
執筆者:辻 光明
代表税理士・公認会計士・中小企業経営コンサルタント
介護事業承継の税務と経営管理の注意点

介護事業を承継する時は、株式や相続税だけを見ても十分ではありません。介護保険事業は、運営法人、指定、管理者、人員配置、利用者契約、国保連請求、処遇改善、借入保証がつながっているため、承継の前後で一つでも整理が漏れると、事業継続や資金繰りに影響します。特に後継者が家族内にいる場合でも、税務と経営管理を同時に確認することが重要です。
介護事業の経営相談
この記事の内容を、事業所の収支管理と資金繰りに落とし込む相談をする
人件費、稼働率、加算、資金繰り、投資計画を、月次数字に合わせて整理します。
介護事業の承継は「会社の引継ぎ」だけでは終わらない
介護事業の承継には、大きく分けて「株式や持分を引き継ぐ承継」と「事業を別法人へ移す承継」があります。前者は会社のオーナーが変わる形で、後者は運営主体そのものが変わる形です。税務上はどちらも承継に見えても、介護保険の指定手続きでは扱いが異なることがあります。
たとえば、法人の株主が親から子へ変わるだけで、運営法人が同じであれば、指定事業者そのものは同じ法人です。一方、別法人へ事業譲渡する場合は、自治体の取扱いにより、旧法人の廃止と新法人の新規指定申請が必要になるケースがあります。契約書上は事業譲渡が成立していても、指定が切り替わらなければ介護報酬を請求できないリスクがあります。
| 承継の形 | 主な論点 | 注意点 |
|---|---|---|
| 親族内で株式を承継 | 自社株評価、贈与税・相続税、役員変更 | 法人は同じでも代表者、借入保証、管理体制の変更が必要 |
| 役員・従業員へ承継 | 株式取得資金、経営者保証、資金繰り | 後継者の資金力と銀行説明資料が重要 |
| 第三者へ事業譲渡 | 指定申請、利用者契約、雇用承継 | 運営法人変更に伴う手続き時期を自治体と調整する |
| M&Aによる株式譲渡 | 株式価格、デューデリジェンス、未払債務 | 指定は継続しやすいが、簿外債務や返戻リスクの確認が必要 |
税務では株式評価と資金の流れを確認する
介護事業を法人で運営している場合、親族内承継では非上場株式の評価が中心になります。株価は、利益、純資産、類似業種比準、土地建物、役員借入金などで変わります。黒字経営が続いている事業所ほど株価が高くなり、後継者へ株式を移す時に贈与税や相続税の問題が出やすくなります。
一方で、介護事業は利益だけでなく、国保連入金、給与支払、賞与、処遇改善加算、借入返済が月次で動く事業です。承継直前に株価を下げることだけを考えると、金融機関からの信用や職員処遇に悪影響が出ることがあります。株価対策と資金繰り対策は分けて考える必要があります。
事業承継税制の活用を検討する場合も、制度の対象、認定、継続要件、後継者要件を確認しなければなりません。制度を使えば税負担を抑えられる可能性はありますが、承継後の経営継続が前提になります。単に税額だけで判断せず、後継者が介護事業を安定して運営できるかを見ます。
承継前に確認したい税務資料は、直近の決算書、月次試算表、固定資産台帳、役員借入金の内訳、借入返済予定表、株主名簿、役員報酬の推移です。これらをそろえると、税負担だけでなく、承継後の資金繰りまで見通しやすくなります。
指定・人員・スタッフの引継ぎを先に整理する
介護事業の価値は、建物や設備だけでなく、指定、職員、利用者、ケアマネや医療機関との関係にあります。承継時に管理者やサービス提供責任者、生活相談員、看護職員などの配置が変わる場合は、人員基準を満たし続けられるかを確認します。
特に訪問介護、通所介護、居宅介護支援、施設系サービスでは、必要な職種や常勤換算の考え方が異なります。代表者交代と同時に管理者や現場責任者が退職する場合、指定基準や加算要件に影響する可能性があります。承継後に「人員は足りていると思っていた」という状態にならないよう、職種別に一覧化しておくことが必要です。
| 確認項目 | 承継前に見る資料 | 経営への影響 |
|---|---|---|
| 指定事業者 | 指定通知書、更新時期、変更届の履歴 | 請求継続、事業譲渡時の手続き |
| 人員基準 | 勤務表、資格証、雇用契約書 | 指定維持、加算算定、実地指導対応 |
| 利用者契約 | 重要事項説明書、契約書、個人情報同意 | 利用者への説明、契約切替 |
| 加算 | 体制届、処遇改善計画、算定根拠 | 売上、給与原資、返戻リスク |
| 職員処遇 | 賃金台帳、就業規則、手当規程 | 離職防止、処遇改善加算の整合性 |
スタッフへの説明も重要です。承継の情報が曖昧なまま広がると、退職や不安につながります。後継者が現場経験を積む期間、管理者との役割分担、給与や手当が変わるかどうかを整理し、説明の順番を決めておくと混乱を抑えやすくなります。
借入と経営者保証は後継者任せにしない
介護事業は、開業時の設備資金、車両、建物改修、運転資金などで借入をしていることがあります。承継時には、借入残高だけでなく、返済額、金利、担保、保証人、代表者変更時の銀行対応を確認します。先代経営者の個人保証が残ったまま後継者へ経営を渡すと、先代と後継者の双方に不安が残ります。
中小企業では、事業承継時の経営者保証について、二重に保証を求められないようにする考え方や、保証解除に向けた支援策が整備されています。ただし、金融機関は財務内容、資金繰り、情報開示、会社と経営者の資産の分離状況を見ます。月次決算と資金繰り表を出せる状態にしておくことが、保証交渉の土台になります。
