
執筆者:辻 勝
会長・公認会計士・税理士・相続事業承継コンサルタント
事業承継税制を使う前に確認する納税猶予の要点

事業承継税制は、非上場会社の株式を後継者へ承継する際の贈与税・相続税について、一定の要件を満たすことで納税が猶予される制度です。承継時の資金負担を大きく抑えられる一方で、使った後も届出、株式保有、代表継続などの管理が続きます。経営者・後継者が最初に確認すべきことは、「税金が減るか」だけではなく、納税猶予を受けた後も制度要件を守り続けられるかです。
事業承継税制の個別相談
この記事の内容を、事業承継税制の適用可否と準備資料に落とし込む相談をする
特例承継計画、納税猶予、株式要件、後継者要件を、期限と合わせて整理します。
事業承継税制は「免除」ではなく、まず納税猶予として考える
事業承継税制は、後継者が非上場株式を贈与または相続で取得する場合に、対象株式に係る贈与税・相続税の納税を猶予する制度です。特例措置では、一定の要件を満たすことで対象株式に係る税額の全額が猶予対象となります。
ただし、制度名から「税金が完全になくなる」と理解するのは危険です。実務上は、まず納税を先送りする制度として捉え、後継者の死亡、次の承継、一定の事由などにより免除につながる可能性がある制度と整理するのが安全です。
特に注意したいのは、猶予が取り消されると、猶予税額に加えて利子税が発生する可能性がある点です。「今の納税負担を抑えられる」ことと「将来にわたり制度を維持できる」ことは別問題として検討しましょう。
使う前に確認すべき5つの論点
事業承継税制の検討では、制度要件を一つずつ見る前に、会社・株主・後継者の状況を整理することが重要です。以下の表は、初回相談前に確認しておきたい項目です。
| 確認項目 | 見るべきポイント | 注意点 |
|---|---|---|
| 後継者 | 代表就任の見込み、経営能力、複数後継者の有無 | 名義だけの後継では継続管理が難しい |
| 株主構成 | 現経営者以外の株主、親族外株主、議決権割合 | 株式の分散があると承継設計が複雑になる |
| 自社株評価 | 現在の株価、将来の株価見込み、評価引下げ余地 | 評価額を把握しないまま制度選択しない |
| 会社要件 | 中小企業者該当性、上場会社等への該当有無 | グループ会社や特別子会社も確認が必要 |
| 継続管理 | 年次報告、継続届出、株式保有、代表継続 | 適用後の管理体制が弱いと取消リスクが高い |
この中でも最初に見るべきは、後継者が本当に経営を引き継ぐ意思と体制を持っているかです。税制だけ先に進めても、後継者が未確定、株主間の合意がない、金融機関対応が未整理という状態では、制度のメリットを十分に活かせません。
また、自社株評価も重要です。株価が高い会社ほど納税猶予の効果は大きくなりますが、同時に制度取消時の影響も大きくなります。承継直前の決算対策だけでなく、役員退職金、不動産、含み益、類似業種比準価額、純資産価額などを含めて検討する必要があります。
特例措置の主なメリット
特例措置の大きなメリットは、承継時の納税資金負担を抑えながら、後継者へ株式を集約しやすい点です。中小企業では、会社の価値は高くても現金が会社や後継者個人に十分ないことが多く、株式承継時の税負担が承継の障害になることがあります。
特例措置では、対象株式数の上限撤廃、納税猶予割合の拡大、複数株主から最大3人の後継者への承継など、一般措置より使いやすい設計になっています。特に、親族内承継だけでなく、親族外を含む後継者への承継も視野に入れやすくなる点は大きな特徴です。
| 比較項目 | 特例措置 | 一般措置 |
|---|---|---|
| 対象株式 | 全株式が対象になり得る | 総株式数の最大3分の2まで |
| 納税猶予割合 | 贈与税・相続税ともに100%が対象になり得る | 相続税は80%、贈与税は100% |
| 後継者 | 最大3人まで | 原則1人 |
| 事前計画 | 特例承継計画が必要 | 不要 |
| 期限 | 期間限定 | 期限なし |
ただし、特例措置は期間限定の制度です。2026年5月時点の中小企業庁情報では、特例承継計画の提出期限は2027年9月30日、贈与・相続による承継の実行期限は2027年12月31日とされています。計画提出だけでは税制適用は完了せず、認定・申告・担保提供・継続届出まで見据える必要があります。
注意すべき取消リスクと継続管理
事業承継税制を使う際に最も見落とされやすいのが、適用後の管理です。制度適用後は、一定期間、都道府県への年次報告や税務署への継続届出が必要になります。さらに、後継者が代表者であり続けること、対象株式を保有し続けること、会社が一定の要件を満たし続けることなどが求められます。
