
執筆者:辻 光明
代表税理士・公認会計士・中小企業経営コンサルタント
業務改善助成金で福祉スタッフ賃上げ

業務改善助成金は、福祉事業所がスタッフの賃金を引き上げるときに、記録システム、送迎効率化、業務フロー改善などの設備投資等をあわせて行うことで活用できる可能性がある助成金です。2026年5月時点の公表資料では、事業場内最低賃金を50円以上引き上げ、生産性向上に資する設備投資等を行うことが基本要件とされています。福祉事業では「人件費を上げたいが原資が足りない」「ICT化も進めたいが投資が重い」という悩みが多いため、賃上げ計画と業務改善投資を同時に設計することが重要です。
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対象経費、申請期限、自己負担、採択後の会計処理を整理します。
業務改善助成金は福祉事業所でも使えるのか
業務改善助成金は、業種を福祉に限定した制度ではありませんが、中小企業・小規模事業者に該当する福祉法人、株式会社、合同会社、一般社団法人、NPO法人などでも、要件を満たせば申請対象になり得ます。
対象になるかを考えるうえで最初に見るべきなのは、法人全体ではなく、原則として事業所ごとの事業場内最低賃金です。たとえば、放課後等デイサービス、生活介護、就労継続支援、共同生活援助などを複数拠点で運営している場合、拠点ごとに時給水準や対象者数を整理する必要があります。
福祉事業所では、非常勤スタッフ、送迎担当、支援員、事務スタッフなどの時給が地域別最低賃金に近いケースがあります。そのため、最低賃金改定への対応だけでなく、採用・定着のための賃金水準見直しと合わせて検討しやすい制度です。
ただし、交付決定前に設備を購入・契約してしまうと助成対象外になる可能性があります。先に買ってから申請するのではなく、賃上げ計画、設備投資計画、見積書、資金繰りをそろえてから申請する順番を守る必要があります。
まず確認すべき対象要件と賃上げ幅
2026年5月時点の公表資料では、業務改善助成金の主な対象要件として、中小企業・小規模事業者であること、事業場内最低賃金が該当年度の地域別最低賃金未満であること、解雇や賃金引下げなどの不交付事由がないことなどが示されています。
賃上げ幅は、事業場内最低賃金を50円以上引き上げることが基本です。助成コースは、50円コース、70円コース、90円コースに分かれ、引き上げる労働者数や事業場規模によって助成上限額が変わります。
| 確認項目 | 福祉事業所での確認ポイント |
|---|---|
| 事業場内最低賃金 | 雇入れ後6か月を経過した労働者の中で最も低い時間給を確認 |
| 対象労働者 | 週所定労働時間20時間以上の雇用保険加入者が対象となる点に注意 |
| 賃上げ幅 | 50円、70円、90円のいずれのコースで設計するか確認 |
| 引き上げ人数 | 直接最低賃金の人だけでなく、追い抜かれる労働者も確認 |
| 就業規則等 | 引上げ後の事業場内最低賃金額を定める必要がある |
| 申請時期 | 申請期間、賃金引上げ期間、事業完了期限を確認 |
特に福祉現場で見落としやすいのは、パート・アルバイトの時給だけを見て判断してしまうことです。資格手当、処遇改善手当、固定的に支払われる手当の扱いなどにより、最低賃金の計算対象に入るものと入らないものがあります。最低賃金の判定は、給与明細の総支給額ではなく、最低賃金法上の考え方で確認する必要があります。
また、複数回に分けた事業場内最低賃金の引上げは認められないとされています。段階的に少しずつ上げる計画ではなく、申請コースに応じた金額以上を一度に引き上げる前提で、給与テーブルを見直すことが大切です。
福祉事業で対象になりやすい設備投資の考え方
業務改善助成金で重要なのは、設備投資等が「生産性向上」に結びついていることです。福祉事業では、単に便利そうな備品を買うのではなく、スタッフの業務時間削減、記録作業の効率化、送迎時間の短縮、請求事務の負担軽減などにどうつながるかを説明できる必要があります。
たとえば、次のような投資は検討対象になり得ます。
| 投資内容 | 業務改善の説明例 |
|---|---|
| 福祉記録システムの導入 | 手書き記録・転記作業を減らし、支援記録と請求関連情報の確認時間を短縮 |
| シフト管理システム | 希望休の集計、配置確認、勤務表作成の時間を削減 |
| 送迎ルート管理・車両関連設備 | 送迎計画の見直しにより移動時間や調整時間を短縮 |
| タブレット等の端末 | 特例に該当する場合、現場入力や情報共有の効率化に活用できる可能性 |
| 業務フロー見直しのコンサルティング | 支援記録、請求、加算管理、勤怠確認の手順を整理 |
2026年5月時点の公表資料では、通常の生産性向上に資する設備投資等に加え、一定の物価高騰等要件に該当する特例事業者では、パソコン、スマートフォン、タブレット等の端末と周辺機器の新規導入が助成対象となる場合があるとされています。もっとも、PCやタブレットが常に対象になるわけではありません。特例要件、用途、業務改善効果、見積内容を確認する必要があります。
また、助成金は後払いです。設備代金を先に支払い、実績報告後に助成金が支給される流れになるため、投資額が大きい場合は運転資金への影響も確認しておきましょう。
助成額の見方と資金繰りへの影響
助成額は、設備投資等にかかった費用に助成率をかけた金額と、コース別の助成上限額を比較し、いずれか低い金額となる考え方です。2026年5月時点の公表資料では、助成率は事業場内最低賃金が1,050円未満の場合は4/5、1,050円以上の場合は3/4とされています。
助成上限額は、賃上げ額、引き上げる労働者数、事業場規模によって変わります。たとえば、90円コースで引き上げ人数が多い場合は上限額が大きくなりますが、少人数の事業所では上限額が小さくなるため、投資額とのバランス確認が必要です。
