
執筆者:辻 光明
代表税理士・公認会計士・中小企業経営コンサルタント
歯科医院の開業場所を収支で判断する方法

歯科医院の開業場所は、駅からの距離や視認性だけで決めると、開業後の資金繰りに大きな差が出ます。物件選定中の段階では、候補地ごとに「賃料を払えるか」ではなく、必要患者数・固定費・借入返済を並べて、月次で黒字化できるかを確認することが重要です。特に歯科開業では、内装、ユニット、レントゲン、CT、広告、運転資金が重なりやすく、立地の良し悪しがそのまま返済負担の重さに影響します。
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物件、設備投資、人員計画、運転資金、返済計画を、開業時期に合わせて整理します。
開業場所は「良い立地」ではなく「採算が合う立地」で見る
歯科医院の物件選定では、駅近、駐車場、競合状況、人口動態などが注目されます。ただし、経営判断としては、それらを最終的に数字へ変換する必要があります。良い場所に見えても、賃料が高すぎる、内装費が大きい、広告費をかけないと認知されないといった条件が重なると、開業後の資金繰りは厳しくなります。
まず確認したいのは、毎月の固定費です。賃料、共益費、リース料、人件費、材料費、技工料、借入返済、広告費、通信費、保守料などを並べると、その場所で毎月どれだけの売上が必要かが見えてきます。ここで大切なのは、売上目標を先に置くのではなく、固定費から逆算して必要患者数を確認することです。
たとえば、賃料が高い物件では、開業初期から一定の患者数を確保できなければ資金が減っていきます。反対に、賃料が低くても視認性が弱く、広告費や導線整備に費用がかかる場合は、結果的に高コストになることがあります。家賃だけで安い・高いを判断せず、集患コストまで含めて比較することが実務上の注意点です。
賃料は売上見込みと固定費全体の中で判断する
歯科医院の賃料は、売上に対する割合だけでなく、開業初期の資金繰りに与える影響を見ます。開業直後は患者数が安定しないため、毎月必ず発生する賃料が高いほど、運転資金の減少スピードも早くなります。
賃料を判断するときは、次のような項目を並べます。
| 確認項目 | 見るべき数字 | 判断のポイント |
|---|---|---|
| 月額賃料・共益費 | 毎月固定で発生する金額 | 売上が伸びる前でも支払えるか |
| 保証金・敷金 | 初期資金として必要な金額 | 設備投資や運転資金を圧迫しないか |
| 内装制限 | 追加工事費の有無 | 歯科仕様にするための追加負担がないか |
| 契約期間・更新条件 | 更新料、解約予告期間 | 撤退・移転時のリスクが大きすぎないか |
| 駐車場・看板条件 | 月額費用、設置可否 | 集患に必要な導線を確保できるか |
賃料は安ければよいわけではありません。医院前の通行量、看板の見え方、競合との位置関係、駐車場の使いやすさによって、同じ賃料でも集患効率は変わります。反対に、高い賃料の物件でも、認知されやすく、開業初期の立ち上がりが早いなら、収支上は合理的な場合があります。
ただし、開業計画では楽観的な売上だけで判断しないことが重要です。賃料負担は固定費であり、患者数が少ない月でも必ず発生します。開業前の計画では、標準ケースだけでなく、患者数が想定より少ないケースも作り、資金が何か月持つかを確認します。
患者数は「商圏人口」よりも月次収支に落とし込む
物件選定では、診療圏調査や人口データを見ることがあります。これは重要ですが、商圏人口が多いだけで採算が合うとは限りません。実際の収支判断では、1日あたり何人の患者が来れば固定費と返済をまかなえるかを確認します。
必要患者数は、次の順番で考えると整理しやすくなります。
- 月間の固定費を出す
- 材料費・技工料など変動費を見込む
- 借入返済を含めた必要売上を計算する
- 患者1人あたりの平均単価を仮定する
- 月間診療日数で割って1日患者数を出す
たとえば、月間で必要な売上が600万円、診療日数が22日であれば、1日あたり約27万円の売上が必要です。患者単価を仮に1万円と見れば、1日27人が目安になります。実際には保険診療、自費診療、メンテナンス、キャンセル率によって変わるため、複数パターンで見ることが大切です。
ここで注意したいのは、開業初月から必要患者数に到達するとは限らないことです。広告開始から認知形成までの時間差、スタッフの習熟、予約枠の埋まり方、口コミの立ち上がりを考えると、黒字化まで数か月の余裕を見て運転資金を確保する必要があります。
借入返済は利益ではなく資金繰りで見る
開業融資を受ける場合、返済額は毎月の資金繰りに直接影響します。会計上の利益が出ていても、借入元金の返済は経費にならないため、手元資金は想定より減ることがあります。歯科開業では、設備投資額が大きくなりやすいため、返済後に資金が残るかを必ず確認します。
特に確認したいのは、次の3点です。
| 項目 | 確認内容 | 見落としやすい点 |
|---|---|---|
| 月返済額 | 元金と利息を合わせた毎月の支払い | 利益ではなく現金支出として見る |
| 据置期間 | 元金返済が始まる時期 | 据置終了後に資金繰りが悪化しないか |
