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事業承継・M&Aコラム
公開日:2026.05.21
辻 勝

執筆者:辻 勝

会長・公認会計士・税理士・相続事業承継コンサルタント

後継者が会社員のまま進める承継準備

12分で読めます
後継者が会社員のまま進める承継準備

後継者が現在の勤務先に在籍したまま家業の承継準備を進めることは可能です。ただし、いきなり役員に就任したり、株式を取得したりすると、勤務先の副業規程、家業側の登記、役員報酬、贈与税、銀行説明などが一度に絡みます。まずは勤務先に知られて困る行為家業側で法的・税務的に発生する行為を分けて、段階的に進めることが重要です。

会社員のまま承継準備をする場合、最初にやるべきことは「家業を手伝うかどうか」ではなく、現在の勤務先で許される範囲、家業の財務状況、自社株の評価、いつ代表権を移すかを確認することです。この記事では、後継者候補が会社員の立場を維持しながら、無理なく承継準備を進めるための実務ポイントを整理します。

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会社員のまま承継準備を始める前に確認すること

後継者候補が最初に確認すべきなのは、現在の勤務先の就業規則です。副業・兼業が認められている会社でも、競業、情報漏えい、長時間労働、会社の信用を損なう活動は禁止または届出制になっていることがあります。

家業が勤務先と同業または取引関係にある場合は、単なる手伝いでも問題になり得ます。特に営業支援、顧客紹介、仕入先との交渉、価格情報の共有などは、勤務先の利益相反に該当しないかを慎重に確認する必要があります。

ここがポイント
会社員として在籍したまま承継準備をする場合、「無報酬なら副業ではない」と単純に判断しないことが大切です。報酬の有無ではなく、役員就任、経営判断への関与、競業性、勤務時間外の負担なども確認対象になります。

また、家業側の状況把握も欠かせません。承継するかどうかを決める前に、次の資料を見ておきましょう。

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確認項目見る資料確認する理由
業績決算書、試算表黒字・赤字、利益率、役員報酬の余力を確認する
借入借入返済予定表、保証契約代表者変更時の銀行対応や保証引継ぎを確認する
株主構成株主名簿、定款株式を誰が持っているか、議決権が分散していないかを確認する
役員構成登記事項証明書、議事録取締役就任や代表者変更の時期を確認する
税務法人税申告書、勘定科目内訳書役員借入金、貸付金、含み益などを把握する

この段階では、後継者がすぐに入社する必要はありません。むしろ、会社員としての収入を維持しながら、家業を引き継ぐ価値があるか、どの程度のリスクがあるかを冷静に見る期間と考えるべきです。

副業・兼業として家業に関わる場合の注意点

家業の会議に参加する、月次試算表を見る、採用や営業の相談に乗る程度であれば、勤務先に申請すれば進められる場合があります。ただし、労働時間や健康管理の観点では、本業と家業の負担が重なりすぎないようにする必要があります。

厚生労働省の副業・兼業に関する考え方でも、労働時間管理や健康確保が重要な論点とされています。会社員のまま承継準備をする後継者は、本業に支障を出さない範囲を明確にしておくことが大切です。

特に注意したいのは、家業から報酬を受け取る場合です。業務委託報酬、給与、役員報酬のどれにするかで、税務・社会保険・勤務先への説明が変わります。曖昧に「手伝い代」として支払うと、家業側の経理処理も、本人側の所得区分も不明確になります。

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関わり方主な特徴注意点
無報酬で会議参加初期の情報収集に向く実態として経営判断をしていないか確認する
業務委託で支援専門スキルを活かしやすい契約書、成果物、報酬水準を明確にする
従業員として勤務現場理解が進みやすい本業との労働時間、社会保険、雇用契約に注意する
取締役に就任経営参加を明確にできる登記、責任、役員報酬、勤務先規程を確認する

勤務先の副業申請が必要な場合は、家業名、業務内容、報酬の有無、稼働時間を整理してから申請しましょう。後から説明するより、先にルールに沿って進めた方がトラブルを避けやすくなります。

