
執筆者:辻 光明
代表税理士・公認会計士・中小企業経営コンサルタント
調剤薬局の事業承継で最初に確認すること

調剤薬局の事業承継で最初に確認すべきことは、売却価格の相場ではなく、誰が何を引き継ぐのかを分解することです。特に後継者不在の薬局では、株式、不動産、従業員、管理薬剤師、借入、在庫、処方元との関係が絡み合っているため、準備不足のまま買い手探しを始めると、交渉途中で条件が大きく変わることがあります。
まずは、会社の株式を譲るのか、薬局事業だけを譲るのか、店舗不動産を含めるのかを整理します。そのうえで、株式・不動産・従業員の3点を中心に、財務資料と許認可関係をそろえることが承継準備の第一歩です。
薬局承継・M&Aの個別相談
この記事の内容を、薬局の承継・譲渡・税務判断に落とし込む相談をする
株式譲渡、事業譲渡、評価額、税負担、引き継ぎ条件を整理します。
最初に決めるのは「株式譲渡」か「事業譲渡」か
調剤薬局の承継では、主に「株式譲渡」と「事業譲渡」のどちらで進めるかを検討します。中小規模の法人薬局では株式譲渡が選ばれることも多い一方、個人事業の薬局や、複数店舗のうち一部だけを譲る場合は事業譲渡が検討されます。
株式譲渡は、会社そのものの所有者が変わる方法です。契約、従業員、借入、賃貸借契約などは原則として会社に残るため、外形上は引き継ぎやすく見えます。しかし、会社の過去の税務リスク、未払債務、労務問題も買い手が確認するため、過去の経理処理や契約関係の整理が重要になります。
一方、事業譲渡は、薬局事業に必要な資産や契約を個別に移す方法です。買い手にとっては不要な債務を引き継がずに済むメリットがありますが、契約や許認可、従業員の承継を個別に整理する必要があります。薬局開設許可や保険薬局指定の扱いは、自治体や厚生局への確認を前提に進める必要があります。
| 項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 引き継ぐ対象 | 会社の株式 | 薬局事業の資産・契約 |
| 契約関係 | 原則として会社に残る | 個別に移転や再契約を検討 |
| 借入・債務 | 会社に残るため確認対象 | 引き継ぐ範囲を契約で整理 |
| 許認可 | 会社の体制変更として整理 | 新規・変更手続きの確認が重要 |
| 向いているケース | 法人全体を承継する場合 | 一部店舗や個人薬局を譲る場合 |
株式とオーナー資産を分けて確認する
法人薬局の承継では、まず株主名簿、出資割合、代表者貸付金、役員借入金、個人保証の有無を確認します。株主が創業者1人であれば比較的整理しやすいですが、親族や旧役員が少数株主として残っている場合、買い手との交渉前に意思確認が必要です。
特に見落とされやすいのが、オーナー個人と会社の資産の混在です。薬局の建物や土地が社長個人名義、法人名義、親族名義のどれなのかによって、譲渡条件は大きく変わります。会社を売るつもりでも、不動産を売るのか貸すのかが決まっていなければ、買い手は収支を判断できません。
確認すべき主な資料は次のとおりです。
| 確認項目 | 見る資料 | 承継で問題になりやすい点 |
|---|---|---|
| 株主構成 | 株主名簿、定款、登記事項証明書 | 少数株主の同意、株券発行会社の扱い |
| 役員・代表者 | 登記事項証明書、議事録 | 退任時期、退職金、保証解除 |
| 役員借入金 | 決算書、内訳書、元帳 | 売却価格との調整、返済方法 |
| 不動産 | 登記事項証明書、賃貸借契約書 | 売却、賃貸、親族所有の整理 |
| 個人保証 | 金銭消費貸借契約、保証契約 | 承継後に保証が残るリスク |
株価の評価だけを先に進めても、株主や不動産の整理ができていないと、実際の譲渡条件に落とし込めません。最初の段階では「会社の価値を出す」よりも、「譲れる状態になっているか」を確認することが重要です。
不動産と賃貸借契約は早めに整理する
