
執筆者:辻 光明
代表税理士・公認会計士・中小企業経営コンサルタント
障害福祉の変形労働時間制と労働時間管理

障害福祉事業では、早番・遅番・夜勤・送迎・土日開所などにより、毎日同じ勤務時間で運営することが難しい場面があります。変形労働時間制は、一定期間を平均して法定労働時間内に収めることで、特定の日や週に長めの勤務を設定できる制度です。ただし、単に「シフト制だから残業代を抑えられる」制度ではありません。事前に労働日と労働時間を特定すること、就業規則や労使協定を整えること、給与計算で時間外労働を正しく判定することが重要です。2026年5月時点の実務では、障害福祉事業所は「1か月単位の変形労働時間制」を中心に検討し、季節変動が大きい法人では「1年単位」も比較するのが現実的です。
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障害福祉事業で労働時間管理が難しくなる理由
障害福祉事業所では、利用者支援の時間と職員の勤務時間が必ずしも一致しません。開所前の準備、送迎、記録、ケース会議、請求業務、研修、保護者対応、夜間の見守りなどがあり、現場の感覚だけで勤務を組むと、実際の労働時間が膨らみやすくなります。
特に注意したいのは、次のような事業所です。
| 事業所の状況 | 起こりやすい問題 | 見直しの方向性 |
|---|---|---|
| 放課後等デイサービスで平日と長期休暇の稼働時間が違う | 夏休みなどに勤務時間が偏る | 1か月単位または1年単位を比較 |
| グループホームで夜勤・宿直がある | 夜間対応の労働時間性が曖昧になる | 勤務実態と賃金区分を整理 |
| 就労支援で送迎・施設外就労がある | 移動、準備、記録が未集計になりやすい | 勤怠打刻の範囲を明確化 |
| 小規模事業所で管理者がシフトを手作業作成 | 法定労働時間超過に気づきにくい | シフト作成と給与計算を連動 |
労働基準法では、原則として労働時間は1日8時間、1週40時間が上限です。これを超える勤務が必要な場合は、36協定や変形労働時間制などのルールを正しく整える必要があります。「人手が足りないから仕方ない」という理由だけでは、労働時間管理の不備は解消されません。
変形労働時間制とは何か
変形労働時間制とは、一定期間を平均して1週間あたりの労働時間が法定労働時間を超えない範囲で、日ごと・週ごとの所定労働時間に差をつけられる制度です。通常は1日8時間を超えると時間外労働になりますが、制度を正しく導入すれば、あらかじめ定めた特定の日に8時間を超える勤務を設定できます。
障害福祉事業でよく比較されるのは、主に次の2つです。
| 制度 | 向いている事業所 | 主な特徴 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 1か月単位の変形労働時間制 | 月内で繁閑がある事業所、夜勤や早遅番がある事業所 | 1か月以内の期間で平均して週40時間以内にする | 月ごとのシフト作成と時間外判定が重要 |
| 1年単位の変形労働時間制 | 長期休暇・繁忙期・閑散期がはっきりしている事業所 | 1か月超1年以内の期間で繁閑に合わせる | 労使協定、年間カレンダー、上限規制の管理が重い |
障害福祉では、利用者数や職員体制が月ごとに変わりやすいため、まずは1か月単位の変形労働時間制を検討するケースが多くなります。1年単位は、長期休暇対応が大きい放課後等デイサービスや、法人全体で年間カレンダーを組める場合に候補になります。
一方で、変形労働時間制を導入しても、すべての残業代が不要になるわけではありません。あらかじめ決めた勤務時間を超えた時間、変形期間の総枠を超えた時間、法定休日労働、深夜労働などは別途管理が必要です。制度選びよりも、運用できる勤怠管理体制があるかどうかが成否を分けます。
1か月単位を使う場合の実務ポイント
1か月単位の変形労働時間制は、障害福祉事業所にとって比較的導入しやすい制度です。月初・月末、請求業務、行事、職員会議、夜勤回数などに応じて、日ごとの勤務時間を調整しやすいためです。
導入時に確認すべきポイントは次のとおりです。
| 確認項目 | 実務で見るべき内容 |
|---|---|
| 変形期間 | 1か月以内で設定する。賃金計算期間と合わせると運用しやすい |
| 起算日 | 毎月1日など、集計の開始日を明確にする |
| 勤務パターン | 早番、日勤、遅番、夜勤、短時間勤務などを整理する |
| 労働日・労働時間 | 各日ごとの始業・終業時刻を事前に特定する |