役員就任は「名前だけ」でも慎重に判断する

後継者候補が会社員のまま取締役に就任するケースはあります。たとえば、父が代表取締役のまま、子が取締役として経営会議に参加する形です。これにより、銀行や取引先に対して後継者の存在を示しやすくなります。

一方で、取締役は単なる肩書きではありません。会社法上の責任を負い、登記も必要になります。株式会社では役員変更登記が必要になる場面があり、役員の変更や重任については期限管理も重要です。

特に「名前だけ取締役」は避けるべきです。経営に関与していないのに役員として登記されると、実態と責任がずれます。反対に、実質的に経営判断をしているのに役員就任や権限整理をしない場合も、社内外の説明が曖昧になります。

役員就任を検討する際は、次の順番で確認しましょう。

  1. 勤務先の副業・兼業規程で役員就任が認められるか
  2. 家業の定款で取締役の人数や任期に問題がないか
  3. 取締役会設置会社かどうか
  4. 役員報酬を支給するか、無報酬にするか
  5. 銀行・主要取引先にどのタイミングで説明するか
  6. 将来、代表取締役に就任する時期をどう考えるか
ここがポイント
役員報酬は、会社側では損金算入の可否、本人側では給与所得や社会保険への影響が関係します。承継準備段階では、報酬を出すかどうかだけでなく、会社利益、先代の報酬、後継者の本業収入とのバランスを見て判断します。

株式取得は早めに評価額を確認する

事業承継で最も後回しにされやすく、後から問題になりやすいのが株式です。中小企業では、会社の経営権は「代表者の肩書き」ではなく、株式の議決権によって左右されます。後継者が将来社長になる予定でも、株式を持っていなければ重要事項を単独で決められないことがあります。

会社員のまま承継準備をする段階でも、自社株評価は早めに確認しておくべきです。非上場株式は、上場株のように市場価格があるわけではなく、相続税・贈与税の評価では会社規模や財務内容に応じた評価方式を使います。

株式の移転方法には、主に次の選択肢があります。

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方法向いている場面注意点
生前贈与親族内で少しずつ移したい贈与税、評価額、議決権割合を確認する
売買後継者が資金を用意できる売買価格の妥当性、資金原資、譲渡所得を確認する
相続先代の相続時に移す遺産分割、相続税、他の相続人との調整が必要
種類株式等の設計議決権と財産権を調整したい定款変更、株主間の合意、専門的な設計が必要

「まだ会社に入っていないから株式は後でよい」と考えると、会社の利益蓄積や含み益によって評価額が上がる可能性があります。早めに評価額を把握し、贈与・売買・相続のどれが現実的かを比較することが重要です。

また、株式を取得すると、他の相続人との公平性も問題になります。後継者だけが株式を受け取る場合、事業用資産と個人財産をどう分けるか、遺留分への配慮をどうするかも合わせて検討します。

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銀行・保証・資金繰りは代表者変更前に確認する

後継者が会社員のまま準備している段階では、銀行対応を先代だけに任せがちです。しかし、承継後に借入返済や資金繰りを引き継ぐのは後継者です。早い段階で借入状況、返済条件、担保、代表者保証の有無を確認しておきましょう。

特に代表者変更時には、銀行から事業計画、資金繰り表、後継者の経歴、役員就任状況、株式承継の予定を聞かれることがあります。後継者がまだ会社員であっても、将来の経営者として説明できる準備を始めることが大切です。

確認すべき資料は次のとおりです。

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資料確認する内容
借入金一覧表金融機関別の残高、返済額、金利、返済期限
返済予定表毎月の返済負担と資金繰りへの影響
保証契約書先代の個人保証、後継者への引継ぎ可能性
担保資料不動産担保、預金担保、第三者担保の有無
資金繰り表承継後も返済できるか、運転資金に不足がないか

代表者保証の引継ぎは、後継者にとって心理的にも大きな負担です。保証を当然に引き継ぐ前提ではなく、会社の財務改善、資金繰りの見える化、金融機関への説明資料を整えることで、保証解除や保証負担の軽減を相談できる場合があります。

