
執筆者:辻 勝
会長・公認会計士・税理士・相続事業承継コンサルタント
経営者保証を後継者へ引き継ぐ時の注意点

経営者保証を後継者へ引き継ぐ場面では、「社長交代の手続き」だけでなく、借入金、担保、既存保証、金融機関との関係を同時に整理する必要があります。特に中小企業では、前社長の個人保証を外さないまま後継者にも保証を求められると、親子間でも大きな心理的負担になり、承継そのものが進まない原因になります。2026年5月時点では、経営者保証に依存しない融資慣行を広げる方向で制度整備が進んでいますが、保証解除は自動ではありません。法人と個人の分離、財務基盤、情報開示をどこまで整えられるかが、金融機関対応の出発点になります。
保証解除・引継ぎ実務の個別相談
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金融機関、保証解除、借入、引き継ぎ資料、承継後の管理体制を整理します。
経営者保証の引継ぎで最初に確認すること
経営者保証とは、会社の借入について、経営者個人が連帯保証人になる仕組みです。会社が返済できなくなった場合、保証人である経営者個人に返済責任が及ぶ可能性があります。
事業承継では、次の3つが同時に問題になります。
| 確認項目 | 何を確認するか | 見落とした場合のリスク |
|---|---|---|
| 既存借入 | 金融機関別の借入残高、返済条件、担保、保証人 | どの保証を誰が負っているか分からない |
| 前社長の保証 | 退任後も保証が残るか、解除協議ができるか | 退任後も個人リスクだけ残る |
| 後継者の保証 | 新たに保証を求められるか、不要化の余地があるか | 承継後の経営判断に心理的制約が残る |
まず行うべきことは、金融機関ごとに「借入金一覧」「担保一覧」「保証人一覧」を作ることです。会計帳簿上の借入残高だけでは、保証契約や担保設定の全体像は分かりません。金銭消費貸借契約書、保証契約書、信用保証協会付き融資の条件を実物で確認することが重要です。
二重保証を当然と考えない
事業承継で注意したいのが、前経営者と後継者の双方が保証人になる「二重保証」です。かつては、後継者が社長に就任する際に新たな保証を求められ、前社長の保証も残るという運用が見られました。しかし現在は、事業承継時に経営者保証が後継者確保の妨げになることが問題視され、新旧経営者からの二重徴求を原則として避ける方向の考え方が示されています。
ただし、「制度上そう書かれているから必ず保証が外れる」という意味ではありません。金融機関は、会社の財務内容、返済実績、資金繰り、担保状況、後継者の経営関与度、情報開示の状況を見て判断します。
特に次のような会社では、後継者保証を求められやすくなります。
- 債務超過または実質債務超過に近い
- 役員貸付金、仮払金、私的支出が多い
- 月次試算表の提出が遅い
- 資金繰り表や事業計画を説明できない
- 前社長の個人資産や不動産担保に依存している
- 後継者が会社の数字を十分に把握していない
反対に、会社と個人の財布が分かれており、利益とキャッシュフローで返済可能性を説明でき、金融機関に定期的な情報開示ができている会社では、保証解除や保証軽減の協議がしやすくなります。
保証解除に向けた3つの判断基準
経営者保証を外す、または後継者へ安易に引き継がないためには、金融機関が重視する判断基準を理解しておく必要があります。実務上は、次の3点が中心です。
| 判断基準 | 主な確認内容 | 整備の方向性 |
|---|---|---|
| 法人と個人の分離 | 会社資金の私的流用、役員貸付金、仮払金、過大な役員報酬 | 個人支出を会社から切り離し、貸付金を整理する |
| 財務基盤の強化 | 自己資本、利益水準、返済原資、資金繰り | 利益計画、借換え、不要資産整理で返済力を示す |
| 情報開示の透明性 | 月次試算表、決算書、資金繰り表、事業計画 | 金融機関へ定期的に数字を説明する |
この中でも、後継者が最初に取り組みやすいのは情報開示です。過去の財務内容をすぐに変えることはできませんが、月次試算表、資金繰り予定、借入返済予定、受注見込みを整理して説明することは可能です。
一方で、役員貸付金や仮払金が多い場合は、保証解除の大きな障害になります。会社と経営者個人の資産・経理が明確に分かれていることは、金融機関から見た信用力に直結します。決算書上は黒字でも、経営者個人への貸付や不明瞭な支出が多いと、保証解除の説明は難しくなります。
金融機関対応はこの順番で進める
経営者保証の引継ぎは、金融機関に「保証を外してください」と依頼するだけでは進みません。会社側で材料を整理し、どの保証をどうしたいのかを明確にしたうえで協議する必要があります。
進め方の目安は次のとおりです。
| 手順 | 実施内容 | ポイント |
|---|---|---|
| 1 | 借入・担保・保証の一覧化 | 金融機関別、契約別に整理する |
| 2 | 前社長と後継者の役割整理 | 退任時期、株式保有、代表権の有無を確認する |
| 3 | 決算書・月次資料の整備 | 直近の業績、資金繰り、返済原資を説明できるようにする |
