
執筆者:辻 勝
会長税理士
医師の引退はいつ決める?70代の閉院準備を税理士が解説

医師の引退を考え始めたら最初に確認したいこと
医師の引退は、単に診療をやめる日を決めることではありません。70代の院長にとっての本当の課題は、生活資金を守りながら、患者・スタッフ・家族に迷惑をかけずに診療所の出口を設計することです。
とくに「まだ働けるが、いつまで続けるべきか」「高齢になってから閉院手続きが間に合うのか」と悩む方は多いのではないでしょうか。厚生労働省の医師統計では、診療所で働く医師の平均年齢は58.0歳とされており、診療所経営では高年齢化が進んでいます。70代で閉院を考え始めるのは遅すぎるわけではありませんが、実務上は65歳前後から逆算して準備しておくと選択肢が広がります。
税理士法人 辻総合会計でも、引退相談は「閉院するか、承継するか」「いつ家族に共有するか」「老後資金が足りるか」という3点から始まることが多くあります。まずは感覚ではなく、数字と期限で整理することが重要です。
開業医の引退タイミングはいつが適切か
開業医の引退タイミングに正解はありません。ただし、判断基準はあります。結論からいうと、体力が限界になる前、患者数が大きく崩れる前、税務対策がまだ打てる段階で決めるのが基本です。
引退判断で見るべき3つの軸
1つ目は健康面です。診療継続に必要な集中力、当直や長時間勤務への耐性、突発対応の負荷を客観的に見る必要があります。ご本人は「まだ大丈夫」と感じていても、家族やスタッフの見え方は異なることがあります。
2つ目は経営面です。売上が維持できていても、院長依存が強い診療所は、急な休診で経営が一気に不安定になります。高齢化で患者数が緩やかに減る前に、閉院か承継かを選べる状態をつくることが大切です。
3つ目は財務面です。引退後の生活費、借入金の残高、退職金や保険の受取時期、設備更新の必要性を踏まえると、実際には「続けられるか」よりも「やめても生活が成り立つか」で判断する場面が少なくありません。
70代で考えるなら「今すぐ着手」が基本
70代に入ってから引退を検討する場合、準備期間は2〜3年確保できると理想的です。1年未満でも閉院は可能ですが、患者説明、スタッフ退職、賃貸借契約、医療機器処分、税務申告が重なるため、負担が大きくなります。
高齢医師の閉院と承継はどちらが向いているか
高齢医師が引退するときの出口は、大きく「閉院」と「承継」の2つです。どちらが有利かは、患者基盤、後継者の有無、建物所有の状況、医療法人か個人事業かで変わります。
| 比較項目 | 閉院 | 承継・売却 |
|---|---|---|
| 準備期間 | 比較的短く進めやすい | 相手探しと条件調整で長くなりやすい |
| 手取り | 処分費・原状回復費が出やすい | 譲渡対価が得られる可能性がある |
| 患者への影響 | 転院案内が必要 | 継続診療しやすい |
| スタッフ対応 | 退職手続きが中心 | 引継ぎ雇用の余地がある |
| 院長の負担 | 手続きが集中しやすい | 交渉・資料整備の負担が大きい |
「高齢 医師 閉院」で検索する方の多くは、承継相手が決まっていないか、すでに閉院寄りで考えています。その場合でも、すぐ閉院と決めるのではなく、まずは第三者承継の可能性を1回確認する価値はあります。患者数が安定し、立地が良く、スタッフが残る診療所は、想定以上に承継余地があることもあります。
一方で、院長個人の色が強く、後継者不在で、設備も老朽化している場合は、無理に承継を狙うよりも、計画的な閉院で資金流出を抑える方が現実的です。
院長の引退準備で先にやるべき資金計画
院長引退準備で最初に行うべきなのは、老後資金と閉院コストの見える化です。「いくら必要か」が分からないままでは、引退時期は決まりません。
生活資金は診療所のお金と分けて考える
引退後の生活費は、年金、預貯金、保険、小規模企業共済、退職金、不動産収入などから賄うことになります。ここで重要なのは、診療所の運転資金や税金納付資金を老後資金と混同しないことです。
個人診療所なら、最終年の所得税・消費税・住民税が後から発生することがあります。医療法人なら、解散・清算や役員退職金の設計をどうするかで手残りが大きく変わります。個別事情により有利不利は異なるため、単純に「売上があるから引退できる」とは言えません。
閉院時に出やすい支出
閉院時には、次のような支出がまとまって発生しやすくなります。
- テナントの原状回復費
- 医療機器・什器備品の撤去や処分費
- 未払給与、賞与、退職金
- 広告看板やリース契約の解約費
- 最終申告に伴う税理士報酬や税金
