
執筆者:辻 勝
会長税理士
開業医のクリニック建物所有|メリット・リスクを解説

開業医がクリニック建物を所有するとは
開業医が自院の建物を所有するかどうかは、単なる不動産の好みではなく、資産形成と経営の安定性をどう両立するかという問題です。自己所有は、家賃を払い続ける代わりに資産を残せる点が魅力ですが、その一方で借入返済、固定資産税、修繕負担、移転しにくさといった経営リスクも背負います。とくに開業初期は、医業収入の見通しが固まる前に大きな固定費を抱えるため、所有の判断は慎重に行う必要があります。
当法人でも、開業時に「いずれ資産になるから買うべきか」「まずは賃貸で始めるべきか」という相談を数多く受けます。結論からいえば、診療圏の確度、自己資金、承継方針がそろっているなら所有は有力です。一方、立地の見極めや診療体制がまだ固まらない段階では、賃貸の柔軟性が強みになります。
開業医がクリニック建物を所有するメリット
資産形成につながる
自己所有の最大の利点は、毎月の支払いが単なる家賃で終わらず、将来の資産形成につながることです。診療が安定し、長期にわたり同じ場所で経営する前提なら、土地や建物を保有することで純資産が積み上がります。老後の出口戦略として、売却、相続、親族承継、第三者承継の選択肢を持ちやすい点も特徴です。
また、賃貸ではオーナー都合で更新条件が変わることがありますが、自己所有ならその不確実性を抑えられます。医療機器の導入や内装の作り込みをしやすく、長期視点の投資判断を下しやすいのも利点です。
建物は減価償却できる
税務上、土地は減価償却できませんが、建物や建物附属設備は法定耐用年数に応じて必要経費化できます。つまり、建物部分については取得時に一括費用化するのではなく、毎年少しずつ経費計上していくため、利益の平準化に役立ちます。
とくに医療機関では、内装、給排水、電気設備、空調設備などの投資額も大きくなりやすく、取得価額の配分が税負担に影響します。契約段階から土地・建物・附属設備の区分を意識しておくことが重要です。
事業承継・相続で設計しやすい
将来、子や親族に医院経営を承継する場合、診療所建物や土地をセットで引き継げるのは大きな強みです。賃貸物件だと、貸主との関係や契約条件が承継時の不確定要素になります。自己所有であれば、医院運営と不動産の支配を一体で設計しやすくなります。
一方で、不動産の相続は分けにくい資産でもあります。したがって、所有が有利かどうかは、相続人構成や遺言、法人化の有無まで含めて検討する必要があります。
医院不動産を自己所有するデメリットと経営リスク
開業初期の資金繰りが重くなる
自己所有の最大の弱点は、初期投資が大きいことです。土地取得、建築費、設計監理費、登記費用、融資関連費用など、開業時に多額の資金が必要になります。しかも不動産は、取得時だけでなく保有時にも固定資産税等がかかります。
国税庁や国土交通省の公表情報でも、不動産には取得時に登録免許税や不動産取得税、保有時に固定資産税、譲渡時に所得税・法人税等が発生する整理になっています。買った後もコストが続く資産である点は見落とせません。
移転・撤退がしにくい
賃貸なら、診療圏が想定とずれた場合でも比較的動きやすいですが、自己所有はそうはいきません。患者層、競合、人口動態、駐車場需要、周辺開発などが変化しても、不動産を抱えたままでは柔軟に移れません。これは分院展開や診療科転換を考える開業医にとって大きな制約です。
地方では、建物自体より土地流動性が問題になることもあります。売りたい時にすぐ売れない、希望価格で処分できないというリスクは、事業計画に織り込むべきです。
修繕・更新の負担を自院で持つ
賃貸の場合、契約内容によっては建物本体の大規模修繕を貸主側が負担することがあります。しかし自己所有では、外壁、屋上防水、空調、給排水、電気設備の更新などを自院で負担します。築10年、15年を超えると、修繕費は経営にじわじわ効いてきます。
とくに医療機関は、一般テナントより設備負荷が高く、休診調整も必要です。単純な建築コストだけでなく、更新時の診療影響も含めて考える必要があります。
自己所有と賃貸の比較|医院ではどちらが有利か
| 項目 | 自己所有 | 賃貸 |
|---|---|---|
| 初期負担 | 大きい | 比較的抑えやすい |
| 資産形成 | できる | 原則できない |
| 移転の柔軟性 | 低い | 高い |
| 修繕負担 | 自院負担が中心 | 契約により分担 |
| 税務処理 | 建物は減価償却、土地は非償却 | 賃料を費用化しやすい |
| 承継対応 | 不動産込みで設計可能 | 契約条件の確認が必要 |
比較のポイントは、所有が常に有利でも、賃貸が常に安全でもないという点です。診療圏が強く、長期定着型の経営なら所有が合いやすく、都市部で立地変化が激しい、あるいはまず分院展開を優先したい場合は賃貸が合いやすい傾向があります。
自己所有が向いている開業医
- 同じ地域で10年以上の継続開業を前提としている
- 十分な自己資金があり、借入後も運転資金を厚く残せる
- 将来の相続・承継まで視野に入れている
- 駐車場や建物仕様を自由に設計したい
賃貸が向いている開業医
- 開業初期の資金負担を軽くしたい
- 立地の見極めを優先したい
- 分院、移転、診療科変更の可能性がある
- 不動産管理より診療と採用に経営資源を集中したい
クリニック土地購入の判断方法
所有の可否は感覚ではなく、数字で判断すべきです。次の流れで整理すると、意思決定の精度が上がります。
Step 1: 開業後3年分の資金繰りを確認する
建築費や土地代だけでなく、開業後の人件費、医療機器リース、広告費、運転資金を含めて、月次資金繰り表を作成します。返済開始後も手元資金が維持できるかが最初の基準です。
Step 2: 土地・建物・設備を区分して把握する
土地は減価償却できず、建物や附属設備は年数配分で経費化されます。税務上の扱いが異なるため、見積書や売買契約書の段階から区分を明確にしておく必要があります。
Step 3: 賃貸案との総額比較を行う
月額家賃だけでなく、更新料、原状回復、修繕、税金、金利を含めた10年総額で比較します。表面利回りのような簡易比較ではなく、手残りベースで見ることが重要です。
Step 4: 出口戦略を決める
将来の売却、親族承継、医療法人化後の保有形態、相続時の分け方まで先に考えます。入口より出口設計を先に置くと、後悔の少ない判断になります。
よくある質問
Q: 開業医は建物を所有したほうが節税になりますか?
Q: クリニックの土地だけ買って、建物は賃借でもよいですか?
Q: 自己所有と賃貸はどちらが相続に有利ですか?
まとめ
- 開業医が建物を所有する最大の魅力は、家賃支出を資産形成に変えられる点にある
- 一方で、借入返済、固定資産税、修繕、移転しにくさという経営リスクを伴う
- 土地は減価償却できず、建物や附属設備のみが年数配分で経費化される
- 所有か賃貸かは、診療圏の確度、自己資金、承継方針、出口戦略で判断すべき
- 個別の立地条件や家族構成で最適解は変わるため、開業前に税務・融資・承継を一体で検討することが重要
参照ソース
- 国税庁「No.2100 減価償却のあらまし」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2100.htm
- 国税庁「No.7191 登録免許税の税額表」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/inshi/7191.htm
- 国土交通省「土地税制」: https://www.mlit.go.jp/totikensangyo/totikensangyo_tk5_000071.html
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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