事業承継・M&Aコラムに戻る
事業承継・M&Aコラム
公開日:2026.05.21
辻 勝

執筆者:辻 勝

会長・公認会計士・税理士・相続事業承継コンサルタント

中小企業M&Aで売却前に整える決算書

11分で読めます
中小企業M&Aで売却前に整える決算書

中小企業M&Aで買い手が最初に確認するのは、会社の将来性だけではありません。直近の決算書、試算表、借入金、役員報酬、在庫、未収金、税務リスクなどから「この利益は本当に続くのか」「買収後に追加負担が出ないか」を見ています。売却を考え始めた段階では、まず買い手が安心して検討できる決算書に整えることが重要です。

特にオーナー会社では、節税目的の支出、役員借入金、親族への給与、不動産や保険、古い在庫、回収不能な売掛金などが決算書に混在していることがあります。これらは悪いことではありませんが、説明できないまま資料開示に進むと、希望価格の引下げ、条件変更、交渉停止につながることがあります。

M&A・第三者承継の個別相談

この記事の内容を、会社売却・第三者承継の判断に落とし込む相談をする

株価、税負担、仲介契約、引き継ぎ条件、買い手候補との交渉前論点を整理します。

問い合わせする

買い手は決算書のどこを見ているのか

中小企業M&Aでは、買い手は「過去にいくら利益が出たか」だけでなく、買収後も同じように利益とキャッシュが残るかを確認します。決算書はその入口です。

主に見られる数字は次のとおりです。

横にスクロールできます
見られる項目買い手の関心売却前に整理すること
売上高取引先の分散、継続性、季節変動大口取引先、スポット売上、値上げ影響を説明できるようにする
営業利益本業で利益が出ているか役員報酬、私的費用、臨時費用を区分する
EBITDA借入返済前の収益力減価償却費、役員報酬調整、特殊要因を整理する
借入金買収後の返済負担金融機関別、返済条件、保証の有無を一覧化する
売掛金・在庫回収可能性、資産価値滞留債権、不良在庫、評価損の要否を確認する
税務リスク追徴や簿外債務の可能性役員給与、外注費、消費税、源泉税を確認する

買い手が重視するのは、決算書上の利益そのものよりも、正常収益力です。つまり、オーナー個人の事情や一時的な損益を除いたときに、会社が通常どれだけ稼げるのかを見ています。

ここがポイント
M&Aの初期段階では、決算書の数字を「よく見せる」ことよりも、数字の背景を説明できる状態にすることが大切です。後から修正や例外が多く出るほど、買い手はリスクを大きく見積もります。

売却前に整えるべき損益計算書の数字

損益計算書では、売上、粗利、営業利益、役員報酬、交際費、保険料、地代家賃、外注費などが確認されます。特に中小企業では、オーナー経営者の意思決定が数字に強く反映されるため、買い手は「買収後に再現できる利益」を知りたがります。

まず確認したいのは、売上の中身です。大口取引先に依存していないか、スポット案件が多くないか、代表者個人の人脈による売上ではないかを整理します。代表者が退任した後に売上が落ちる可能性がある場合は、引継ぎ期間、担当者、契約関係を説明できるようにしておく必要があります。

次に、費用の中に一時的なものやオーナー関連費用が含まれていないかを確認します。たとえば、売却前だけ発生した修繕費、役員退職金、親族への給与、節税目的の保険料、社用車、接待交際費などです。これらは、買い手に対して「買収後には発生しない費用」「継続して必要な費用」に分けて説明します。

実務上の注意点として、費用を単純に除外して利益を大きく見せるだけでは不十分です。なぜその費用が発生したのか、買収後に本当に不要になるのか、代替コストが発生しないのかまで説明できる必要があります。

役員報酬・退職金・親族給与は価格に影響する

オーナー会社のM&Aでは、役員報酬の水準が売却価格に大きく影響します。役員報酬が高すぎる場合、正常化後の利益は増える可能性があります。一方で、役員報酬が低すぎる場合は、買収後に後任経営者や管理人材の人件費が必要となり、実質的な利益は下がる可能性があります。

