりますが、遠方の単発訪問が増えると、売上はあっても利益が残りにくくなります。
また、施設からの依頼を受ける場合は、単に「患者数が多いから有利」と考えないことが大切です。説明会、初回評価、契約・同意、情報共有、キャンセル対応などの運用負担も含めて判断します。実務上の注意点として、施設との関係性を優先しすぎて、採算が合わない訪問スケジュールを固定化しないよう注意が必要です。
開始前に作るべき採算シミュレーション
訪問歯科を始める前には、最低でも「低位・標準・高位」の3パターンで収支を試算します。初月から予定どおり患者数が集まるとは限らないため、初期は赤字でも、何か月で黒字化するのかを見ておくことが重要です。
採算シミュレーションでは、次の項目を月次で整理します。
| 項目 | 低位ケース | 標準ケース | 高位ケース |
|---|---|---|---|
| 月間訪問日数 | 少なめに設定 | 現実的な稼働 | 上限に近い稼働 |
| 1日あたり診療人数 | 初期患者数で設定 | 継続患者を含める | 施設内複数人を想定 |
| 月間売上 | 保守的に見積もる | 平均単価で試算 | 加算・管理料も反映 |
| 人件費 | 実稼働時間で計算 | 移動・記録時間込み | 専任化を想定 |
| 設備・車両費 | 最小限 | 標準装備 | 拡張投資込み |
| 営業利益 | 赤字許容額を確認 | 黒字化時期を確認 | 拡大余地を確認 |
黒字化の目安を考えるときは、単月黒字だけでなく、初期投資を何か月で回収できるかも確認します。ポータブルユニットや車両を購入・リースする場合、毎月の固定費が増えるため、患者数が安定する前に投資を大きくしすぎると資金繰りを圧迫します。
また、訪問歯科の収支は、歯科医院全体の資金繰り表に組み込む必要があります。訪問部門だけで黒字でも、外来の売上減少、賞与、納税、借入返済が重なると、手元資金が不足することがあります。設備投資と人員増加を同時に行う場合は、資金繰り表で月ごとの現金残高を確認することが欠かせません。
請求管理と施設基準を後回しにしない
訪問歯科では、医療保険と介護保険が関係する場面があり、算定要件、記録、情報提供、同意書類の整備が重要になります。訪問歯科衛生指導や居宅療養管理指導を行う場合は、誰が、どの患者に、どの内容を、どの頻度で行ったかを記録できる体制が必要です。
請求管理で確認したいポイントは次のとおりです。
- 歯科訪問診療の対象患者に該当するか
- 同一建物の人数や訪問先による算定区分を確認しているか
- 訪問歯科衛生指導の記録を残しているか
- 居宅療養管理指導の説明・同意・情報提供を整理しているか
- 施設基準の届出が必要な項目を確認しているか
- レセプト返戻時の原因分析を月次で行えるか
実務上の注意点として、訪問歯科は「診療した事実」だけではなく、「算定要件を満たす記録」が必要です。現場では適切に診療していても、記録や情報提供が不足すると、返戻・査定や後日の説明負担につながります。
特に、訪問歯科を新たな収益柱にしたい場合は、開始時点から月次の部門別管理を設けることをおすすめします。訪問売上、訪問にかかる人件費、材料費、車両費、事務時間、返戻件数を毎月確認すると、拡大すべきか、エリアを絞るべきか、人員を増やすべきか判断しやすくなります。
まとめ
訪問歯科は、地域ニーズが高く、医院の将来戦略として有力な選択肢です。ただし、外来診療とは収支構造が異なるため、始める前に採算と人員体制を具体的に確認する必要があります。
- 訪問歯科の採算は、診療報酬だけでなく移動時間・記録・請求事務まで含めて判断する
- 居宅中心か施設中心かで、1日あたり診療人数と人件費率が大きく変わる
- 歯科医師・歯科衛生士だけでなく、日程調整や請求管理を担う事務体制も必要になる
- 設備投資や車両費は、低位・標準・高位の3パターンで回収可能性を試算する
- 訪問部門は外来と分けて月次管理し、返戻・査定や人件費の変化を継続的に確認する
訪問歯科を始める前には、現在の外来収支、スタッフ稼働、資金繰り、訪問見込み患者数を整理し、無理なく継続できる体制を作ることが重要です。
よくある質問
Q: 訪問歯科は患者数が少なくても始められますか?
Q: 訪問歯科専用のスタッフを最初から採用すべきですか?
Q: 施設から依頼があれば採算は良くなりますか?
Q: 訪問歯科の収支はどの資料を見れば確認できますか?
参照ソース
- 厚生労働省「令和8年度診療報酬改定の概要 歯科」: https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001671913.pdf
- 厚生労働省「診療報酬情報提供サービス」: https://shinryohoshu.mhlw.go.jp/
- 厚生労働省「介護サービス関係Q&A」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/qa/index.html
- 厚生労働省「居宅療養管理指導」: https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/000660333.pdf
この記事を書いた人

辻 光明
代表税理士・公認会計士・中小企業経営コンサルタント
公認会計士 / 税理士 / 認定経営革新等支援機関
税理士法人 辻総合会計の代表。クリニック開業支援・医療法人設立・クラウド会計導入を得意とし、オンラインでの税務顧問サービスを推進。
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