
執筆者:辻 勝
会長・公認会計士・税理士・相続事業承継コンサルタント
後継者教育と株式移転の順番|承継設計の基本

後継者教育と株式移転は、どちらを先に進めるかで悩みやすい論点です。結論からいえば、先にすべての株式を渡すのではなく、後継者教育、役員登用、経営判断の委譲、株式移転を段階的に組み合わせるのが基本です。特に同族会社では、会社を動かす力である経営権と、株式という財産を持つ財産権を分けて考えないと、後継者が育つ前に権限だけ移ったり、逆に社長交代後も株式が分散して意思決定が止まったりすることがあります。
事業承継計画の個別相談
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承継時期、後継者、株式、役員体制、金融機関対応を、実行前に整理します。
後継者教育と株式移転は別々に考える
事業承継では「社長を交代すること」と「株式を移すこと」が同時に語られがちです。しかし、実務ではこの2つは分けて設計する必要があります。
社長交代や役員登用は、取引先、従業員、金融機関に対して「誰が経営判断をするのか」を示すものです。一方で株式移転は、会社の所有者を誰にするか、相続税や贈与税の負担をどうするか、将来の議決権をどう集中させるかという財産面の話です。
**後継者教育が不十分なまま株式を大きく移すと、現経営者が軌道修正しにくくなります。**反対に、教育が進んでいるのに株式が移っていない場合、後継者が実質的な責任を負いながら重要事項を決められない状態になります。
実務上の注意点として、まず「誰が日々の経営を担うのか」と「誰が最終的な議決権を持つのか」を分けて図にすることが大切です。ここを曖昧にしたまま退職金、贈与、相続対策を進めると、後から修正が難しくなります。
経営権と財産権の違いを整理する
経営権とは、会社の方向性、人事、投資、借入、取引先対応などを決める力です。財産権とは、株式の所有を通じて会社価値や配当、相続財産としての価値を持つ権利です。中小企業の事業承継では、この2つが社長個人に集中していることが多いため、承継時に混乱が起きます。
| 区分 | 主な内容 | 承継で確認すること |
|---|---|---|
| 経営権 | 代表者、役員、決裁権限、取引先対応、金融機関対応 | 後継者が判断できる範囲、現経営者の関与期間 |
| 財産権 | 株式、議決権、配当、相続財産としての価値 | 株価、移転方法、税負担、株式分散リスク |
| 家族内の権利 | 相続人間の公平感、遺留分、資産配分 | 後継者以外への配慮、争族防止策 |
| 対外的信用 | 金融機関、得意先、従業員からの信頼 | 社長交代の時期、保証・借入の引継ぎ |
特に重要なのは、株式には「財産としての価値」と「会社を支配する議決権」の両面があることです。後継者に株式を集める必要がある一方で、他の相続人から見ると財産の偏りに見えることもあります。
一般的な順番は「教育・権限委譲・株式移転」
後継者教育と株式移転の順番に絶対の正解はありません。ただし、多くの会社では次の流れで検討すると整理しやすくなります。
- 会社の現状把握
- 後継者候補の決定
- 後継者教育と役員登用
- 決裁権限や取引先対応の移譲
- 自社株評価と株式移転方法の検討
- 社長交代と代表権の整理
- 株式の集中と相続対策の仕上げ
最初に行うべきことは、後継者を正式に決めることだけではありません。会社の利益、純資産、借入、保有不動産、株主構成、親族関係を確認し、承継の障害になりそうな論点を洗い出すことです。
そのうえで、後継者に現場、営業、財務、人事、金融機関対応を経験させます。中小企業では、社長の仕事が明文化されていないことが多いため、後継者教育は研修だけでは足りません。重要な会議に同席させ、判断理由を共有し、少しずつ決裁範囲を広げることが現実的です。
株式移転は、後継者の覚悟が固まり、社内外の信頼形成が進んだ段階で、本格的に検討します。ただし、株価が上がり続ける会社や不動産を多く持つ会社では、教育が終わるまで何もしないと税負担が重くなることがあります。教育が完了してから税務対策を始めるのでは遅い場合があるため、株価の概算評価だけは早めに行うべきです。
株式を早く渡す場合と遅く渡す場合の違い
株式移転の時期は、会社の状況によって判断が変わります。早く渡すほど後継者の責任と議決権を明確にできますが、後継者が未成熟な段階では経営リスクがあります。遅く渡すほど現経営者のコントロールは残せますが、相続発生時に株式が分散するリスクが高まります。
| 移転時期 | メリット | 注意点 |
|---|---|---|
| 早期に移転する | 後継者の覚悟が固まりやすい、株価上昇前に移せる可能性がある | 後継者教育が不十分だと経営判断が不安定になる |
| 段階的に移転する | 教育状況を見ながら議決権を調整できる | 贈与税、売買資金、株主構成の管理が必要 |
| 社長交代時に移転する | 対外的に分かりやすい | 株価が高いと税負担や資金負担が重くなる |
| 相続まで移転しない | 現経営者の支配権を維持できる | 相続人間で株式が分散し、後継者が経営しにくくなる |
株式移転の方法には、贈与、売買、相続、種類株式の活用、持株会社の活用などがあります。どれがよいかは、株価、後継者の資金力、他の相続人とのバランス、事業承継税制の適用可能性によって変わります。
事業承継税制を検討する場合も、税負担だけで判断してはいけません。適用要件、継続要件、後継者の人数、対象株式、将来の会社方針を確認する必要があります。制度を使えば必ず有利というものではなく、会社の成長方針や将来の売却可能性とも合わせて検討します。
後継者教育で確認すべき実務項目