| 4 | 保証解除・軽減の希望を整理 | 前社長保証の解除、後継者保証の不要化、担保見直しを分けて考える |
| 5 | メインバンクから事前相談 | いきなり結論を求めず、必要資料と論点を確認する |
| 6 | 必要に応じて借換えや条件変更を検討 | 信用保証協会付き融資、プロパー融資、担保条件を比較する |
金融機関との協議では、後継者が自社の数字を説明できるかが重要です。前社長や経理担当者だけが話すのではなく、後継者自身が「今後の返済原資」「資金繰りの見通し」「利益改善の打ち手」を説明できるようにしておくと、承継後の信頼形成につながります。
前社長の保証を残す場合の注意点
すぐに保証解除が難しい場合、前社長の保証を一定期間残すことがあります。その場合でも、「いつまで残るのか」「どの条件を満たせば見直すのか」を曖昧にしないことが大切です。
前社長の保証が残ったままだと、退任後も個人資産にリスクが残ります。また、後継者が経営判断をしているにもかかわらず、前社長が保証リスクを理由に口出しせざるを得ない状況になり、実質的な権限移譲が進まないこともあります。
特に親族内承継では、家族関係の安心感から書面整理が後回しになりがちです。しかし、金融機関との契約では「親子だから大丈夫」という扱いにはなりません。退任後の保証、担保提供、役員退職金、株式移転の順番を一体で確認することが必要です。
また、前社長の個人不動産が担保に入っている場合、保証解除だけでなく担保解除や差し替えの問題も出てきます。会社の借入なのか、個人資産に依存した借入なのかを切り分けることで、承継後のリスクが見えやすくなります。
後継者が準備しておきたい資料
後継者が金融機関と話す前に、次の資料を準備しておくと協議が進めやすくなります。
| 資料 | 目的 | 確認されやすい点 |
|---|---|---|
| 直近決算書 | 会社の財務状況を示す | 利益、純資産、借入残高、役員貸付金 |
| 月次試算表 | 足元の業績を示す | 売上推移、粗利、固定費、資金繰り |
| 借入金一覧 | 返済条件を整理する | 金融機関別残高、金利、返済期限、保証人 |
| 資金繰り表 | 返済可能性を説明する | 入金予定、返済予定、運転資金の余裕 |
| 事業計画 | 承継後の方針を示す | 売上計画、利益改善、設備投資、人員計画 |
| 株式・役員構成表 | 経営権の移転状況を示す | 代表者、株主、取締役、前社長の関与 |
ここで重要なのは、資料をきれいに作ることではなく、数字の根拠を説明できることです。たとえば売上計画であれば、既存顧客、受注見込み、単価、粗利率を説明できる状態が望ましいです。金融機関は後継者の人物評価だけでなく、会社が保証なしでも返済できるかを見ています。
よくある質問
Q: 後継者になったら必ず経営者保証を求められますか?
Q: 前社長の保証は社長退任と同時に外れますか?
Q: 保証解除の相談はいつ始めるべきですか?
Q: 業績が悪い会社でも保証を外せますか?
まとめ
経営者保証の引継ぎは、後継者だけでなく、前社長、会社、金融機関の全員に関わる重要な承継論点です。
- 経営者保証は社長交代だけで自動的に外れるものではない
- 二重保証を当然とせず、前社長保証と後継者保証を分けて協議する
- 保証解除では、法人と個人の分離、財務基盤、情報開示が重要になる
- 金融機関対応の前に、借入・担保・保証の一覧化が必要
- 後継者自身が決算書、資金繰り、事業計画を説明できる状態を作る
経営者保証は、後継者にとって「引き受けるかどうか」の大きな判断材料になります。承継を円滑に進めるには、株式や税金だけでなく、借入と保証の整理を早い段階で始めることが大切です。
参照ソース
- 中小企業庁「経営者保証」: https://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/keieihosyou/
- 中小企業庁「事業承継時の経営者保証解除に向けた総合的な対策」: https://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/hosyoukaijo/index.html
- 金融庁「経営者保証に依存しない融資慣行の確立に向けた施策等について」: https://www.fsa.go.jp/policy/hoshou_jirei/index.html
- 全国銀行協会「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」: https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/adr/sme/guideline_sp.pdf
この記事を書いた人

辻 勝
会長・公認会計士・税理士・相続事業承継コンサルタント
公認会計士 / 税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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