
執筆者:辻 光明
代表税理士・公認会計士・中小企業経営コンサルタント
介護事業のペーパーレス化で最初に変える業務

介護事業のペーパーレス化は、いきなり全書類を電子化するよりも、請求、記録、経理書類のうち「二重入力が多い業務」から着手するのが現実的です。紙を減らす目的は、保管場所を空けることだけではありません。現場記録、請求、給与、会計に同じ情報を何度も転記している状態を減らし、月次の数字を早く確認できるようにすることが本来の狙いです。特に介護事業では、国保連請求、利用者負担、加算算定、勤怠、処遇改善、領収書・請求書がつながっているため、紙を電子化する順番を間違えると、かえって現場の負担が増えることがあります。
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まず変えるべき業務は「紙が多い業務」ではなく「転記が多い業務」
ペーパーレス化というと、紙ファイルの量が多い業務から始めたくなります。しかし介護事業で優先すべきなのは、紙の量ではなく、同じ情報を複数の帳票やシステムに入力している業務です。たとえばサービス提供記録を紙で作成し、それを請求ソフトに入力し、さらに実績確認表や会計資料にも転記している場合、紙の保管だけでなく確認時間も膨らみます。
最初に確認したいのは、次の3点です。
| 確認する業務 | よくある紙管理 | ペーパーレス化の優先理由 |
|---|---|---|
| 介護記録・サービス提供記録 | 紙記録、手書きサイン、実績表 | 請求・加算・監査資料とつながるため |
| 介護報酬請求 | 紙の実績確認、返戻メモ、請求控え | 返戻・過誤・未収金管理に影響するため |
| 経理書類 | 領収書、請求書、通帳コピー、給与資料 | 月次決算と資金繰り表の遅れに直結するため |
最初の対象は「記録から請求までの流れ」に置くと、現場と事務の両方に効果が出やすくなります。単にスキャンしてPDFを保存するだけでは、検索性や集計性が不足し、業務改善につながりにくい点に注意が必要です。
請求業務は返戻・過誤・未収金まで見て設計する
介護報酬請求のペーパーレス化では、請求データを送れるようにするだけでなく、返戻、過誤調整、利用者負担の入金確認まで一連の流れで見直します。請求の前段階である実績確認が紙のままだと、電子請求をしていても、確認作業は紙ファイルに依存したままになります。
特に確認したいのは、サービス提供実績、加算算定根拠、利用者負担請求、国保連入金予定、返戻理由の管理です。これらが別々の紙やExcelに分かれていると、月次で「売上は計上されているが入金予定が見えない」「返戻がどの月の収益に影響しているかわからない」という状態になりやすくなります。
実務上の注意点として、請求ソフトを変える前に、現在の返戻件数、過誤調整の発生頻度、未収金の残高を確認しておくことが大切です。システム導入後に効果を測るためには、導入前の数字が必要です。
介護記録は「現場が入力しやすいか」を最優先にする
介護記録の電子化では、経営者や管理者が見たい帳票だけで判断すると失敗しやすくなります。現場職員が入力しにくいシステムを入れると、紙メモを残してから後で入力する二重作業が発生します。これではペーパーレス化ではなく、紙とICTの併用負担になってしまいます。
介護記録を見直すときは、次の順番で確認すると整理しやすくなります。
- 現場が記録するタイミングを確認する
- どの情報が請求や加算に使われるかを確認する
- 管理者が確認すべき記録を決める
- 紙で残す書類と電子で足りる書類を分ける
- 月次確認に使うデータを決める
記録の電子化で重要なのは、入力された情報が請求・加算・職員管理に再利用できることです。単独の記録アプリを入れても、請求や勤怠と連携できなければ、事務側の転記作業が残ります。
また、利用者や家族の確認、署名、同意書などは、すべてを一律に電子化できるとは限りません。紙での確認が残る部分を最初から洗い出すことで、現場への説明もしやすくなります。
経理書類は電子帳簿保存法と月次決算の両方で考える
介護事業の経理書類には、領収書、請求書、口座振替資料、給与資料、補助金関係資料、固定資産の見積書などがあります。これらを電子化する際は、単に画像として保存するだけでなく、検索、承認、会計入力、月次決算に使える形に整える必要があります。
2026年5月時点では、電子取引データの保存やスキャナ保存については、国税庁が公表する電子帳簿保存法の要件を確認する必要があります。特に、メールで受け取った請求書やクラウド上で取得した領収書は、印刷して紙保存すれば十分という扱いではなく、電子データとしての保存方法を確認する必要があります。
| 経理書類 | 見直すポイント | 経営管理への効果 |
|---|---|---|
| 領収書・レシート | 撮影、承認、勘定科目のルール | 小口現金や立替精算の遅れを減らせる |
| 請求書 | 受領方法、保存場所、支払予定 | 資金繰り表に反映しやすくなる |
