
執筆者:辻 勝
会長税理士
クリニック廃業vs承継売却の手取り比較2026

結論:多くのケースで「売却(承継)」が手取り有利になりやすいが、税金と清算コストで逆転も起こる
クリニックの出口は大きく「廃業(閉院・解散)」か「承継・売却」です。結論から言うと、患者・スタッフ・設備・賃貸借を引き継げるなら、売却(承継)のほうが手取りが増えやすい傾向があります。一方で、消費税(みなし譲渡等)や退職金・役員報酬の設計、医療法人なら解散・清算コストが重なると、廃業のほうが結果的に残ることもあります。
税理士法人 辻総合会計では、クリニックの開業・運営・承継を含め30年以上の支援実績があり、よくある相談は「売却額の相場」よりも「税引後にいくら残るか」の一点に集約されます。本記事では、比較のための試算フレームを提示します(最終結論は個別事情で変わります)。
クリニック廃業とは:手続と「お金が出ていく」ポイントを先に押さえる
廃業の定義(個人/医療法人で違う)
- 個人開業(院長=個人事業):診療所を閉め、事業を廃止する
- 医療法人:解散→清算(残余財産の処理)まで行う
保険医療機関の廃止等は、地方厚生(支)局への届出が必要です(実務上の入口)。
廃業で発生しやすいコスト
- 原状回復(内装撤去、看板、配管等)
- リース・保守契約の解約精算
- スタッフの退職関連費用(有休・退職金・社保手続)
- 産廃・カルテ等の保管/廃棄コスト
- 税務(消費税・所得税/法人税)と専門家費用
承継・売却とは:どこを売るかで税金が変わる(資産譲渡/事業譲渡の発想)
よくある売却スキーム(クリニック実務)
- 事業譲渡(資産譲渡):医療機器、内装、備品、在庫、予約/導線、スタッフ体制などをまとめて引継ぐ
- 医療法人の承継:社員持分(持分ありの場合)や役員・運営体制の引継ぎ等、法的枠組みを踏まえて設計
売却で論点になるのは「有形資産」と「無形資産(営業権・のれん)」の配分です。配分は税金(特に消費税と所得税/法人税)に直結します。
税務の基本(超重要)
- 個人の場合、譲渡所得の対象となる資産がある(権利・機械器具等の譲渡の考え方)
- 消費税の課税事業者が事業を廃止する場合、みなし譲渡が生じ得る(時価で課税標準に含める論点)
【比較表】廃業 vs 売却:手取りに効く項目チェック
| 比較項目 | 廃業(閉院・解散) | 売却(承継・事業譲渡) |
|---|---|---|
| 入口の現金収入 | 基本なし(資産を処分するなら売却益のみ) | 売却対価が入る(有形+営業権) |
| 大口支出 | 原状回復・解約精算・廃棄費用が出やすい | 引継ぎ条件次第で圧縮(原状回復の範囲が小さくなることも) |
| 税金 | 事業廃止に伴う消費税(みなし譲渡等)に注意 | 資産/営業権の譲渡に課税(配分設計が重要) |
| スタッフ対応 | 退職対応が中心 | 雇用承継で摩擦が減ることがある |
| リスク | 売れ残り資産・想定外の解約精算 | 譲渡契約(表明保証・競業避止等)によるリスク |
| 向いている状況 | 赤字・集患低下・設備老朽化、引継ぎ困難 | 集患・スタッフ・導線が維持、後継候補がいる |
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税理士の試算例:廃業と売却で「税引後手取り」を並べる方法(シンプル版)
ここでは計算の型を示します。数字は例であり、実際は個別事情(課税事業者か、医療法人の形態、リース残、原状回復の範囲)で変わります。
前提(例)
- 売却(事業譲渡)の提示:総額 2,500万円
- 有形資産(機器・内装等):1,200万円
- 営業権(のれん):1,300万円
- 廃業の場合の支出見込:原状回復等 800万円、解約精算 200万円、廃棄等 100万円(合計 1,100万円)
- 課税事業者(消費税の論点あり)
Step 1: 「廃業」ルートの手取り概算
手取り(廃業) ≒ 処分収入 −(原状回復等の支出)−(税金)
- もし事業用資産が家事転用等になり「みなし譲渡」が発生するなら、その時価が消費税の課税標準に入り得ます
- 処分(売却)できる資産が少ないほど、支出先行になりやすい
ポイント
廃業は「お金を作る」より「支出を止める」設計になりがちです。原状回復を見積もり段階で過小評価すると、手取り比較が崩れます。
Step 2: 「売却」ルートの手取り概算
手取り(売却) ≒ 売却対価 −(譲渡に係る税金)−(売却に要する費用)
- 課税関係は「何を譲渡したか」で変わります(資産の種類・契約の実態が重要)
- 譲渡所得の考え方(資産の譲渡の範囲)を踏まえて所得税等を検討
- 交渉実務では「のれんに寄せる」だけでなく、税・消費税・引継ぎの実現性まで含めて配分を設計します
Step 3: 両ルートを同じ土俵にそろえる(税引後キャッシュ)
最後に、次の2つを必ずそろえて比較します。
- 同じ基準日(いつ閉める/いつ引き渡す)
- 同じ範囲(リース残・退職金・未収入金回収・敷金精算を含める)
どちらが得になりやすいか:判断の分岐点(実務の目線)
売却(承継)が有利になりやすい条件
- 集患が安定し、患者動線・予約枠が機能している
- スタッフが残れる(雇用承継が可能)
- 機器や内装がまだ使える(買い手が投資を抑えられる)
- 立地・賃貸借条件が良く、引継ぎが現実的
廃業が現実的な条件
- 大幅赤字で、買い手がつきにくい
- 設備更新が近く、投資負担が重い
- 賃貸借の引継ぎが不可(定借・用途制限等)
- 事務・法務の整備が追いつかず、売却コストが過大
医療法人の場合は、解散認可申請などの行政手続が絡み、清算まで見据えた設計が必要です。
よくある質問
Q: クリニック売却の「相場」を先に知りたいのですが?
Q: 廃業すると消費税が増えることはありますか?
Q: 売却のとき、営業権(のれん)はどう扱われますか?
Q: 医療法人の解散・清算は、いつから準備すべきですか?
まとめ
- 手取り比較は「売却額」ではなく税引後キャッシュで行う
- 廃業は原状回復・解約精算など閉めるコストが先行しやすい
- 売却は有形/無形(営業権)の配分で税負担が変わるため設計が重要
- 消費税の論点(みなし譲渡等)は廃業・売却どちらでも要注意
- 医療法人は解散・清算の手続とコストまで含めて早めに試算する
参照ソース
- 厚生労働省(地方厚生局)「保険医療機関・保険薬局の廃止・休止・再開の届出」: https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kantoshinetsu/shinsei/shido_kansa/hoken_shitei/ichiran_haishi.html
- 国税庁「No.6603 個人事業者が事業を廃止した場合」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6603.htm
- 厚生労働省「解散認可申請(医療法第55条第3項、医療法施行規則第34条)」: https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/igyou/igyoukeiei/tetuduki/toiawasekaisan.pdf
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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