福祉事業所で特に注意したいのは、助成金を「賃金原資そのもの」と考えすぎないことです。業務改善助成金は、設備投資等の費用の一部を助成する制度であり、引き上げた賃金はその後も継続して支払う必要があります。つまり、一時的な入金ではなく、賃上げ後の固定費増加を吸収できる経営設計が欠かせません。
賃上げ後の月額人件費増加は、対象者の時給上昇額、勤務時間、社会保険料や労働保険料の増加も含めて確認します。たとえば、週30時間勤務のスタッフを複数名70円引き上げる場合、月額の給与増加だけでなく、将来的な処遇改善加算の配分、基本報酬、利用率、加算取得状況との整合も見ておく必要があります。
助成金が入金される前に設備代金と賃上げ後の給与支払いが発生する点は、資金繰り上の大きな注意点です。申請前に、最低でも数か月分のキャッシュフロー表を作成しておくと安心です。
申請から受給までの基本手順
業務改善助成金は、事業所の所在地を管轄する都道府県労働局に対して申請します。基本的な流れは、交付申請、交付決定、事業の実施、実績報告、交付額確定、助成金受領です。
福祉事業所では、次の順番で整理すると進めやすくなります。
- 事業所ごとの最低賃金対象者を確認する
- 50円・70円・90円のどのコースで申請するか検討する
- 賃上げ後の給与表・就業規則等の整備方針を決める
- 業務改善につながる設備投資やコンサル内容を選定する
- 見積書、事業計画、資金繰りを整理する
- 交付申請を行い、交付決定後に設備導入・賃上げを実施する
- 実績報告と支給申請を行う
2026年5月時点の公表資料では、申請期間は9月1日から、賃金引上げ期間は申請事業所に適用される地域別最低賃金発効日の前日または同年11月30日のいずれか早い日までとされています。地域別最低賃金の発効に対応して引き上げる場合は、発効日の前日までに引き上げる必要があります。
予算の範囲内で交付される制度のため、申請期間内であっても募集が終了する場合があります。「秋に最低賃金が上がってから考える」のではなく、夏前から対象者、賃金表、設備投資候補を整理しておくことが現実的です。
福祉事業所が失敗しやすいポイント
業務改善助成金で失敗しやすいのは、制度要件よりも現場実務とのズレです。福祉事業所では、管理者が人員配置、加算、請求、採用、シフト調整を兼務していることが多く、申請準備が後回しになりがちです。
特に注意したいポイントは次のとおりです。
| 失敗例 | 対策 |
|---|---|
| 先にシステムを契約してしまった | 交付決定前の契約・導入・支払いを避ける |
| 最低賃金対象者の判定を誤った | 賃金台帳、雇用契約書、手当の内訳を確認する |
| 賃上げ後の固定費を試算していない | 月額人件費、社保負担、利用率を含めて試算する |
| ICT投資の効果説明が弱い | 削減時間、対象業務、改善前後の流れを明確にする |
| 就業規則等の整備が遅れた | 引上げ後の事業場内最低賃金額の記載を早めに確認する |
福祉事業では、処遇改善加算やベースアップ等支援の仕組みも絡むため、助成金による投資と、毎月の賃金改善原資を混同しないことが大切です。助成金は設備投資の負担を軽くする手段であり、継続的な賃金水準の設計は別途必要です。
よくある質問
業務改善助成金は障害福祉事業所でも使えますか?
要件を満たす中小企業・小規模事業者であれば、障害福祉や児童福祉の事業所でも対象になり得ます。ただし、法人形態、事業場内最低賃金、対象労働者、設備投資の内容、不交付事由の有無を確認する必要があります。
福祉記録システムやシフト管理システムは対象になりますか?
生産性向上に資する設備投資等として説明できる場合、対象となる可能性があります。記録作成時間の短縮、請求確認の効率化、シフト作成時間の削減など、業務改善効果を具体的に整理することが重要です。
賃上げだけを行えば助成金を受けられますか?
受けられません。業務改善助成金は、事業場内最低賃金の引上げと、生産性向上に資する設備投資等を組み合わせる制度です。賃上げだけ、または設備投資だけでは制度趣旨に合いません。
助成金が入る前に資金が必要ですか?
必要になるケースが一般的です。設備投資や賃上げを実施し、実績報告後に助成金が支給されるため、入金までの資金繰りを確認しておく必要があります。投資額が大きい場合は、運転資金や融資も含めて検討します。
まとめ
- 業務改善助成金は、福祉スタッフの賃上げと業務改善投資を同時に進めるときに検討しやすい制度です。
- 2026年5月時点では、事業場内最低賃金を50円以上引き上げることが基本要件とされています。
- 福祉事業では、記録システム、シフト管理、送迎効率化、業務フロー見直しなどが検討対象になり得ます。
- 助成金は後払いであり、賃上げ後の人件費は継続して発生するため、資金繰りと給与設計の確認が欠かせません。
- 申請前に、事業所ごとの最低賃金、対象労働者、設備投資計画、就業規則等を整理しておくことが重要です。
参照ソース
- 厚生労働省「業務改善助成金」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/shienjigyou/03.html
- 厚生労働省「令和8年度業務改善助成金のご案内」: https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001693416.pdf
- 厚生労働省「最低賃金制度」: https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/seido/kijunkyoku/minimum/minimum-01.htm
この記事を書いた人

辻 光明
代表税理士・公認会計士・中小企業経営コンサルタント
公認会計士 / 税理士 / 認定経営革新等支援機関
税理士法人 辻総合会計の代表。クリニック開業支援・医療法人設立・クラウド会計導入を得意とし、オンラインでの税務顧問サービスを推進。
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