
執筆者:辻 勝
会長・公認会計士・税理士・相続事業承継コンサルタント
事業承継M&Aで税理士が確認する資料一覧

事業承継M&Aで税理士がまず確認する資料は、決算書、直近試算表、法人税申告書、勘定科目内訳明細書、借入金資料、株主名簿、主要契約書、許認可、役員・従業員関連資料です。売却検討者にとって問題になるのは、買い手に見せる資料を急いで集めることではなく、数字の説明ができる状態に整えることです。資料が不足していると、企業価値の説明、税務リスクの確認、譲渡スキームの比較、基本合意後のデューデリジェンスで時間がかかります。
この記事では、事業承継M&Aを検討している中小企業経営者向けに、税理士がどの資料を、何のために確認するのかを整理します。まだ売却を決めていない段階でも、早めに資料をそろえることで、株式譲渡・事業譲渡・親族承継との比較がしやすくなります。
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株価、税負担、仲介契約、引き継ぎ条件、買い手候補との交渉前論点を整理します。
事業承継M&Aで資料準備が重要になる理由
事業承継M&Aでは、買い手候補や仲介会社に提出する前に、会社の数字と契約関係を整理しておく必要があります。特に中小企業では、決算書の利益と実際の収益力が一致しないことがあります。役員報酬、親族給与、社長個人との貸借、保険、遊休資産、節税目的の支出などが含まれているためです。
税理士が資料を確認する目的は、単に決算書を見せるためではありません。売却価格に影響する利益、純資産、借入、税務リスクを整理することが中心です。たとえば同じ営業利益でも、社長退任後に不要になる費用がある場合と、買い手が引き継ぐ必要のある費用がある場合では、見え方が変わります。
また、中小M&Aでは秘密保持契約、基本合意、最終契約、表明保証などの書類が段階的に出てきます。契約書を確認せずに金額だけで話を進めると、後から未払債務、保証、取引先承諾、役員退職金などが問題になることがあります。
税理士が最初に確認する財務・税務資料
最初に確認するのは、会社の過去と現在の数字が分かる資料です。買い手は将来の収益を見ますが、その前提として過去の決算、直近の業績、借入、資金繰りを確認します。税理士は、決算書の数字だけでなく、税務申告書や内訳明細書を合わせて確認します。
| 資料 | 確認する内容 | 準備時の注意点 |
|---|---|---|
| 決算書3期分 | 売上、利益、純資産、借入、減価償却 | 税込・税抜、部門別の有無も確認 |
| 法人税申告書一式 | 税務調整、別表、繰越欠損金 | 別表や控えの不足に注意 |
| 勘定科目内訳明細書 | 売掛金、貸付金、借入金、役員勘定 | 社長個人との貸借を確認 |
| 直近試算表 | 最新の業績、月次推移 | 月次締めが遅い場合は早めに整える |
| 総勘定元帳 | 大口取引、異常値、役員関連取引 | 必要に応じて勘定科目別に確認 |
| 消費税申告書 | 課税売上、納税額、簡易課税の有無 | 事業譲渡では特に確認が必要 |
| 借入金返済予定表 | 金融機関、残高、返済条件 | 経営者保証の有無も整理 |
特に重要なのは、直近試算表と資金繰りの整合性です。決算書が良くても、直近で売上が落ちている、借入返済が重い、在庫や売掛金が増えている場合、買い手の評価は慎重になります。
税理士は、決算書の利益をそのまま見るのではなく、オーナー企業特有の調整項目を確認します。たとえば、社長退任後に不要になる役員報酬、親族関係の給与、保険料、交際費、社長個人に帰属する支出などです。ただし、これらを単純に「利益に戻せる」と考えるのは危険です。買い手が引き継ぐ必要のない費用かどうかを資料で説明できる必要があります。
契約書・許認可・権利関係で確認される資料
M&Aでは、財務資料だけでは判断できません。取引先との契約、店舗や工場の賃貸借契約、リース契約、許認可、知的財産、保証関係などを確認します。会社の売却では、契約がそのまま引き継がれるように見えても、実際には契約上の承諾が必要になる場合があります。
| 資料 | 確認する論点 |
|---|---|
| 主要取引先との契約書 | 契約期間、解除条項、譲渡制限、変更通知 |
| 賃貸借契約書 | 名義、保証金、原状回復、代表者変更時の扱い |
| リース契約書 | 残債、解約金、名義変更可否 |
| 許認可・届出資料 | 代表者変更、株主変更、事業譲渡時の手続き |
| 仕入先・外注先契約 | 価格条件、独占契約、継続条件 |
| 保険契約 | 契約者、被保険者、解約返戻金 |
| 知的財産・商標・ドメイン | 名義、利用権、移転可否 |
契約書が古い、口頭契約が多い、代表者個人名義の契約が混在している場合は、売却前に整理が必要です。特に事業譲渡を選ぶ場合は、契約や許認可を個別に移す必要が生じることがあります。一方、株式譲渡では会社自体は同じでも、チェンジ・オブ・コントロール条項により、株主変更や代表者変更で通知・承諾が必要になることがあります。
また、借入金やリースに社長個人の保証が付いている場合、M&A後に保証をどう扱うかが重要です。買い手が引き継ぐのか、金融機関と解除交渉するのか、売却代金で返済するのかによって、手取り額も変わります。
株主・役員・従業員に関する資料
事業承継M&Aでは、誰が株式を持っているか、役員や従業員との関係がどうなっているかも確認されます。株式譲渡であれば、売主は株主です。社長が経営していても、株式が親族に分散している場合、社長だけでは売却を決められません。
税理士が確認する主な資料は、株主名簿、定款、登記事項証明書、過去の株式移動の資料、役員報酬の決定資料、退職金規程、雇用契約書、賃金台帳、社会保険資料などです。
