
執筆者:辻 勝
会長税理士
開業医の離婚と預金・不動産の分け方|資産別に解説

開業医の離婚で預金・不動産・保険はどう分けるのか
開業医の離婚で問題になりやすいのは、預金・不動産・生命保険をどこまで財産分与の対象にするかです。とくに院長家計では、生活費口座、事業用資金、賃貸不動産、解約返戻金のある保険が混在しやすく、どれが夫婦の共有財産で、どれが個人の固有財産なのかが分かりにくくなります。開業医にとって何が問題かというと、分け方を誤ると離婚協議だけでなく、譲渡所得や将来の資金繰りにも影響する点です。
裁判所の実務では、財産分与の対象は、原則として婚姻中に夫婦が協力して取得・維持した財産です。名義が院長一人でも、実質的に夫婦の協力で形成された資産であれば対象になり得ます。反対に、婚姻前から持っていた財産や相続・贈与で取得した財産は、原則として固有財産です。当法人でも、開業医の離婚相談ではまず資産を「共有財産」「固有財産」「事業継続上すぐに動かせない財産」に分けて整理するところから始めます。
離婚での資産の分け方とは何か
共有財産と固有財産の違い
離婚時の資産分けでは、まず共有財産か固有財産かを区分します。共有財産とは、婚姻中に夫婦の協力で築いた財産です。典型例は、預金、住宅、投資資産、保険の解約返戻金相当額などです。
一方で、次のようなものは原則として固有財産です。
- 婚姻前から保有していた預金や不動産
- 相続や贈与で取得した財産
- 社会通念上、個人専用性の強い財産
ただし、固有財産であっても、婚姻中に家計口座へ混在したり、夫婦共有のローン返済原資で維持されたりすると、実務上は説明資料が重要になります。通帳履歴、売買契約書、保険設計書、返済予定表は早めに揃えるべきです。
開業医で特有に問題になる資産
開業医の家庭では、一般家庭よりも資産の境界が複雑です。たとえば、生活用預金とクリニック運転資金が同一口座にある、院長個人名義の不動産をクリニックに貸している、保険料を法人または事業収入から負担している、というケースが珍しくありません。
このため、「いくらで分けるか」の前に、「そもそも何を分けるのか」を資産別に棚卸しする必要があります。
開業医の離婚で預金はどう分けるか
預金は婚姻中の形成額が中心
預金は最も典型的な財産分与の対象です。ただし、残高全額を単純に折半するとは限りません。実務では、婚姻開始時点の残高、別居時点の残高、相続取得分の有無、事業用資金の混在状況を見ながら、婚姻中に増えた部分を中心に検討します。
とくに開業医では、次のように整理すると分かりやすくなります。
| 項目 | 財産分与の考え方 | 実務上の注意点 |
|---|---|---|
| 家計口座の預金 | 原則として対象 | 別居時残高を基準に確認 |
| 婚姻前からの預金 | 原則として対象外 | 通帳履歴で立証が必要 |
| 相続で取得した預金 | 原則として対象外 | 家計と混在すると争点化 |
| 事業用口座の預金 | 一律ではない | 売掛金・買掛金も含め実態把握 |
事業用資金はそのまま折半しない
クリニック経営では、事業用口座の残高を単純に半分にすると、納税資金や給与支払資金が不足するおそれがあります。そこで実務では、院長個人の生活資産と、事業継続に必要な運転資金を分けて考えます。
たとえば、口座残高が2,000万円あっても、そのうち翌月の人件費、家賃、薬剤仕入、納税予定額を控除すると、実際に分与原資として扱える金額は大きく変わります。開業医の離婚では、資産評価と資金繰り管理を同時に見ることが重要です。
医師の離婚で不動産はどう分けるか
自宅と賃貸不動産で考え方が違う
不動産は、居住用か収益用かで論点が変わります。自宅であれば、売却して分ける、片方が住み続けて代償金を支払う、共有のまま一定期間保有するなどの方法があります。賃貸不動産であれば、評価額だけでなく家賃収入、借入残高、修繕負担まで見なければなりません。
開業医の場合、次の3類型で考えると整理しやすくなります。
- 自宅不動産
- 個人所有の賃貸不動産
- クリニックに関連する土地建物
不動産は評価額と借入残高をセットで見る
不動産の分け方で重要なのは、時価だけではなく、住宅ローンや借入残高を控除した実質価値です。たとえば時価8,000万円の自宅でも、ローン残高が5,000万円なら、分与対象として意識される純資産は3,000万円が目安になります。
また、離婚に伴って土地や建物を相手方へ移す場合、税務上は注意が必要です。国税庁は、不動産による財産分与では、分与した側に譲渡所得課税が生じ得ると示しています。現金で分けるのか、不動産そのもので渡すのかは、感情面だけでなく税負担まで含めて決めるべきです。
