
執筆者:辻 勝
会長税理士
ベースアップ評価料の対象外ケース|算定できない時の対処法

ベースアップ評価料の対象外とは
ベースアップ評価料で「対象外かもしれない」と不安になる診療所にとって本当の問題は、制度そのものの対象外なのか、単に届出要件を満たしていないだけなのかが分かりにくいことです。結論からいうと、ベースアップ評価料は未届出の医療機関でも今から届出できる制度ですが、対象職員の考え方や給与実績、届出様式の選択を誤ると、算定開始が遅れたり、実質的に算定できない状態になったりします。
厚生労働省は、まだ届出をしていない医療機関について「今からでも届出でき、届出の翌月から算定できる」と案内しています。一方で、誰でも無条件に算定できるわけではありません。特に開業直後の診療所、委託スタッフ中心の運営、賃金改善の実施体制が曖昧なケースでは注意が必要です。
当法人でも、開業医の先生から「自院は対象外ですか」「届出が通らないと言われたのですが何が原因ですか」といった相談をよく受けます。対象外と誤解して機会を逃すケースもあれば、逆に準備不足のまま届出して差し戻しになるケースもあります。まずは、算定できない典型例を整理しておきましょう。
ベースアップ評価料が算定できない主なケース
開設直後で必要な給与支払い実績がない
2026年4月1日付の疑義解釈では、新設した保険医療機関がベースアップ評価料を届け出る場合、対象職員に対する給与の支払い実績が必要とされています。外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)では届出前1か月、(Ⅱ)や入院ベースアップ評価料では届出前3か月の給与実績が必要です。
そのため、開業したばかりでまだ給与支給実績がない場合は、制度上すぐには届出できません。これは「永続的な対象外」ではなく、必要月数の給与実績がそろうまで待つ必要がある、という意味です。
業務委託スタッフを対象職員に含めている
ベースアップ評価料の対象職員について、2026年の疑義解釈では、派遣職員は一定要件のもとで対象に含めることが可能とされた一方、業務委託職員(請負業務を行う職員)は対象外と整理されています。
たとえば、受付や清掃、医療事務の一部を外部委託している診療所で、その人件費も賃上げ対象に含める前提で計画を立てていると、届出内容と実態がずれます。特に小規模診療所では、直接雇用と委託の境目が曖昧になりやすいため注意が必要です。
賃金改善を継続できる体制がない
ベースアップ評価料は、単に届出を出せばよい制度ではありません。疑義解釈では、原則として算定開始月から賃金改善を実施し、算定する月において継続する必要があるとされています。
つまり、評価料を請求しながら、実際には賃金改善を行っていない、または一時的にしか行っていない場合は制度趣旨に合いません。資金繰りが厳しいからといって、算定だけ先に始める運用は危険です。
区分選択や様式選択を誤っている
厚労省の特設ページでは、外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)のみを届け出る場合の専用様式と、それ以外の従来版様式が分かれています。さらに、(Ⅱ)は直近3か月の1月あたり平均延べ入院患者数が30人未満の場合に届出できるとされており、医療機関区分や実績の確認が必要です。
制度を十分に確認せず、使うべき様式を誤ったり、不要なシートを作り込んだりすると、届出の差戻しや再提出につながります。実務では「対象外」というより、届出設計ミスで算定開始が遅れるケースが少なくありません。
ベースアップ評価料の対象外と誤解しやすいポイント
未届出の診療所は対象外ではない
厚生労働省は、未届出の医療機関について「今からでも届出でき、届出の翌月から算定できる」と明示しています。したがって、過去に届出していないこと自体は対象外理由ではありません。
「2024年に出していないからもう遅い」「2025年に見送ったので今さら無理」という理解は誤りです。必要書類を整えれば、後からでも参入できます。
賃金改善率が小さいと対象外、ではない
特設ページでは、外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)の算定金額のみで賃金改善を目指す医療機関も届出でき、賃金改善率の大小にかかわらず届出できると案内されています。
この点は誤解が多く、「十分な賃上げができないから対象外」と考えてしまう院長先生が少なくありません。もちろん、制度に沿った賃金改善は必要ですが、一定の高い改善率を最初から達成しなければ申請できない、という制度ではありません。
派遣職員は一律対象外ではない
業務委託職員は対象外ですが、派遣職員は一定要件を満たせば対象化が可能です。派遣元との連携、同程度以上の賃金改善、報告書への反映などが必要となるため、実務負担はありますが、一律に除外すべきではありません。