これらを先に試算しておくと、「あと何年働く必要があるか」が数字で見えてきます。現場では、設備更新の直前に引退判断をするより、更新の1〜2年前に出口を決める方が失敗が少ない印象です。
医師引退の手順と閉院スケジュール
医師引退の手順は、思いつきで進めると漏れが出ます。診療所の閉院は、自治体、厚生局、税務署、スタッフ、患者への対応を並行して進める必要があります。
Step 1: 引退方針を決める
閉院、親族承継、第三者承継のどれを軸にするか決めます。同時に、最終診療日、紹介先候補、家族への説明時期も決めます。
Step 2: 資金と契約を棚卸しする
借入金、リース、賃貸借契約、保険、スタッフ雇用条件、患者数推移を一覧化します。ここで退職金や保険解約の時期も確認します。
Step 3: 患者とスタッフへの告知計画を作る
告知が遅すぎると混乱し、早すぎると離職や患者減少が進むことがあります。通常は最終診療日の数か月前から段階的に案内する設計が現実的です。
Step 4: 行政・保険関係の届出を進める
診療所の廃止届、保険医療機関の廃止届などを所定先へ提出します。個人事業なら税務署への廃業届も必要になります。
Step 5: 最終申告と記録保管を行う
診療録などの保存義務、最終年の確定申告、消費税の整理を行って終了です。閉めた日で終わりではなく、閉めた後の保管と申告までが引退実務です。
医師引退で見落としやすい税務・届出の注意点
医師引退では、医療の手続きばかりに目が向きがちですが、税務の後処理を軽視すると手取りに影響します。
個人診療所なら廃業届と青色申告の整理
国税庁では、個人事業を廃止した場合、個人事業の開業・廃業等届出書の提出案内を公表しています。青色申告の取りやめや、消費税の課税関係も併せて確認が必要です。とくに不動産収入など他の所得がある場合は、診療所を閉めても税務が終わるわけではありません。
医療法人なら解散・清算まで視野に入れる
医療法人の院長引退では、個人の引退と法人の存続が別問題になることがあります。後継理事長を立てて法人を残すのか、解散・清算まで進めるのかで必要手続きも税負担も変わります。役員退職金の設計、法人資産の整理、残余財産の扱いは早めに確認すべき論点です。
届出は「医療」「保険」「税務」を分けて管理する
届出は1つではありません。都道府県等への診療所廃止、厚生局への保険医療機関廃止、税務署への廃業届など、提出先も期限感も異なります。一覧表を作って進捗管理しないと抜けやすい分野です。
よくある質問
Q: 医師の引退は何歳くらいで決めるのが一般的ですか?
Q: 高齢医師が閉院する場合、患者にはいつ伝えるべきですか?
Q: 閉院した後のカルテはどうすればよいですか?
Q: 開業医の引退タイミングで税理士に相談するのは早すぎますか?
まとめ
- 医師の引退は、年齢よりも健康・経営・資金の3軸で判断する
- 70代で閉院を考え始めたら、まずは承継可能性と閉院コストを数字で確認する
- 開業医の引退タイミングは、体力の限界前・患者数が崩れる前に決めるのが基本
- 閉院後も診療録保管や最終申告が残るため、最終診療日で実務は終わらない
- 個人診療所と医療法人では、届出と税務の論点が大きく異なるため専門家確認が重要
参照ソース
- 厚生労働省「年齢階級・性別にみた医師数」: https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/06/kekka1-2-2.html
- 厚生労働省 近畿厚生局「保険医療機関・保険薬局の廃止・休止・再開の届出の流れ」: https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kinki/shinsei/shido_kansa/hoken_shitei/haishi.html
- 国税庁「A1-5 個人事業の開業届出・廃業届出等手続」: https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/shinkoku/annai/04.htm
- 厚生労働省「診療録の保存年限に係る現行法令上の規定について」: https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/001230827.pdf
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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