例えば、次のような状況では慎重な確認が必要です。
- 後継者が将来、株式を売却する可能性がある
- M&Aや組織再編を視野に入れている
- 後継者が複数おり、経営権の整理ができていない
- 株主が分散しており、議決権の集約が難しい
- 事業の先行きが不透明で、廃業や売却も選択肢にある
特例措置では、雇用確保要件が弾力化されていますが、完全に確認不要になるわけではありません。雇用が一定水準を下回る場合には、理由を記載した報告書や確認が必要になることがあります。要件を満たせなかった場合に何を提出するかまで、事前に把握しておくことが重要です。
税制を使わない選択肢も比較する
事業承継税制は有力な選択肢ですが、すべての会社に最適とは限りません。株価がそれほど高くない場合、後継者がまだ固まっていない場合、数年以内に第三者承継やM&Aを検討している場合は、別の方法のほうが柔軟なこともあります。
比較すべき選択肢には、暦年贈与、相続時精算課税、役員退職金を活用した株価対策、持株会社の活用、遺言による株式承継、種類株式、M&Aなどがあります。重要なのは、制度単体ではなく、承継後の経営方針から逆算して選ぶことです。
特に、将来のM&Aを少しでも考えている会社では、納税猶予の継続要件と売却方針がぶつからないかを確認する必要があります。納税猶予を受けた株式を譲渡する場合、猶予税額の納付や再計算が問題になります。「税制を使った後に売るかもしれない」会社は、適用前に出口設計をしておきましょう。
専門家に相談する前に整理する資料
事業承継税制の適用可否を判断するには、口頭の事情だけでは不十分です。初回検討では、以下の資料をそろえると、税負担、株主構成、制度適用の見込みを確認しやすくなります。
- 直近3期分の決算書・申告書
- 株主名簿
- 定款
- 会社の登記事項証明書
- 役員構成が分かる資料
- 後継者候補の情報
- 過去の株式移動や贈与の履歴
- 不動産、有価証券、保険、借入金の明細
- 将来の退職金支給や設備投資の予定
- M&Aや親族内承継の希望方針
これらをもとに、まず自社株の概算評価を出し、通常の贈与・相続でどれくらいの税負担が生じるかを確認します。そのうえで、事業承継税制を使った場合の猶予税額、手続負担、取消リスク、他の承継方法との差を比較します。
よくある質問
Q: 事業承継税制を使えば税金は必ずゼロになりますか?
Q: 特例承継計画を出せば制度適用は完了ですか?
Q: 後継者がまだ決まっていなくても検討できますか?
Q: M&Aを考えている会社でも使えますか?
まとめ
- 事業承継税制は、非上場株式の承継時に贈与税・相続税の納税を猶予する制度です。
- 特例措置は納税猶予割合などの面で大きなメリットがありますが、期間限定で手続期限があります。
- 適用前には、後継者、株主構成、自社株評価、会社要件、継続管理体制を確認する必要があります。
- 税制適用後も、届出、株式保有、代表継続などの管理が続き、取消時には納税負担が発生する可能性があります。
- 事業承継税制を使うかどうかは、税額だけでなく、親族内承継、M&A、株式集約、後継者の経営方針を含めて比較することが重要です。
参照ソース
- 中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」: https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu_zouyo_souzoku.html
- 中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)の前提となる認定に関する申請手続関係書類」: https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu_tokurei_yoshiki.html
- 国税庁「No.4148 非上場株式等についての相続税の納税猶予及び免除の特例等(法人版事業承継税制)」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4148.htm
- 国税庁「法人版事業承継税制」: https://www.nta.go.jp/publication/pamph/jigyo-shokei/houjin.htm
この記事を書いた人

辻 勝
会長・公認会計士・税理士・相続事業承継コンサルタント
公認会計士 / 税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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