承継直前に大きな借入や設備投資を決める場合は、後継者がその返済を担えるかを先に確認します。介護ソフト、車両、建物修繕、人材採用などは必要な投資ですが、承継後のキャッシュフローを圧迫する可能性もあります。
承継前の月次管理で見るべき数字
介護事業の承継では、過去の決算書だけでは判断が遅れます。決算書は年単位の結果ですが、介護事業の資金繰りは月単位で動きます。国保連からの入金、利用者負担金、給与支払、社会保険料、賞与、借入返済、処遇改善加算の支給タイミングを月次で見ます。
特に後継者は、売上の大きさよりも「どのサービスが利益を出しているか」を確認する必要があります。訪問介護であれば移動時間やキャンセル、通所介護であれば稼働率と送迎効率、施設系であれば人件費率と食費・居住費の収支が重要です。承継後に改善できる数字と、すぐには変えにくい固定費を分けると、経営判断がしやすくなります。
最低限確認したい月次指標は、売上、利用者数、稼働率、人件費率、加算収入、未収金、返戻・過誤調整、借入返済額です。これらを拠点別、サービス別に見られるようにしておくと、承継後の経営計画を作りやすくなります。
| 数字 | 見る目的 | 注意点 |
|---|---|---|
| 稼働率 | 売上の安定性を確認する | 一時的な満床や紹介増だけで判断しない |
| 人件費率 | 収益構造と処遇改善の余地を見る | 派遣費、賞与、法定福利費も含めて確認する |
| 加算収入 | 収益と体制維持の関係を見る | 体制届、人員、記録が一致しているか確認する |
| 未収金 | 入金遅れと回収リスクを見る | 利用者負担、返戻、過誤を分けて管理する |
| 借入返済額 | 承継後の資金繰りを見る | 元金返済は損益計算書に出ないため別管理する |
専門家に相談する前に整理すること
介護事業の承継相談では、最初から完璧な資料をそろえる必要はありません。ただし、相談前に論点を分けておくと、税務、指定、労務、金融機関対応を同時に進めやすくなります。
まず、承継の形を決めます。株式を渡すのか、代表者だけ変えるのか、事業譲渡をするのか、第三者へ売却するのかで手続きが変わります。次に、指定事業所ごとの指定通知書、変更届、更新時期、管理者、職員体制を確認します。そのうえで、株式評価、税負担、借入保証、月次資金繰りを並べます。
まとめると、介護事業の承継で早めに確認すべきことは次の通りです。
- 運営法人が変わる承継か、株主・代表者が変わる承継かを整理する
- 指定、変更届、更新時期、人員基準、加算要件を事業所別に確認する
- 株式評価、贈与税・相続税、事業承継税制の適用可能性を検討する
- 借入残高、担保、経営者保証、返済予定を金融機関説明用に整理する
- 月次決算、資金繰り表、未収金、返戻を後継者が見られる状態にする
介護事業の承継は、税金だけを下げる手続きではなく、利用者、職員、金融機関、行政手続きを含めて事業を続けるための準備です。承継予定日から逆算して、指定と資金繰りを先に確認することが、後継者の負担を減らす第一歩になります。
よくある質問
Q: 親から子へ株式を渡すだけでも介護事業の指定手続きは必要ですか?
Q: 介護事業の承継で最初に税理士へ相談すべき資料は何ですか?
Q: 後継者がまだ現場に入っていない場合でも承継準備はできますか?
Q: 事業譲渡で介護事業を引き継ぐ場合、何に注意すべきですか?
参照ソース
- 厚生労働省「指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準」: https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=82999404&dataType=0&pageNo=1
- 国税庁「事業承継税制特集」: https://www.nta.go.jp/publication/pamph/jigyo-shokei/index.htm
- 国税庁「法人版事業承継税制」: https://www.nta.go.jp/publication/pamph/jigyo-shokei/houjin.htm
- 国税庁「個人版事業承継税制」: https://www.nta.go.jp/publication/pamph/jigyo-shokei/kojin.htm
- 中小企業庁「事業承継時の経営者保証解除に向けた総合的な対策」: https://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/hosyoukaijo/index.html
- 経営者保証に関するガイドライン研究会「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」: https://www.zenginkyo.or.jp/fileadmin/res/abstract/adr/sme/guideline_sp.pdf
この記事を書いた人

辻 光明
代表税理士・公認会計士・中小企業経営コンサルタント
公認会計士 / 税理士 / 認定経営革新等支援機関
税理士法人 辻総合会計の代表。クリニック開業支援・医療法人設立・クラウド会計導入を得意とし、オンラインでの税務顧問サービスを推進。
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