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事業承継・M&Aコラム
公開日:2026.05.21
辻 勝

執筆者:辻 勝

会長・公認会計士・税理士・相続事業承継コンサルタント

役員退職金で進める事業承継対策|株価と税金

11分で読めます
役員退職金で進める事業承継対策|株価と税金

役員退職金は、事業承継で社長が退任する場面において、退任者の老後資金、会社の損金、後継者の株式承継負担を同時に考える重要な論点です。特に同族会社では、退職金の支給によって会社の利益や純資産が変動し、結果として自社株評価に影響することがあります。ただし、単に「退職金を多く出せば株価が下がる」という話ではありません。適正額・支給時期・資金繰り・株式移転の順番を一体で設計しないと、税務否認や資金不足、承継後の経営悪化につながるおそれがあります。

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役員退職金が事業承継対策になる理由

オーナー社長の事業承継では、後継者へ株式を贈与・売買・相続で移す前に、自社株評価を確認する必要があります。非上場株式の評価は、会社の利益、配当、純資産などの影響を受けるため、退職金の支給が評価額に影響する場合があります。

役員退職金を支給すると、会社側では一定の要件を満たす範囲で損金算入の対象となり、利益が圧縮されます。また、支給によって会社資金が減少するため、純資産にも影響します。このため、承継直前の株価対策として検討されることがあります。

一方で、役員退職金は社長個人にとっては退職所得となります。退職所得は、原則として給与所得などとは分離して計算され、勤続年数に応じた退職所得控除があります。会社と個人の両面で税務効果があるため、事業承継の場面では検討価値が高い対策です。

ただし、退職の実態がないまま形式的に退職金を支給する設計は避けるべきです。代表権、役員報酬、職務内容、経営への関与が実質的に変わっているかが確認されます。

株価・税金・資金繰りへの影響を分けて考える

役員退職金を使った承継対策では、効果を一つにまとめて考えず、次の3つに分けて整理することが大切です。

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観点主な影響確認すべきこと
自社株評価利益や純資産が変動し、株価に影響する可能性がある評価方式、決算期、株式移転の時期
法人税適正な退職給与は損金算入の対象になり得る不相当に高額でないか、支給手続きがあるか
個人税社長側では退職所得として課税される勤続年数、退職所得控除、特定役員退職手当等
資金繰り会社からまとまった現金が流出する支給後の運転資金、借入返済、後継者の経営余力

特に注意したいのは、株価を下げる効果だけを見て、会社の現預金を大きく減らしすぎるケースです。承継後の会社は、後継者が金融機関対応、設備投資、人件費、納税資金を担っていくことになります。退職金の支給額は、税務上の適正額だけでなく、承継後の経営余力からも判断する必要があります。

ここがポイント
役員退職金は「節税策」ではなく、退任する経営者への功労に対する支給と、承継後の会社を安定させるための設計を両立させるものです。株価対策だけを目的に金額を決めると、税務上・財務上のリスクが大きくなります。

適正額はどのように考えるか

役員退職金は、法人税法上、不相当に高額な部分がある場合、その部分は損金に算入できない可能性があります。実務では、最終報酬月額、役員在任年数、功績倍率、同業・同規模会社との比較、会社への貢献度などを総合して検討します。

よく使われる考え方の一つに、次のような整理があります。

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要素内容
最終報酬月額退任前の役員報酬水準
役員在任年数取締役、代表取締役としての期間
功績倍率役職や会社への貢献度を反映する倍率
特別功労加算創業、業績回復、事業拡大など特別な貢献
類似法人との比較同業種・同規模会社と比べて過大でないか

ただし、功績倍率に絶対的な基準があるわけではありません。役員退職金の適正額は、計算式だけで自動的に決まるものではなく、会社の規模、利益水準、役員報酬の推移、退任後の関与状況を含めて判断します。

退任直前に役員報酬を急に引き上げ、その報酬を基礎に退職金を計算する設計は、税務上問題視される可能性があります。過去からの報酬水準や業績との整合性を確認しておくことが重要です。

自社株評価に効かせるには順番が重要

役員退職金を株価対策として使う場合、重要なのは「いつ支給するか」と「いつ株式を移すか」です。自社株評価は評価時点や決算数値の影響を受けるため、退職金支給と株式移転の順番がずれると、想定した効果が出ないことがあります。

たとえば、退職金を支給する前に株式を贈与してしまうと、退職金支給による利益や純資産の変動が株価に反映されない可能性があります。逆に、退職金支給後すぐに株式移転を行う場合でも、評価方式や決算期によって反映のされ方は変わります。

確認すべき流れは次のとおりです。

  1. 現在の自社株評価を概算する
  2. 退職金の適正額を複数パターンで試算する
  3. 支給後の法人税・個人税・資金繰りを確認する
  4. 支給時期と決算期の関係を確認する
  5. 贈与・売買・相続・事業承継税制のどれで株式を移すか決める
  6. 株式移転後の議決権、役員体制、金融機関対応を整理する

退職金支給と株式承継のタイミングは、税額だけでなく、会社の支配権移転にも関わります。後継者が株式を十分に持たないまま社長交代だけを進めると、意思決定が不安定になることがあります。