後継者教育は、単に「社長業を見せる」だけでは不十分です。経営者が普段どのような数字を見ているか、どの取引先を重視しているか、借入や保証にどのような背景があるかを引き継ぐ必要があります。
特に確認したい項目は次のとおりです。
| 教育項目 | 確認内容 |
|---|---|
| 財務・資金繰り | 月次試算表、借入返済、資金繰り表、設備投資判断 |
| 人事・組織 | 幹部社員の役割、評価基準、採用方針、退職リスク |
| 営業・取引先 | 主要顧客、価格交渉、仕入先、長年の慣行 |
| 金融機関対応 | 借入条件、担保、経営者保証、返済計画 |
| 株主・親族関係 | 株主構成、相続人、過去の贈与、家族間の感情 |
| 経営判断 | 投資撤退基準、新規事業、事業整理、社長の価値観 |
実務上の注意点として、現経営者がすべての意思決定を握ったまま「後継者教育中」としてしまうケースがあります。この状態では、後継者は責任を負う経験ができません。小さな投資、人事判断、取引先対応などから、任せる範囲を明確にすることが必要です。
株式移転前に整理したいチェック項目
株式を移す前には、税金だけでなく、会社の支配権と家族関係を確認します。特に同族会社では、後継者に株式を集めるほど経営は安定しますが、他の相続人との公平感に配慮しないと後の争いにつながります。
株式移転前のチェック項目は次のとおりです。
| チェック項目 | 確認する理由 |
|---|---|
| 現在の株主名簿は正確か | 名義株や過去の贈与漏れがあると移転設計が崩れるため |
| 自社株評価額はいくらか | 贈与税、相続税、売買価格の基礎になるため |
| 後継者は何%の議決権を持つべきか | 普通決議、特別決議、支配権に影響するため |
| 他の相続人への財産配分は可能か | 遺留分や不公平感への対策が必要なため |
| 役員退職金や配当方針はどうするか | 株価、資金繰り、税負担に影響するため |
| 経営者保証の引継ぎはどうなるか | 金融機関対応と後継者の負担に関わるため |
株主名簿の確認は早めに行うべきです。古い会社では、親族や先代名義の株式が残っていたり、実際の出資者と名義人が異なっていたりすることがあります。この状態で承継を進めると、後から株式の帰属をめぐる問題が表面化します。
また、後継者に株式を集中させる場合でも、他の相続人に不動産、金融資産、生命保険などでどのように配慮するかを検討します。株式だけを後継者に渡して終わりではなく、相続全体の設計と合わせて考えることが重要です。
相談前に整理しておくとよい資料
専門家に相談する前には、完璧な計画を作る必要はありません。むしろ、現状を見える化するだけで、どの順番で承継を進めるべきかが判断しやすくなります。
準備しておくとよい資料は、直近の決算書、勘定科目内訳書、法人税申告書、株主名簿、定款、借入金一覧、担保・保証の状況、親族関係図、後継者候補の経歴、保有不動産の情報です。
これらをもとに、次の3点を確認します。第一に、後継者がいつ経営判断を担えるか。第二に、株式をいつ、どの方法で移すか。第三に、税金と資金繰りに無理がないかです。
事業承継は、社長交代の日だけを決める手続きではありません。後継者教育、株式移転、相続対策、金融機関対応を並行して進める長期計画です。2026年5月時点でも、事業承継税制や各種支援制度は存在しますが、会社ごとの条件によって使い方は変わります。制度ありきではなく、自社の承継目的から逆算することが大切です。
よくある質問
Q: 後継者教育が終わるまで株式移転は待つべきですか?
Q: 社長交代と株式移転は同じタイミングにすべきですか?
Q: 後継者以外の兄弟には株式を渡さない方がよいですか?
Q: 株式移転の前に自社株評価は必要ですか?
まとめ
- 後継者教育と株式移転は、経営権と財産権を分けて考えると整理しやすくなります。
- 一般的には、教育、権限委譲、自社株評価、株式移転、社長交代を段階的に組み合わせます。
- 株式を早く渡すか遅く渡すかは、後継者の成熟度、株価、税負担、家族関係によって判断します。
- 株式移転前には、株主名簿、自社株評価、相続人への配慮、経営者保証を確認する必要があります。
- 制度ありきではなく、自社の承継目的、後継者の状況、会社の財務から逆算して承継計画を作ることが大切です。
参照ソース
- 中小企業庁 事業承継ガイドライン: https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/shoukei_guideline.pdf
- 中小企業庁 事業承継を知る: https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/know_business_succession.html
- 中小企業基盤整備機構 事業承継対策: https://www.smrj.go.jp/sme/succession/succession/index.html
- 国税庁 法人版事業承継税制: https://www.nta.go.jp/publication/pamph/jigyo-shokei/houjin.htm
- 国税庁 非上場株式等についての相続税の納税猶予及び免除: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4148.htm
この記事を書いた人

辻 勝
会長・公認会計士・税理士・相続事業承継コンサルタント
公認会計士 / 税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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