| 通帳・入出金明細 | ネットバンキング、会計連携 | 入金確認と未収金管理が早くなる |
| 給与・勤怠資料 | 勤怠締め、手当、処遇改善との連動 | 人件費率を月次で見やすくなる |
実務上の注意点は、経理書類の電子化を会計ソフトだけで完結させようとしないことです。介護事業では、請求・入金・給与・処遇改善・補助金資料が関係するため、保存場所と命名ルールを決めておかないと、決算前に資料を探し直すことになります。
ペーパーレス化の進め方は小さく試してから広げる
介護事業では、全事業所・全帳票を一度に変えるより、1つの業務から試して定着させる方が安全です。特に複数拠点がある場合、事業所ごとに職員構成、利用者数、記録方法、請求担当者が異なるため、同じシステムでも運用負担が変わります。
進め方の目安は次の通りです。
| 段階 | 実施内容 | 確認する数字 |
|---|---|---|
| 現状把握 | 紙書類、転記作業、確認者を洗い出す | 書類量、入力回数、確認時間 |
| 試験導入 | 1業務または1拠点で始める | 入力漏れ、職員負担、返戻件数 |
| 運用統一 | 命名ルール、保存場所、承認者を決める | 月次締め日数、未処理件数 |
| 拡大 | 他拠点や関連業務へ広げる | 人件費率、事務時間、未収金残高 |
導入効果は「紙が減った枚数」だけでなく「月次確認が何日早くなったか」で見ると、経営判断に結びつきやすくなります。たとえば請求締めから試算表確認までの期間が短くなれば、資金繰りや人件費率の見直しも早くなります。
導入前に整理しておきたいチェックリスト
ペーパーレス化を始める前に、次の項目を確認しておくと、システム選定や社内説明がしやすくなります。
| チェック項目 | 確認内容 |
|---|---|
| 紙で残している書類 | 記録、請求、経理、人事、契約、同意書を分類する |
| 転記している情報 | 同じ情報を何回入力しているか確認する |
| 保存ルール | 誰が、どこに、どの名前で保存するか決める |
| 権限管理 | 職員、管理者、経理担当者の閲覧範囲を決める |
| 月次資料 | 経営者が毎月見る数字を決める |
| 例外対応 | 紙で受け取る書類、家族確認、監査対応を整理する |
実務上の注意点として、ICT化の補助金や助成制度を使う場合でも、補助対象になるかどうかだけで導入を決めないことが重要です。補助金で初期費用を抑えられても、現場入力が増えたり、会計連携が弱かったりすると、長期的な負担が残ります。
まとめ
介護事業のペーパーレス化は、紙をなくすこと自体を目的にせず、請求・記録・経理の情報がつながる状態を作ることが重要です。
- 最初に変えるべき業務は、紙が多い業務ではなく転記が多い業務
- 請求業務は返戻、過誤、未収金まで含めて設計する
- 介護記録は現場が入力しやすく、請求や加算に使える形にする
- 経理書類は電子帳簿保存法の確認と月次決算への活用を両立する
- 導入効果は紙の削減枚数だけでなく、月次確認の早さや未処理件数で見る
紙資料の整理が進むと、請求ミスや経理処理の遅れを早めに発見しやすくなります。まずは自社の紙書類を「記録」「請求」「経理」「人事労務」に分け、どこで転記や確認待ちが発生しているかを確認することから始めるとよいでしょう。
よくある質問
Q: 介護事業のペーパーレス化は、どの業務から始めるべきですか?
Q: 紙の書類はすべて廃止できますか?
Q: 介護ソフトを入れれば経理書類も自動で整理できますか?
Q: ペーパーレス化の効果は何で判断すればよいですか?
参照ソース
- 厚生労働省 介護分野における生産性向上の取組の進め方: https://www.mhlw.go.jp/stf/kaigo-seisansei-elearning.html
- 厚生労働省 介護分野の生産性向上 お知らせ: https://www.mhlw.go.jp/stf/kaigo-seisansei-information.html
- 厚生労働省 介護サービス事業所におけるICT機器・ソフトウェア導入に関する手引き: https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001276275.pdf
- 国税庁 電子帳簿保存法関係: https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/sonota/jirei/
- 介護電子請求受付システム: https://www.e-seikyuu.jp/
この記事を書いた人

辻 光明
代表税理士・公認会計士・中小企業経営コンサルタント
公認会計士 / 税理士 / 認定経営革新等支援機関
税理士法人 辻総合会計の代表。クリニック開業支援・医療法人設立・クラウド会計導入を得意とし、オンラインでの税務顧問サービスを推進。
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