株主名簿と実際の株主関係が一致しているかは、早めに確認すべき論点です。過去に名義株、相続未了株式、親族間贈与、株券発行会社のままの管理不備があると、M&Aの手続きが止まることがあります。
従業員関係では、未払残業代、有給休暇、退職金、社会保険加入状況、雇用契約の有無が確認されます。買い手は、従業員を引き継いだ後のリスクを重視します。人材が会社の価値を支えている場合ほど、労務資料の整備が重要です。
税理士に相談する前の資料チェックリスト
相談前にすべて完璧にそろえる必要はありません。ただし、次の資料があると、初回相談で会社の状況をかなり把握しやすくなります。
| 優先度 | 資料 | そろえる目安 |
|---|---|---|
| 高 | 決算書・法人税申告書3期分 | 申告書控え一式 |
| 高 | 直近試算表 | できれば月次推移も |
| 高 | 借入金返済予定表 | 金融機関別に整理 |
| 高 | 株主名簿・定款 | 最新版と過去の株式移動 |
| 中 | 主要契約書 | 取引先、賃貸、リース、保険 |
| 中 | 役員報酬・退職金資料 | 議事録、規程、過去支給実績 |
| 中 | 従業員資料 | 賃金台帳、雇用契約、退職金制度 |
| 中 | 許認可・届出 | 業種ごとの許可証、更新期限 |
| 低 | 事業計画・資金繰り表 | 売却後の説明資料として有効 |
資料が不足している場合は、税理士に「何がないか」を伝えるだけでも構いません。むしろ、資料不足を隠して話を進める方が危険です。買い手候補に提出した後で数字の誤りや契約書の不足が出ると、価格交渉や信用に影響します。
資料確認後に検討する売却スキーム
資料を確認した後は、株式譲渡、事業譲渡、親族承継、役員・従業員承継などを比較します。中小企業の第三者承継では株式譲渡が選ばれることが多いですが、会社に不要資産、簿外債務、許認可、複数事業がある場合は、事業譲渡や会社分割を検討することもあります。
税務上は、売主が個人株主か法人株主か、譲渡対象が株式か事業かによって、税金の種類や手取り額が変わります。個人が非上場株式を売却する場合は株式譲渡益の課税が中心になりますが、会社が事業を譲渡する場合は法人税や消費税、資産ごとの譲渡損益が論点になります。
また、相続や親族承継との比較では、非上場株式の評価も重要です。国税庁の取引相場のない株式の評価では、会社規模に応じて類似業種比準方式、純資産価額方式、併用方式などが用いられます。M&Aの売買価格と相続税評価額は同じではありませんが、株価評価と売却価格の違いを理解しておくと、親族への説明や承継方針の整理がしやすくなります。
よくある質問
決算書だけあればM&Aの相談はできますか?
相談自体は可能ですが、決算書だけでは判断が限定されます。税理士が確認するには、法人税申告書、勘定科目内訳明細書、直近試算表、借入金資料、株主名簿があると実態を把握しやすくなります。特に社長個人との貸借や借入金の保証は、決算書だけでは分かりにくい場合があります。
契約書がそろっていない場合でも売却できますか?
可能性はありますが、買い手の確認作業で不安材料になります。主要取引先、賃貸借、リース、許認可、保険などは優先して確認しましょう。契約書がない取引は、取引条件、更新時期、解約条件を別途整理しておくことが大切です。
赤字会社でも資料を準備する意味はありますか?
あります。赤字でも、事業の許認可、取引先、従業員、設備、地域シェア、技術、顧客基盤に価値がある場合があります。ただし、借入、未払金、役員借入金、税務リスクを正確に整理しなければ、買い手との交渉が進みにくくなります。
税理士にはどの段階で相談すべきですか?
売却を決める前の段階で相談するのが望ましいです。資料を確認すると、M&Aだけでなく、親族承継、役員承継、廃業、株式整理、経営者保証の見直しなど、別の選択肢が見えることがあります。早い段階ほど、決算対策や契約整理の時間を確保できます。
まとめ
- 事業承継M&Aでは、決算書だけでなく申告書、試算表、契約書、株主資料、借入資料を合わせて確認する
- 税理士が見るポイントは、売却価格だけでなく、税務リスク、手取り額、株主関係、保証、契約上の制約である
- 直近試算表、資金繰り、借入返済予定表は、買い手に会社の現在地を説明するために重要
- 契約書や許認可の整理が遅れると、基本合意後の確認作業や価格交渉に影響する
- 売却を決める前に資料を整えることで、株式譲渡、事業譲渡、親族承継、廃業との比較がしやすくなる
参照ソース
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン」: https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html
- 中小企業庁「事業承継」: https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/index.html
- 国税庁「No.4638 取引相場のない株式の評価」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hyoka/4638.htm
- M&A支援機関登録制度: https://ma-shienkikan.go.jp/
この記事を書いた人

辻 勝
会長・公認会計士・税理士・相続事業承継コンサルタント
公認会計士 / 税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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