退職所得と特定役員退職手当等にも注意する

社長個人が受け取る役員退職金は、原則として退職所得として扱われます。退職所得は、退職金収入から退職所得控除額を差し引き、一定の計算を行う仕組みです。長年勤務した経営者にとっては、給与として受け取るより税負担が抑えられる場合があります。

ただし、役員等としての勤続年数が5年以下の場合など、特定役員退職手当等に該当する部分は、通常の退職所得計算とは異なり、いわゆる2分の1課税の扱いが制限されます。2026年5月時点でも、短期間で役員に就任して退職金を受け取る設計には注意が必要です。

また、退職所得の受給に関する申告書の提出有無によって、源泉徴収や確定申告の扱いが変わります。支給日までに必要書類と源泉徴収の処理を確認しておくことが、実務上の重要ポイントです。

ここがポイント
退職金は、会社側の損金算入だけでなく、受け取る社長側の所得税・住民税も含めて手取りを確認する必要があります。会社の節税額だけを見て判断すると、個人側の納税資金を見落とすことがあります。
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資金繰りを崩さない支給設計

役員退職金は、会社から現金が出ていく取引です。退職金の額が大きいほど株価や税金への影響は大きくなりますが、会社の現預金が減りすぎると、後継者の経営に悪影響が出ます。

特に、次のような会社では慎重な設計が必要です。

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状況注意点
借入金が多い金融機関が支給後の財務内容を確認する可能性がある
運転資金が薄い退職金支給後に資金ショートのリスクがある
設備投資を予定している投資資金と退職金の優先順位を整理する
後継者が金融機関対応に不慣れ支給前に資金計画を説明できる状態にする
退職金を未払計上したい税務上の損金算入時期や支給実態の確認が必要

資金繰り面では、退職金を一括で支給するのか、退任時期を調整するのか、生命保険の解約返戻金を活用するのか、金融機関借入と組み合わせるのかを検討します。承継後の会社が安全に運営できる資金を残すことが前提です。

また、退職金を支給した後に代表者保証の見直しや借入条件の変更が必要になる場合もあります。金融機関に対しては、退職金支給の理由、承継計画、支給後の資金繰り表を説明できるようにしておくと安心です。

相談前に整理しておきたい資料

役員退職金を使った事業承継対策を検討する前に、次の資料を準備しておくと、試算が進めやすくなります。

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資料確認できること
直近3期分の決算書・申告書利益、純資産、役員報酬、税負担
役員報酬の推移退職金計算の基礎となる報酬水準
株主名簿誰から誰へ株式を移すか
借入金明細支給後の返済余力と金融機関対応
退任後の役職案退職の実態、相談役・会長就任の有無
後継者の承継方針贈与、売買、相続、納税猶予の検討

自社株評価・退職金・納税資金は、それぞれ別々に試算するのではなく、同じ前提条件で一体的に確認することが大切です。金額だけでなく、いつ退任し、いつ株式を移し、誰が議決権を持つのかまで整理しておきましょう。

よくある質問

Q: 役員退職金を出せば必ず株価は下がりますか?
必ず下がるとは限りません。評価方式、会社規模、決算期、利益や純資産への反映時期によって影響は変わります。退職金を支給する前後で自社株評価を試算し、株式移転の時期と合わせて確認する必要があります。
Q: 退職後も会長として残る場合、退職金は出せますか?
退職の実態があるかが重要です。代表権の有無、役員報酬の変化、業務内容、経営判断への関与などを総合して判断します。形式上は退任していても、実質的に以前と同じ職務を続けている場合は注意が必要です。
Q: 退職金は未払計上でもよいですか?
未払計上の扱いは慎重に確認する必要があります。法人税基本通達では、退職給与として支給した給与に、原則として未払金等に計上した金額は含まれない旨が示されています。実際の支給時期、株主総会決議、資金計画を含めて確認しましょう。
Q: 事業承継税制と役員退職金は併用できますか?
検討自体は可能ですが、事業承継税制には適用要件や手続きがあります。退職金支給による株価への影響、後継者の株式取得方法、納税猶予の要件を同時に確認する必要があります。制度適用だけで判断せず、将来の取消リスクも含めて検討しましょう。

まとめ

  • 役員退職金は、退任者の老後資金、会社の損金、自社株評価に影響する重要な承継論点です。
  • 適正額の設計では、最終報酬月額、在任年数、功績、同業比較、退任後の実態を確認します。
  • 株価対策として使う場合は、退職金支給と株式移転の順番、決算期、評価方式を合わせて検討します。
  • 資金繰りを崩す退職金支給は、後継者の経営を不安定にするため避けるべきです。
  • 会社側の法人税だけでなく、社長個人の退職所得、源泉徴収、納税資金まで一体で試算することが重要です。

参照ソース

この記事を書いた人

辻 勝

辻 勝

会長・公認会計士・税理士・相続事業承継コンサルタント

公認会計士 / 税理士 / 行政書士

会長医療経営支援相続・事業承継支援

税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。

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