| 就業規則・労使協定 | 制度の根拠、対象者、勤務割の作成方法を明記する |
| 給与計算 | 法定内残業、法定外残業、深夜、休日を分けて判定する |
ここで重要なのは、シフト表を後から調整して帳尻を合わせないことです。変形労働時間制は、勤務日や勤務時間を事前に特定することが前提です。実際の人員不足に応じて毎週のように長時間勤務を追加している場合、その追加分は時間外労働として扱う必要があります。
月の途中でシフト変更をする場合は、本人同意、就業規則上の変更ルール、給与計算への反映をセットで確認する必要があります。急な欠勤対応が多い事業所ほど、「変形労働時間制を入れれば大丈夫」と考えるのではなく、代替要員の確保や管理者の応援勤務の扱いも整理しておきましょう。
1年単位を検討すべきケース
1年単位の変形労働時間制は、対象期間を1か月超1年以内で設定し、繁忙期と閑散期に応じて労働時間を配分する制度です。障害福祉では、長期休暇中の支援時間が大きく増える放課後等デイサービスや、法人全体で年間行事・研修・繁忙月が明確な場合に検討対象になります。
ただし、1年単位は1か月単位よりも運用負担が重くなります。年間カレンダー、対象者、労働日数、労働時間、労使協定、届出、時間外労働の判定などを継続的に管理する必要があります。年間の繁閑差が小さい事業所では、導入メリットより管理コストが上回ることがあります。
比較検討の目安は次のとおりです。
| 判断軸 | 1か月単位が向く場合 | 1年単位が向く場合 |
|---|---|---|
| 繁忙の単位 | 月内で忙しい日・週が偏る | 季節や長期休暇で大きく変動する |
| シフト変更 | 毎月調整が多い | 年間予定を比較的固定できる |
| 管理体制 | 事業所単位で管理 | 法人本部や労務担当が管理 |
| 対象職員 | 常勤・非常勤が混在 | 対象者を明確に区分できる |
| 導入難易度 | 比較的低い | 高い |
1年単位を導入する場合は、事業所単独で判断するより、法人全体の人員計画、加算取得、処遇改善、給与規程、就業規則との整合性を確認する必要があります。年間の人件費予算と労働時間総枠を同時に見ることが、福祉事業では特に重要です。
導入前に整えるべき就業規則・勤怠・給与計算
変形労働時間制を検討する事業所では、制度導入の前に現在の勤怠管理を点検することが欠かせません。特に、紙のシフト表、Excel、タイムカード、給与ソフトが連動していない場合、制度を入れても残業代の判定ミスが起こりやすくなります。
導入前のチェックリストは次のとおりです。
| チェック項目 | 確認内容 |
|---|---|
| 就業規則 | 変形労働時間制、勤務割、シフト変更、休憩、休日の規定があるか |
| 雇用契約書 | 所定労働時間、休日、勤務場所、夜勤の有無が実態と合っているか |
| 勤務表 | 労働日・始業終業時刻を事前に特定しているか |
| 勤怠記録 | 打刻漏れ、直行直帰、送迎、研修、会議を記録しているか |
| 給与計算 | 時間外、深夜、休日、欠勤控除、有給を正しく計算できるか |
| 36協定 | 時間外労働・休日労働が発生する場合に届出済みか |
特に見落とされやすいのが、休憩時間と記録業務です。6時間を超える勤務では少なくとも45分、8時間を超える勤務では少なくとも1時間の休憩が必要です。休憩時間として扱っていても、利用者対応や電話対応から離れられない状態であれば、労働時間と判断されるリスクがあります。
また、変形労働時間制を導入しても、36協定が不要になるわけではありません。予定外の延長勤務や法定休日労働が発生する事業所では、36協定の締結・届出が必要です。変形労働時間制と36協定は役割が違うため、どちらか一方だけで全ての長時間勤務を処理できるわけではありません。
障害福祉事業所でよくある失敗例
変形労働時間制の失敗は、制度そのものよりも「シフト運用」と「給与計算」のズレから起こります。障害福祉事業所で多いのは、次のようなケースです。
| 失敗例 | 問題点 | 改善策 |
|---|---|---|
| シフト制と変形労働時間制を同じ意味で使っている | 法的な導入手続きが不足 | 就業規則・労使協定・届出を確認 |
| 月末に勤務時間を調整している | 事前特定の原則に反する可能性 | 月初前に勤務割を確定 |
| 管理者だけ残業を記録していない | 労働時間の未把握リスク | 管理監督者性と実態を確認 |
| 夜勤手当だけで深夜割増を処理している | 割増賃金不足の可能性 | 手当の内訳と計算根拠を明確化 |