Step 1: 不動産の時価を確認する
不動産会社査定、路線価、固定資産税評価額だけで決めず、必要に応じて複数資料で相場を確認します。
Step 2: 借入残高と維持コストを把握する
住宅ローン、賃貸借契約、修繕予定、固定資産税を一覧化します。
Step 3: 分与方法を決める
売却、現物分与、代償金支払いのどれが現実的かを検討します。
Step 4: 税務コストを試算する
譲渡所得、登記費用、将来売却時の取得費の扱いまで確認します。
生命保険の財産分与はどう考えるか
生命保険 財産分与の基本
生命保険はすべてが財産分与の対象になるわけではありません。実務では、解約返戻金のある保険と、掛け捨て型の保険を分けて考えます。国税庁の評価ルールでも、保険事故が起きていない生命保険契約に関する権利は、原則として解約返戻金相当額で評価します。
そのため、離婚時の保険の見方はおおむね次のとおりです。
| 保険の種類 | 財産分与での見方 | 実務上のポイント |
|---|---|---|
| 終身保険・養老保険 | 解約返戻金相当額が論点 | 契約者・保険料負担者を確認 |
| 学資保険 | 解約返戻金がある部分を検討 | 子の利益との調整が必要 |
| 掛け捨て保険 | 価値が出にくい | 解約返戻金なしなら対象性は低い |
| 法人契約保険 | 個人の財産分与と別整理 | 法人税務と分離して検討 |
契約者名義より保険料負担の実態が重要
生命保険は契約者名義だけで判断すると誤りやすい資産です。院長名義の保険でも、婚姻中の家計や事業収入から保険料を負担していれば、解約返戻金相当額が分与の対象として議論されることがあります。反対に、婚姻前から加入していた保険は、その時点までに形成された価値と婚姻後の増加分を分けて考える必要があります。
離婚で資産を分ける方法と注意点
分け方の実務は現金化だけではない
離婚の資産分けは、必ずしもすべて売却して現金化するわけではありません。実務では、片方が不動産や保険を持ち続け、その代わりに預金や代償金で調整する方法が多く用いられます。クリニック経営への影響を抑えるには、院長が事業関連資産を保持し、配偶者側には預金や売却しやすい資産で調整する設計が現実的です。
協議前にやるべきこと
開業医の離婚で資産分けを進めるなら、次の順で整理すると混乱が少なくなります。
Step 1: 資産一覧を作る
預金、不動産、保険、有価証券、借入金を一覧化します。
Step 2: 共有財産と固有財産を分ける
婚姻前取得分、相続取得分、事業専用資産を区分します。
Step 3: 評価日を決める
別居日、協議日、離婚日など、どの時点の価額で見るかをそろえます。
Step 4: 税務と資金繰りを確認する
不動産移転時の譲渡所得や、分与後のクリニック運営資金を試算します。
よくある質問
Q: 開業医の預金は半分ずつ分けるのが原則ですか?
Q: 医師が不動産を財産分与で渡すと税金はかかりますか?
Q: 生命保険はすべて財産分与の対象ですか?
Q: 離婚後でも財産分与を請求できますか?
まとめ
- 開業医の離婚では、預金・不動産・保険を資産別に分けて考える必要がある
- 名義ではなく、婚姻中に夫婦の協力で形成したかが重要な判断基準になる
- 預金は事業用資金との混在、不動産は借入と税金、保険は解約返戻金の有無が論点になる
- 不動産による財産分与は譲渡所得課税が生じ得るため、分け方の設計が重要
- 個別事情で結論が大きく変わるため、離婚と税務の双方に詳しい専門家への相談が望ましい
参照ソース
- 裁判所「財産分与請求調停」: https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_07_04/index.html
- 裁判所「『財産分与』調停とは・・・」: https://www.courts.go.jp/nagoya-f/vc-files/nagoya-f/file/syouteim-t33qa.H250101.pdf
- 国税庁「No.3114 離婚して土地建物などを渡したとき」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3114.htm
- 国税庁「No.4660 生命保険契約に関する権利の評価」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hyoka/4660.htm
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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