
執筆者:辻 勝
会長税理士
医師の資産形成ロードマップ|開業から引退まで解説

医師の資産形成ロードマップとは
医師の資産形成ロードマップとは、勤務医・開業医としての収入の伸び方、開業資金の返済、教育費、老後資金を見据え、年代ごとに「守るお金」と「増やすお金」を配分していく設計図です。特に30代で開業を視野に入れる医師にとっては、生活費・事業資金・老後資金を同じ財布で管理しないことが最初の分岐点になります。新NISAは年間360万円、生涯1,800万円の非課税保有限度額があり、iDeCoは公的年金に上乗せする私的年金として機能します。制度は便利ですが、使う順番を誤ると資金繰りを圧迫しかねません。
当法人でも、開業初期に投資へ資金を回しすぎ、設備更新や採用で資金繰りが苦しくなったという相談は珍しくありません。医師のお金の問題は、収入の多さよりも、ライフイベントと税負担が重なる時期をどう越えるかが核心ではないでしょうか。
30代の医師資産形成は開業準備と家計分離が出発点
30代は、勤務医として貯蓄を厚くする時期と、開業準備に入る時期が重なりやすい年代です。ここでは「攻める前に土台を作る」ことが重要です。
医師のお金ライフプランで先に決めること
まず決めるべきは、次の3口座の分離です。
- 生活防衛資金
- 開業準備資金
- 長期積立資金
開業予定がある場合、投資資金よりも先に、半年から1年分程度の生活費と、開業時の自己資金を確保したいところです。高所得の医師ほど、税金や社会保険料の増加を見落としやすく、手取り感覚で資産形成を進めると無理が生じます。
30代で始めたい制度の順番
手元流動性を残しながら始めやすいのは新NISAの積立投資枠です。金融庁によれば、つみたて投資枠は年間120万円、成長投資枠は年間240万円で併用可能です。非課税保有限度額は総枠1,800万円、うち成長投資枠は1,200万円です。
一方、iDeCoは老後資金には有効ですが、原則60歳まで引き出せません。開業前後で資金需要が大きい医師は、iDeCoを満額にする前に現預金の厚みを確認した方が安全です。
40代開業医の資産形成ステップは借入返済と積立の両立
40代は、開業後の売上が安定し始める一方で、借入返済、子どもの教育費、採用・設備投資が重なる時期です。最も重要なのは、診療所の利益と院長個人の資産形成を切り分けることです。
開業医資産形成ステップの基本配分
この時期は、毎年のキャッシュフローを次の4つに振り分ける考え方が有効です。
| 資金の用途 | 優先度 | 主な使い道 |
|---|---|---|
| 運転資金 | 最優先 | 人件費、家賃、仕入、税金 |
| 返済資金 | 高い | 開業借入、設備借入 |
| 守る資金 | 高い | 生活防衛資金、修繕予備費 |
| 増やす資金 | 中長期 | NISA、iDeCo、小規模企業共済 |
売上が伸びると投資額も増やしたくなりますが、開業医にとって最も高いリターンは、しばしば本業の安定運営です。設備更改やスタッフ定着に必要な資金を削ってまで、長期投資を優先すべきではありません。
小規模企業共済と国民年金基金の使い分け
個人開業医であれば、小規模企業共済も有力です。小規模企業共済の掛金は月額1,000円から70,000円まで500円単位で設定でき、掛金は全額が小規模企業共済等掛金控除の対象です。
また、国民年金基金は第1号被保険者が加入できる制度で、終身年金が基本です。厚生労働省は掛金上限を月額68,000円と案内しており、令和8年12月分から75,000円へ引き上げ予定としています。掛金は全額社会保険料控除です。
比較すると次のようになります。
| 制度 | 主な目的 | 流動性 | 税務上の特徴 |
|---|---|---|---|
| 新NISA | 長期の資産成長 | 高い | 運用益が非課税 |
| iDeCo | 老後資金の積立 | 低い | 掛金所得控除、受取時も優遇 |
| 小規模企業共済 | 退職金準備 | 中程度 | 掛金が全額所得控除 |
| 国民年金基金 | 公的年金の上乗せ | 低い | 掛金が全額社会保険料控除 |
50代の開業医老後準備は出口設計が中心になる
50代に入ると、資産形成の中心は「いくら増やすか」から「どう取り崩し、どう引き継ぐか」に移ります。ここで重要なのは資産の名義と出口の税金です。