| 有給取得日を所定労働時間と連動していない | 賃金計算・有給管理にズレ | 勤務予定と有給処理を連動 |
制度を導入する前に、まず3か月分程度の実績勤怠を集計し、どの日・どの職種・どの事業所で時間外労働が発生しているかを見える化しましょう。そこから、1か月単位で足りるのか、1年単位を検討すべきか、そもそも人員配置や業務分担を見直すべきかが判断しやすくなります。
変形労働時間制は人件費削減策ではなく、繁閑に合わせて適法に勤務を組むための制度です。給与計算の誤りが続くと、未払残業代、職員トラブル、監査・労基署対応、採用難につながります。比較検討段階では、制度の名前だけでなく、運用できる仕組みまで確認することが大切です。
よくある質問
変形労働時間制を導入すれば残業代は不要になりますか?
不要にはなりません。あらかじめ定めた勤務時間を超えた時間、変形期間の法定労働時間総枠を超えた時間、深夜労働、法定休日労働などは別途割増賃金の対象になり得ます。制度導入後も、勤怠記録と給与計算の確認が必要です。
障害福祉事業では1か月単位と1年単位のどちらがよいですか?
多くの事業所では、まず1か月単位を検討するのが現実的です。夜勤、早番・遅番、月内の請求業務、行事対応と相性がよいためです。一方、長期休暇など季節変動が大きく、年間カレンダーを組める場合は1年単位も候補になります。
パート職員にも変形労働時間制を適用できますか?
対象者として定めれば適用は可能ですが、雇用契約書の所定労働時間、勤務可能日、扶養範囲、社会保険加入、シフト変更の同意などを確認する必要があります。短時間職員ほど、契約内容と実際の勤務のズレがトラブルになりやすいため注意が必要です。
シフトを毎月作っていれば変形労働時間制になりますか?
シフト表があるだけでは、変形労働時間制を導入したことにはなりません。就業規則や労使協定で制度の根拠を整え、労働日・労働時間を事前に特定し、必要な届出を行う必要があります。シフト制と変形労働時間制は同じものではありません。
まとめ
障害福祉事業で変形労働時間制を使う場合は、制度導入そのものより、勤務表・勤怠・給与計算・就業規則を一体で整えることが重要です。
- 障害福祉では、夜勤、送迎、記録、長期休暇対応により労働時間が偏りやすい
- まずは1か月単位の変形労働時間制を中心に検討し、季節変動が大きい場合は1年単位も比較する
- 変形労働時間制を導入しても、時間外・深夜・休日労働の割増賃金管理は必要
- シフト表、勤怠記録、給与計算、就業規則の前提がズレていると未払残業代リスクが高まる
- 導入前に、直近の勤怠実績、人員配置、給与計算方法、36協定の状況を整理しておく
制度を選ぶ段階では、「どの制度なら残業代を減らせるか」ではなく、「現場の支援体制を守りながら、適法に勤務を組めるか」を基準にすることが大切です。
参照ソース
- 厚生労働省「変形労働時間制の概要」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/henkei.html
- 厚生労働省「労働時間・休日」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/index.html
- 厚生労働省「いわゆる『シフト制』について」: https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_22954.html
- 厚生労働省「主要様式ダウンロードコーナー(労働基準法等関係)」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudoukijunkankei.html
- e-Gov法令検索「労働基準法」: https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049
- e-Gov法令検索「労働基準法施行規則」: https://laws.e-gov.go.jp/law/322M40000100023/
この記事を書いた人

辻 光明
代表税理士・公認会計士・中小企業経営コンサルタント
公認会計士 / 税理士 / 認定経営革新等支援機関
税理士法人 辻総合会計の代表。クリニック開業支援・医療法人設立・クラウド会計導入を得意とし、オンラインでの税務顧問サービスを推進。
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