
執筆者:辻 勝
会長税理士
クリニック収益改善をインフレで進める3手順|税理士が解説

インフレ時代に「保険診療が苦しい」理由とは
保険診療中心のクリニックがインフレ下で苦しくなる本質は、診療報酬が短期では物価上昇に連動しにくい一方、人件費・医薬品・光熱費は先に上がり、実質利益が削られる点にあります。特に院長が50代以降で、スタッフ採用・定着が課題のクリニックほど、賃上げ圧力と採用難が同時に来て固定費が膨らみやすい構造です。
ここで重要なのは、闇雲な節約ではなく、①数字で現状把握し、②収益源を足し、③コストを削るではなく設計することです。以下の3ステップで、保険診療の枠内でも実行可能な改善策を整理します。
インフレで「実質収入減」になる仕組みを分解する
上がりやすいコストと、上がりにくい収入
保険診療は単価が公定価格(診療報酬)なので、短期の値上げが難しい一方、院内コストは市場価格に連動します。典型的には次の順で圧迫が来ます。
- 先に上がる:人件費(時給・賞与・求人広告費)、光熱費、医薬品・衛材、外注費(検査・清掃など)
- 遅れて調整:診療報酬(改定までタイムラグ)
- すぐには変えにくい:患者数(地域需要・季節要因)、診療時間(院長の稼働上限)
まずは「率」で見る(例)
実際の費用上昇率は地域や契約で異なりますが、意思決定に使うためには「前年差」「売上比率」「1日あたり」を押さえます。
| 項目 | 見るべき指標 | 悪化サインの例 | 先に打つ手 |
|---|---|---|---|
| 人件費 | 売上比率・1人あたり生産性 | 売上が横ばいで人件費比率だけ上昇 | スタッフ構成の再設計、採用戦略 |
| 光熱費 | 月額推移・季節要因補正 | 冬夏だけでなく通年で高止まり | 契約見直し、設備更新の投資判断 |
| 医薬品・衛材 | 患者数あたり原価 | 患者数は同じでも原価が増える | 在庫回転・仕入先条件の再交渉 |
| 外注費 | 診療行為別の単価 | 検査単価・清掃単価が上昇 | 仕様変更、内製化の可否 |
ステップ1:現状把握 — 月次損益で膨張費用を可視化する
ステップ1のゴールは、院長の感覚ではなく数字でボトルネックを特定することです。ここが曖昧なまま自費導入や採用を増やすと、逆に赤字が拡大します。
Step 1: 月次試算表を「費目別×前年差」で並べる
- 人件費(給与・賞与・法定福利・採用費)を分解
- 光熱費・医薬品費・外注費は「患者数あたり」も計算
- 変動費と固定費を分けて、損益分岐点を把握
Step 2: 診療日数・患者数で割って1日あたりに直す
- 1日あたり利益が落ちていれば、改善の優先順位が明確になります
- 「忙しいのに儲からない」場合、単価よりもコスト構造の問題が多いです
Step 3: 改善対象を3つに絞る
- 例:人件費比率、医薬品費/患者、外注費/検査件数
- 3つを超えると現場が回りません。まずは集中します
よくある相談(ケース)
当法人(税理士法人 辻総合会計)では、保険診療中心の外来クリニックで「売上は前年同等なのに利益が半減」という相談が増えています。内訳を追うと、採用難で求人広告費が増え、賃上げで人件費が上がり、光熱費が高止まりしているケースが典型です。まずは月次損益の並べ替えだけで、対策の順番が見えてきます。
ステップ2:収益UP — 自費メニュー導入可能性を試算する
次に収益の柱を足します。ポイントは「思いつきで始めない」こと。自費メニューは、採算と院内オペレーションの両方が成立して初めて利益になります。
自費導入の候補(保険中心クリニック向け)
- 健診・ドック(オプション設計が鍵)
- 予防接種(在庫・廃棄リスクに注意)
- 美容・AGA・医療脱毛など(対象法令・広告規制も確認)
- 書類作成・オンライン相談(運用フロー次第)
ざっくり試算の型(例)
自費は「粗利=売上−直接原価」を先に出し、次に固定費(人件費・時間)を見ます。
| 例:自費メニュー | 月20件の場合のイメージ | 見落としがちなコスト |
|---|---|---|
| 健診オプション | 単価×20件 − 検査原価 | 予約導線、説明時間、再診誘導 |
| ワクチン | 単価×本数 − 仕入 | 予約キャンセル、在庫廃棄 |