買い手は、現在の役員報酬をそのまま受け入れるのではなく、買収後に必要な経営体制を前提に利益を見直します。そのため、売却前には次の点を整理しておくと交渉が進みやすくなります。

横にスクロールできます
項目確認すること買い手への説明ポイント
代表者報酬同業・同規模と比べて高いか低いか退任後に不要となる部分、引継ぎ期間中に残る部分
役員退職金支給予定の有無、金額、時期売却前に支給するのか、譲渡条件に含めるのか
親族給与実勤務の有無、職務内容買収後も必要な人件費かどうか
個人利用に近い費用車両、保険、会費、交際費など継続費用か、買収後に削減できる費用か

役員退職金は、会社の利益、株価、手取り、税務に関係します。適正額であれば法人の損金に算入できる余地がありますが、金額や決議時期、支給時期の整理が必要です。退職金を使った株価・利益調整は、M&Aスキームや税務判断とセットで検討する必要があります。

実務上の注意点として、売却直前に大きな退職金や役員報酬変更を行うと、買い手から「意図的な利益調整」と見られることがあります。税務上の適正性だけでなく、M&A交渉上の説明可能性も確認しておきましょう。

貸借対照表で見られる資産と負債

貸借対照表では、会社に本当に価値のある資産が残っているか、買収後に負担となる債務がないかが確認されます。損益計算書が「稼ぐ力」を示すのに対し、貸借対照表は「引き継ぐ中身」を示します。

特に確認されやすいのは、売掛金、棚卸資産、貸付金、仮払金、役員貸付金、役員借入金、未払金、借入金、リース債務です。古い売掛金や滞留在庫が多い場合、買い手はその分を資産価値から差し引いて考えます。

また、役員貸付金がある場合は注意が必要です。会社から社長個人への貸付金は、買い手から見ると回収リスクのある資産です。売却前に返済するのか、役員報酬や退職金と相殺するのか、譲渡価格で調整するのかを検討します。

一方、役員借入金は会社が社長から借りているお金です。買収時に返済するのか、残すのか、債権放棄するのかによって税務・資金繰り・譲渡価格に影響します。役員貸付金・役員借入金の整理は、売却前の重要論点です。

ここがポイント
貸借対照表の整理では、見た目の純資産だけで判断しないことが大切です。回収不能な資産、実質的な債務、税務上の含みリスクを反映すると、買い手が見る実質純資産は変わります。
事業承継の評価シミュレーション無料キャンペーン

税務リスクと簿外債務を先に確認する

M&Aのデューデリジェンスでは、税務リスクや簿外債務も確認されます。買い手にとって怖いのは、買収後に過去の税務処理や未計上債務が発覚することです。

確認したい主な項目は次のとおりです。

横にスクロールできます
項目よくある確認事項売却前の対応
消費税課税区分、簡易課税、インボイス対応誤処理や未納がないか確認する
源泉所得税給与、報酬、外注費の源泉未徴収・未納がないか確認する
役員給与定期同額、事前確定届出、過大性変更履歴と議事録を確認する
外注費実態が給与ではないか契約書、請求書、業務実態を整理する
未払残業代労務上の未払リスク労働時間管理、賃金規程を確認する
契約債務リース、保証、解約違約金契約一覧を作成する

実務上の注意点として、税務リスクは「発覚しなければよい」ではなく、買い手にどこまで開示し、価格や表明保証でどう扱うかが重要です。隠したリスクが後から見つかると、価格交渉だけでなく信頼関係にも影響します。

売却準備では、直近の決算書だけでなく、過去数期分の税務申告書、勘定科目内訳明細書、総勘定元帳、固定資産台帳、借入返済予定表、契約書類を整理しておきましょう。資料がすぐに出せる会社は、買い手から見ても管理体制への信頼が高まります。