算定できない場合の対処法
Step 1: まず「制度上の対象外」か「準備不足」かを分ける
最初に確認すべきは、制度上どうしても対象外なのか、給与実績や書類整備が不足しているだけなのかです。開設直後で給与実績がない、対象職員の整理ができていない、様式選択を誤っているといったケースは、準備が整えば解消できます。
Step 2: 対象職員の範囲を整理する
直接雇用職員、派遣職員、業務委託職員を分けて整理します。特に、医療事務や受付で外部人材を活用している診療所では、契約形態を確認せずに計画を立てると後で修正が必要になります。
Step 3: 給与実績を確認する
(Ⅰ)は届出前1か月、(Ⅱ)や入院は届出前3か月の給与支払い実績が必要です。開業直後で実績が足りない場合は、無理に届出せず、必要期間を経てから再度準備するのが安全です。
Step 4: 様式と提出先を再確認する
厚労省は専用メールアドレスへのExcel提出を原則としています。評価料Ⅰ専用様式で足りるのか、従来版様式が必要か、どのシートが必須かを確認しましょう。小規模診療所ほど、シンプルな様式で済む場合があります。
Step 5: 賃金改善の実施方法を決める
算定開始月から継続して賃金改善を行えるかを確認します。毎月のベースアップ、手当設計、年間の資金計画まで含めて検討しないと、算定後の実績報告で苦しくなります。
対象外になりやすいケースと対処法の比較
| ケース | 算定できない理由 | 主な対処法 |
|---|---|---|
| 開設直後の診療所 | 必要な給与支払い実績が不足 | 1か月または3か月の給与実績を整えてから届出 |
| 業務委託中心の運営 | 委託職員は対象外 | 直接雇用職員を基準に再設計 |
| 派遣職員を含めたい | 派遣元との連携や報告が必要 | 賃金改善方法と情報提供体制を整備 |
| 書類作成に不備がある | 様式選択・記載漏れ | 記載例と手引きを使って再点検 |
| 賃金改善が継続できない | 算定開始月からの継続実施が必要 | 月次資金計画と賃金設計を見直す |
税理士に相談した方がよいケース
開業から間もない場合
開業初年度は人員体制も給与設計も固まりきっていないため、ベースアップ評価料の届出と日常運営の整合が取りにくい時期です。給与実績がそろう時期、算定開始月、賞与や手当との整合を見ながら設計する必要があります。
複数の雇用形態が混在している場合
正社員、パート、派遣、委託が混在していると、対象職員の範囲判定が難しくなります。誤ったまま届出すると、後の報告書作成でも整合が取れなくなります。
賃金改善原資が不安な場合
評価料の収入と実際の賃上げ額のバランスが取れるか不安な場合は、届出前にシミュレーションした方が安全です。特に、スタッフ数の少ない診療所では、一人当たりの配分次第で負担感が変わります。
当法人でも、クリニック特化で届出前の整理、賃金改善計画、算定後の実績管理まで一体で支援しています。制度の対象外かどうかを単発で判断するのではなく、継続運用まで見据えて判断することが重要です。
よくある質問
Q: ベースアップ評価料を一度も届け出ていない診療所は対象外ですか?
Q: 開業したばかりの診療所は算定できますか?
Q: 外部委託の受付スタッフも対象職員に含められますか?
Q: 賃上げ額が小さいと届出できませんか?
まとめ
- ベースアップ評価料の「対象外」は、制度上の除外と準備不足を分けて考えることが重要
- 未届出の診療所でも今から届出でき、翌月から算定できる
- 開設直後は給与支払い実績が不足し、現時点では届出できないことがある
- 業務委託職員は対象外だが、派遣職員は一定要件で対象化できる
- 届出様式、対象職員、賃金改善の継続体制を整理してから進めることが実務上の近道
参照ソース
- 厚生労働省「ベースアップ評価料等について」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000188411_00053.html
- 厚生労働省「疑義解釈資料の送付について(その2)」: https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001685126.pdf
- 厚生労働省「令和8年度診療報酬改定について」: https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_67729.html
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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