| 追加投資余力 | 開業後の設備追加・採用費 | 初期投資で借入枠を使い切っていないか |
返済負担を見るときは、売上が順調な場合だけでなく、患者数が伸びない場合、スタッフ採用が遅れる場合、自費診療比率が低い場合も想定します。返済額が大きいほど、開業後の経営判断の自由度は下がります。
また、物件によっては内装費が大きく変わります。スケルトン物件は自由度が高い一方で、給排水、電気容量、防音、床上げ、レントゲン室などの工事費が膨らみやすい傾向があります。居抜き物件でも、設備の状態やレイアウト変更の必要性によって追加費用が発生します。見積書の金額だけでなく、予備費を含めた総投資額で融資計画を見ることが必要です。
物件比較では3つの収支シナリオを作る
開業場所を決める前には、候補物件ごとに収支シナリオを作ります。ひとつの売上予測だけでは判断が偏るため、最低でも保守的、標準、好調の3パターンを用意します。
| シナリオ | 想定 | 確認すること |
|---|---|---|
| 保守的ケース | 患者数が想定より少ない | 運転資金が何か月持つか |
| 標準ケース | 計画通りに集患できる | 返済後に資金が残るか |
| 好調ケース | 患者数・自費が伸びる | スタッフ増員や設備追加に対応できるか |
保守的ケースで見るべきなのは、赤字になるかどうかだけではありません。赤字が出た場合に、手元資金でどの程度耐えられるか、追加借入や支払猶予に頼らずに改善できるかを確認します。開業直後は広告、採用、教育、材料在庫などの支出も重なりやすいため、資金繰り表で月ごとの残高を見ることが大切です。
また、好調ケースも必要です。患者数が増えても、ユニット数、スタッフ数、診療時間が不足していれば売上は頭打ちになります。開業場所を選ぶ段階で、将来の増設余地、スタッフ動線、待合スペース、駐車場、予約枠の拡張性を確認しておくと、成長時の制約を減らせます。
契約前に確認したい数字と資料
物件を契約する前に、感覚ではなく資料で確認したい項目があります。特に、賃貸借契約、内装見積、設備見積、融資計画、運転資金計画はセットで見ます。
| 確認資料 | 主な確認点 |
|---|---|
| 物件概要書 | 面積、賃料、共益費、階数、駐車場、看板条件 |
| 賃貸借契約書案 | 契約期間、解約予告、原状回復、用途制限 |
| 内装工事見積書 | 歯科仕様の工事範囲、追加工事、予備費 |
| 医療機器見積書 | ユニット、レントゲン、CT、滅菌、保守料 |
| 事業計画書 | 売上計画、費用計画、借入額、返済計画 |
| 資金繰り表 | 開業前後の資金残高、黒字化までの余力 |
この段階では、ひとつの数字だけを見て判断しないことが重要です。たとえば、賃料が高くても内装費が抑えられる物件と、賃料は安いが工事費が大きい物件では、総投資額と返済負担が逆転することがあります。総投資額と月次固定費を同時に見ることで、開業後の負担を比較できます。
最後に、開業予定地の行政手続きや保健所への確認も忘れないようにします。歯科診療所として必要な構造設備、診療室、エックス線装置、届出スケジュールなどは、物件の契約後に問題が見つかると修正コストが大きくなります。契約前に、診療所として使える物件かを専門家や関係機関へ確認することが安全です。
まとめ
- 歯科医院の開業場所は、駅距離や印象だけでなく、賃料、必要患者数、借入返済を月次収支に落とし込んで判断する
- 賃料は固定費であり、開業初期に患者数が伸びない場合の資金繰りまで確認する
- 借入返済は会計上の利益ではなく、毎月の現金支出として見る必要がある
- 物件比較では、保守的、標準、好調の3つの収支シナリオを作ると判断しやすい
- 契約前には、物件概要、契約条件、内装・設備見積、事業計画、資金繰り表をセットで確認する
よくある質問
Q: 歯科医院の開業場所は駅近の方が有利ですか?
Q: 賃料が高い物件でも選んでよいケースはありますか?
Q: 物件を契約する前に融資相談をした方がよいですか?
Q: 居抜き物件なら開業費用は大きく抑えられますか?
参照ソース
- 日本政策金融公庫 創業支援: https://www.jfc.go.jp/n/finance/sougyou/
- 日本政策金融公庫 新規開業資金: https://www.jfc.go.jp/n/finance/search/01_sinkikaigyou_m.html
- 厚生労働省 医療機関等の開設に関する情報: https://www.mhlw.go.jp/
- e-Gov法令検索 医療法: https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205
この記事を書いた人

辻 光明
代表税理士・公認会計士・中小企業経営コンサルタント
公認会計士 / 税理士 / 認定経営革新等支援機関
税理士法人 辻総合会計の代表。クリニック開業支援・医療法人設立・クラウド会計導入を得意とし、オンラインでの税務顧問サービスを推進。
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