売却前の決算書整理チェックリスト

売却を本格的に進める前に、次のチェックを行うと、相談や初期評価がスムーズになります。

横にスクロールできます
チェック項目確認内容
直近3期分の決算書がそろっている貸借対照表、損益計算書、販売費及び一般管理費、内訳書を確認する
月次試算表が作成されている直近期の業績推移を説明できる状態にする
役員報酬の調整余地を把握している買収後に必要な人件費を見積もる
代表者個人に関係する費用を区分している事業に必要な費用と個人色の強い費用を分ける
借入金と保証の一覧がある金融機関、残高、返済条件、経営者保証を整理する
不良債権・不良在庫を把握している回収不能や評価減の可能性を確認する
役員貸付金・役員借入金を整理している返済、相殺、債権放棄、価格調整を検討する
税務調査で指摘されそうな項目を確認している消費税、源泉税、外注費、役員給与を確認する

中小企業M&Aでは、決算書がきれいな会社ほど高く売れるとは限りません。しかし、数字の根拠を説明できる会社は、買い手が検討しやすく、交渉も進めやすくなります。売却価格は、利益、純資産、業界相場、買い手との相性、引継ぎ条件によって変わりますが、その土台になるのは決算書です。

よくある質問

Q: 節税して利益を抑えてきた会社は売却に不利ですか?
不利になる可能性はあります。買い手は決算書上の利益を出発点に評価するため、利益が小さいと初期評価も低く見られやすくなります。ただし、役員報酬、保険料、一時費用、個人色の強い費用などを整理し、正常収益力を説明できれば、評価を見直せる場合があります。
Q: 売却前に役員退職金を出した方がよいですか?
一概にはいえません。退職金は税務、資金繰り、株価、譲渡価格、買い手との条件交渉に影響します。適正額、決議時期、支給時期、売却スキームを確認したうえで判断する必要があります。
Q: 赤字決算でもM&Aはできますか?
可能性はあります。赤字でも、技術、人材、取引先、許認可、店舗、地域シェアなどに価値がある場合は買い手が見つかることがあります。ただし、赤字の原因、改善余地、借入金、資金繰りを説明できる資料が必要です。
Q: 決算書を整えるのは売却直前でも間に合いますか?
最低限の整理はできますが、理想は売却検討の早い段階です。月次試算表、役員貸付金、在庫、未収金、税務リスクは短期間で解消できないことがあります。売却直前の数字調整は買い手に不自然に見える場合があるため、早めに着手する方が安全です。

まとめ

  • 中小企業M&Aでは、買い手は決算書から正常収益力、実質純資産、税務リスクを確認する
  • 売却前には、役員報酬、退職金、親族給与、個人色の強い費用を整理しておく
  • 売掛金、在庫、役員貸付金、役員借入金、借入金、保証は価格交渉に影響しやすい
  • 税務リスクや簿外債務は、隠すのではなく事前に把握し、説明できる状態にする
  • 決算書を整える目的は数字をよく見せることではなく、買い手が安心して検討できる材料をそろえること

会社売却を考え始めたら、まず直近の決算書と試算表をもとに、買い手が見る数字を整理することが第一歩です。売却価格を知るためにも、税務・株価・借入金・保証・退職金をまとめて確認しておくと、M&Aの進め方を判断しやすくなります。


参照ソース

この記事を書いた人

辻 勝

辻 勝

会長・公認会計士・税理士・相続事業承継コンサルタント

公認会計士 / 税理士 / 行政書士

会長医療経営支援相続・事業承継支援

税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。

ご注意事項

本記事の内容は、公開日時点における一般的な情報提供を目的としており、 特定の個人や法人に対する専門的なアドバイスを構成するものではありません。

税務・会計・法務等に関する具体的なご相談については、 必ず資格を持った専門家にご確認ください。 本記事の情報に基づいて行われた判断や行動により生じた損害について、 当事務所は一切の責任を負いかねます。

記事の内容は法令の改正等により変更される場合があります。 最新の情報については、関係省庁の公式サイト等でご確認ください。

次に確認すること

事業承継の評価シミュレーション無料キャンペーン

M&A、第三者承継、自社株評価、後継者、納税資金の論点をまず無料で整理できます

  • M&A前の会社評価を整理
  • 自社株・株式分散も確認
  • 後継者・第三者承継に対応

事業承継

事業承継評価シミュレーション申込フォーム

自社株評価、後継者、株式分散、納税資金、承継スケジュールの確認に使う専用フォームです。

受付時間 平日 9:15〜18:15