50代で見直すべき3つの論点
- 借入残高と返済完了時期
- 自宅・診療所・金融資産の名義
- 退職後に必要な生活費の水準
この時期にNISAだけを積み増すのではなく、退職金代わりになる制度や、将来の相続・承継も見据えた整理が必要です。現場では、資産総額は十分でも、換金しにくい不動産に偏って老後資金が不足するケースがよくあります。
50代の見直し手順
Step 1: 家計と医院の貸借を切り分ける
役員借入金や院長貸付金の有無を確認し、個人と事業の資金移動を見える化します。
Step 2: 老後の固定費を試算する
住居費、保険料、教育費終了後の家計、旅行や趣味などの支出を整理します。
Step 3: 受取方法ごとの税負担を比較する
iDeCo、小規模企業共済、金融資産、賃貸収入などを、どの順で受け取るかを検討します。
Step 4: 相続と承継の準備を始める
診療所を承継するのか、譲渡するのか、閉院するのかで必要な準備は大きく変わります。
60代引退前後の医師資産形成は取り崩し設計が勝負
60代では、資産形成のゴールは「最大額」ではなく「生活が安定して続く状態」です。新NISAは運用益非課税のまま保有を続けやすく、iDeCoは受取時期と受取方法の検討が重要になります。
引退前に考える順番
- まず生活費を何年分、現預金で確保するか
- 次に年金・共済・私的年金の受取開始時期をどう組み合わせるか
- 最後に運用資産をどのペースで取り崩すか
医師は長く働く方も多く、完全引退ではなく勤務日数を減らす形も現実的です。そのため、60歳で一括して全資産を現金化するより、働き方の縮小に合わせて収入源を複線化する考え方が向いています。
医師の資産形成で失敗しやすい注意点
最後に、医師の資産形成で多い失敗を整理します。
- 高収入を前提に生活費を固定化してしまう
- 開業後の設備更新や採用資金を見込まず、投資を優先する
- iDeCoや共済を増やしすぎて流動性が不足する
- 不動産、保険、金融商品を個別最適で持ち、全体設計がない
- 老後資金と相続対策を別問題として扱ってしまう
資産形成は商品選びではなく、家計・税務・事業の設計です。税理士法人 辻総合会計でも、医師からの相談では「何に投資すべきか」より、「いつ、どの口座で、どの制度から始めるべきか」という順番の整理が先になることが大半です。
よくある質問
Q: 医師は新NISAとiDeCoのどちらを優先すべきですか?
Q: 個人開業医は小規模企業共済に入った方がよいですか?
Q: 国民年金基金とiDeCoは併用できますか?
まとめ
- 医師の資産形成は、30代は土台づくり、40代は両立、50代は出口設計、60代は取り崩し設計が中心になる
- 新NISAは流動性を確保しながら長期投資しやすく、年間360万円・生涯1,800万円の非課税枠がある
- iDeCo、小規模企業共済、国民年金基金は老後準備に有効だが、資金拘束や受取設計を確認すべき
- 開業医は医院資金と個人資産を切り分けることが、資産形成の失敗を防ぐ基本になる
- 個別の状況により最適解は異なるため、開業時・50代・引退前の3回は専門家と見直すのが望ましい
参照ソース
- 金融庁「NISAを知る」: https://www.fsa.go.jp/policy/nisa2/know/index.html
- 厚生労働省「iDeCoの概要」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/nenkin/kyoshutsu/ideco.html
- 厚生労働省「国民年金基金制度」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000059350.html
- 中小機構「小規模企業共済の掛金」: https://kyosai-web.smrj.go.jp/customer/skyosai/installment/
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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