会社員のまま進める承継準備の手順

後継者候補が無理なく承継準備を進めるには、いきなり退職や入社を決めるのではなく、段階を分けることが重要です。おすすめの進め方は次のとおりです。

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段階やることゴール
第1段階勤務先規程と家業の基本資料を確認関与できる範囲を決める
第2段階月次試算表、借入、株主構成を把握承継リスクを見える化する
第3段階会議参加、業務支援、現場理解を進める後継者としての適性と課題を確認する
第4段階役員就任や報酬の有無を検討対外的な立場を整理する
第5段階株式移転、代表者変更、銀行説明を設計承継スケジュールを具体化する

この流れで進めると、後継者本人、先代、家族、従業員、銀行の間で認識を合わせやすくなります。会社員としての立場を守りながら準備するには、退職日から逆算するのではなく、承継に必要な条件が整ったかで判断することが大切です。

特に後継者が現職で責任ある立場にいる場合、退職時期を急ぐ必要はありません。家業側の経営状態、株式移転、資金繰り、社内体制を整えたうえで、入社や代表者変更の時期を決める方が現実的です。

よくある質問

会社員のまま家業の取締役になれますか?

法的には可能な場合がありますが、勤務先の就業規則や副業・兼業規程で禁止または届出制になっていることがあります。特に同業、取引関係、利益相反がある場合は慎重に確認してください。家業側でも、登記、役員報酬、責任範囲を整理する必要があります。

無報酬なら勤務先に申請しなくてもよいですか?

無報酬でも、経営判断への参加、役員就任、競業、長時間労働などが問題になることがあります。勤務先の規程が「副業」だけでなく「兼業」「役員就任」「営利活動」まで対象にしている場合もあるため、規程の文言を確認しましょう。

株式は社長になる直前に取得すればよいですか?

必ずしも直前でよいとは限りません。会社の利益が増えると自社株評価が上がり、贈与税や相続税の負担が大きくなる可能性があります。早めに評価額を確認し、贈与、売買、相続のどれが現実的かを比較することが重要です。

退職して家業に入る前に専門家へ相談すべきですか?

相談した方が安全です。退職後に赤字、過大借入、株式分散、保証問題が判明すると、選択肢が狭くなります。会社員のままの段階で、決算書、株主構成、借入、役員構成を確認しておくと、承継の進め方を冷静に判断できます。

まとめ

後継者が会社員のまま承継準備を進める場合は、次の点を押さえることが重要です。

  • 勤務先の副業・兼業規程を確認し、家業に関われる範囲を明確にする
  • 無報酬の手伝い、業務委託、従業員勤務、役員就任を区別して考える
  • 役員就任は「名前だけ」にせず、責任、登記、報酬、対外説明を整理する
  • 自社株評価を早めに確認し、贈与・売買・相続の選択肢を比較する
  • 借入、代表者保証、資金繰り表を確認し、銀行説明に備える

会社員のまま承継準備をすることは、リスクを抑えながら家業を見極める有効な方法です。ただし、勤務先のルール、家業の財務、株式、税務、銀行対応を別々に考えると、後から整合しなくなることがあります。早い段階で全体像を整理し、後継者本人・先代・家族が同じ前提で話し合える状態を作ることが、円滑な事業承継の第一歩です。


参照ソース

この記事を書いた人

辻 勝

辻 勝

会長・公認会計士・税理士・相続事業承継コンサルタント

公認会計士 / 税理士 / 行政書士

会長医療経営支援相続・事業承継支援

税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。

ご注意事項

本記事の内容は、公開日時点における一般的な情報提供を目的としており、 特定の個人や法人に対する専門的なアドバイスを構成するものではありません。

税務・会計・法務等に関する具体的なご相談については、 必ず資格を持った専門家にご確認ください。 本記事の情報に基づいて行われた判断や行動により生じた損害について、 当事務所は一切の責任を負いかねます。

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