| 美容系 | 単価×回数 − 薬剤 | 同意書、クレーム対応、広告費 |
自費導入の注意点(リスク管理)
- 既存患者の導線と混ぜると待ち時間が増え、保険患者の満足度が下がる
- スタッフ教育が追いつかず、現場の負荷が増える
- 広告表現・同意書・返金対応など、医療特有のコンプライアンスが必要
医療機関専門の税理士にご相談ください
40年以上の実績。クリニック・医療法人の経営を税務・会計の両面からサポートします。
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ステップ3:コスト最適化 — ベースアップ加算を活用しつつ人件費を抑える採用戦略
インフレ局面で一番効くのは、コストを削るより設計することです。特に人件費は、単純な賃下げは離職を招き逆効果になりやすいので、採用・配置・業務設計で最適化します。
ベースアップ評価料等を「制度として」活用する
賃上げ支援として、診療報酬上のベースアップ評価料等(医療機関向けの制度案内)が整備されています。制度の要件や届出・算定の可否は医療機関の種別で異なるため、事前に要件確認が必要です。
採用戦略で人件費を抑える3つの考え方
- フルタイム偏重を見直し、ピーク時間帯に合わせたシフト設計にする
- 有資格者がやらなくてよい業務を切り出し、職種分担で生産性を上げる
- 採用単価(求人広告費÷採用人数)をKPI化し、媒体・紹介料を定期見直し
具体策(現場で効くもの)
- 予約枠設計の見直し:キャンセル率を前提に枠を最適化
- 業務フローの標準化:問診・会計・レセ周りの属人化を潰す
- 外注の仕様調整:清掃頻度・検査委託の条件を再交渉
収益改善と節税を同時に進める「医療法人化」の検討タイミング
インフレ対策として利益を回復できても、個人クリニックのままだと所得税・住民税の負担が増え、手残りが伸びにくい局面があります。一定以上の利益が安定してきたら、医療法人化で「役員報酬設計」「退職金」「所得分散」など、手残り最適化の選択肢が増えます。
ただし、医療法人化は節税だけで決めると失敗します。次のような条件が揃っているかを確認してください。
- 自費や患者数が読みやすく、利益が毎年ある程度安定している
- 採用・設備投資など、法人の資金計画が必要になってきた
- 将来の承継(親族・第三者)を含めて出口設計を考えたい
よくある質問
Q: インフレで苦しいのですが、まず何から手を付けるべきですか?
Q: 自費メニューは何を選べば失敗しにくいですか?
Q: ベースアップ評価料等は、算定すると何が変わりますか?
Q: 医療法人化は、どのくらい利益が出たら検討すべきですか?
まとめ
- インフレ下では診療報酬が短期で上がりにくく、人件費・光熱費・医薬品の上昇が先行して利益が削られる
- ステップ1は月次損益を「費目別×前年差」で可視化し、改善対象を3つに絞る
- ステップ2は自費メニューを粗利と時間原価で試算し、院内オペレーションに合う形で導入する
- ステップ3は賃上げ支援制度の活用も検討しつつ、採用・配置・業務設計で人件費を最適化する
- 利益が安定してきたら、医療法人化で手残り最適化の選択肢が広がるが、個別シミュレーションが必須
参照ソース
- 厚生労働省「ベースアップ評価料等について」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000188411_00053.html
- 厚生労働省「令和6年度診療報酬改定について」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000188411_00045.html
- 厚生労働省「令和7年度 医療機関等における賃上げ・物価上昇支援事業について」: https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_69485.html
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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