調剤薬局は立地と処方元との距離が収益に直結します。そのため、店舗不動産の扱いは承継条件の中心になります。自社所有なのか、オーナー個人所有なのか、第三者からの賃借なのかを確認し、買い手が承継後も同じ場所で営業できるかを見ます。
オーナー個人が不動産を持っている場合、選択肢は大きく3つです。会社株式と一緒に不動産も売る、会社は売って不動産は賃貸する、不動産は親族に残して賃貸借契約を見直す、という形です。どれが有利かは、譲渡所得、相続、今後の賃料収入、買い手の資金計画によって変わります。
第三者から借りている店舗では、賃貸借契約の名義変更、譲渡承諾、更新条件、原状回復義務を確認します。契約書に「譲渡・転貸禁止」や「代表者変更時の承諾」などの条項がある場合、買い手との基本合意前に確認しておくべきです。
また、門前薬局や医療モール内の薬局では、賃貸借契約だけでなく、医療機関、地主、モール運営者との関係も実務上の論点になります。契約書に明記されていなくても、承継後の営業継続に影響する関係者は早めに洗い出しておく必要があります。
従業員と管理薬剤師の継続勤務を確認する
薬局承継では、財務数値と同じくらい従業員の継続勤務が重要です。特に管理薬剤師、常勤薬剤師、事務スタッフの退職リスクは、買い手の判断に直結します。買い手は「店舗を買う」のではなく、営業を続けられる体制を買うからです。
確認したいのは、雇用契約書、賃金台帳、就業規則、シフト、退職予定者の有無、有給休暇の残日数、社会保険加入状況です。長年の慣行で給与や手当が決まっている場合、書面と実態が合っているかも確認します。
管理薬剤師の勤務実態は特に重要です。薬局開設者や管理者に関する情報は、薬局機能情報として報告対象になっており、変更がある場合は速やかな報告が求められます。承継後に管理薬剤師が退職する見込みであれば、買い手側は代替人員の確保や手続きのスケジュールを検討しなければなりません。
財務資料は「利益」より先に中身を見る
薬局の譲渡価格は、営業利益、処方箋枚数、技術料、薬価差、在庫、役員報酬、借入、設備投資の状況などをもとに検討されます。ただし、決算書の利益だけを見ても実態は分かりません。オーナー経営の薬局では、役員報酬、家族給与、生命保険料、車両費、交際費、修繕費などに個別事情が反映されていることがあります。
買い手が確認したいのは、承継後にどれだけ安定してキャッシュを生むかです。そのため、月次試算表、処方箋枚数の推移、診療科別・医療機関別の構成、在庫回転、薬価改定前後の粗利、未収金、買掛金の支払サイトを整理します。
| 財務・経営項目 | 確認する理由 |
|---|---|
| 月次売上と処方箋枚数 | 季節変動や処方元依存度を見るため |
| 技術料と薬剤料の内訳 | 利益構造を把握するため |
| 在庫金額と不動在庫 | 譲渡価格や運転資金に影響するため |
| 役員報酬・家族給与 | 実質利益を補正するため |
| 借入金・リース | 承継後の資金繰りを確認するため |
| 未払残業代・退職金 | 簿外債務の有無を確認するため |
決算書だけでなく、直近月までの試算表と在庫一覧をそろえることが、買い手候補との面談を具体的に進める前提になります。資料が不足していると、価格交渉で保守的に見られやすくなります。
承継準備で最初に作るチェックリスト
後継者不在の薬局オーナーが最初に作るべきものは、詳細な企業概要書ではなく、承継論点のチェックリストです。以下の項目を埋めるだけでも、株式譲渡で進めるべきか、事業譲渡が現実的か、専門家に何を相談すべきかが見えやすくなります。
| 区分 | 最初に確認すること |
|---|---|
| 承継方針 | 親族承継、従業員承継、第三者承継のどれを想定するか |
| 株式 | 株主、持株比率、株券発行の有無、譲渡制限 |
| 不動産 | 土地建物の名義、賃貸借契約、更新時期 |
| 人員 | 管理薬剤師、常勤薬剤師、事務スタッフの継続意向 |
| 許認可 | 薬局開設許可、保険薬局指定、届出事項 |
| 財務 | 決算書、月次試算表、借入、在庫、未収金 |
| 関係先 | 処方元、金融機関、リース会社、地主、主要仕入先 |
| 税務 | 株式譲渡益、不動産譲渡、退職金、相続との関係 |
この段階で大切なのは、売れるかどうかを一人で判断しないことです。小規模な薬局でも、地域での役割、管理薬剤師の安定性、処方元との関係、在宅対応の体制などによって評価は変わります。反対に、売上が大きくても、処方元が一院に集中し、管理薬剤師が退職予定で、不動産契約が不安定な場合は、慎重に見られます。
専門家に相談する前に整理しておくこと
薬局承継の相談では、「いくらで売れますか」という質問だけでは具体的な判断ができません。相談前には、少なくとも直近3期分の決算書、直近の試算表、店舗別売上、処方箋枚数、在庫表、借入一覧、賃貸借契約書、株主構成が分かる資料を準備します。
また、オーナー自身の希望条件も整理しておきます。すぐに譲りたいのか、数年かけて引き継ぎたいのか、屋号や従業員を残したいのか、不動産賃料を継続収入にしたいのかによって、交渉の進め方は変わります。希望条件が曖昧なまま買い手候補と話すと、価格以外の重要条件を後回しにしやすくなります。
相談時に整理しておきたい希望条件は次のとおりです。
- 譲渡希望時期
- 希望する承継方法
- 譲渡後の関与期間
- 従業員の雇用継続に関する希望
- 屋号や地域での信用を残したいか
- 不動産を売却するか賃貸するか
- 借入や個人保証をどう整理したいか
- 税負担や相続対策との関係
よくある質問
Q: 薬局の事業承継は何年前から準備すべきですか?
Q: 小規模な薬局でもM&Aの対象になりますか?
Q: 不動産を売らずに薬局だけ譲渡できますか?
Q: 従業員にはいつ説明すべきですか?
まとめ
調剤薬局の事業承継は、価格交渉から始めるのではなく、承継できる状態を整えることから始めます。
- 最初に、株式譲渡か事業譲渡かの方向性を整理する
- 株式、不動産、従業員、管理薬剤師、借入を分けて確認する
- 不動産の所有者や賃貸借契約は、早い段階で確認する
- 決算書だけでなく、月次試算表、在庫、処方箋枚数の推移を準備する
- 希望条件を整理したうえで、税務、財務、許認可、M&Aの論点をまとめて確認する
後継者不在の薬局では、「まだ売るか決めていない」という段階でも、整理を始める価値があります。2026年5月時点では、薬局の承継は単なる会社売却ではなく、地域医療、従業員雇用、許認可、処方元との関係を含めた引き継ぎとして検討する必要があります。
参照ソース
- 厚生労働省「薬局の開設又は医薬品の販売業の許可等の申請時の添付書類」: https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_36182.html
- 厚生労働省「薬局機能情報提供制度について」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iyakuhin/kinoujouhou/index_00003.html
- 厚生労働省「薬事関係法令に係る行政手続について」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iyakuhin/newpage_00843.html
- 中小企業庁「事業承継」: https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/index.html
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン」: https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html
この記事を書いた人

辻 光明
代表税理士・公認会計士・中小企業経営コンサルタント
公認会計士 / 税理士 / 認定経営革新等支援機関
税理士法人 辻総合会計の代表。クリニック開業支援・医療法人設立・クラウド会計導入を得意とし、オンラインでの税務顧問サービスを推進。
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