
執筆者:辻 勝
会長税理士
退職金の税金を開業医向けに解説|退職所得控除の計算

開業医が退職金を受け取るときの税金の基本
開業医が退職金を受け取るときの税金は、受け取り方と制度によって大きく変わります。特に個人開業の先生にとっては、勤務医のように勤務先から退職金が支払われるケースとは異なり、小規模企業共済の共済金や法人成り後の役員退職金をどう受け取るかが重要です。開業医にとって何が問題かというと、同じ「老後資金」でも、一時金で受け取るか年金で受け取るかで税負担が変わり、手取り額に差が出る点にあります。
当法人でも、クリニックの院長先生から「小規模企業共済は一括受取が有利ですか」「退職所得控除は何年で計算しますか」といった相談を数多く受けます。結論からいうと、退職所得控除を使える一時金は税負担が軽くなりやすい一方、年金受取は毎年の所得状況によって有利不利が分かれます。まずは制度の土台を押さえましょう。
退職所得控除とは何か
退職所得控除とは、退職金に対して認められる特別な控除です。退職金は長年の事業活動や勤務の成果をまとめて受け取る性質があるため、給与や事業所得よりも税負担が重くなりすぎないよう配慮された仕組みです。国税庁では、退職所得の金額を「収入金額から退職所得控除額を差し引き、その残額の2分の1」とする原則を示しています。
退職所得控除の計算式
退職所得控除額は、勤続年数またはこれに準ずる年数で計算します。
-
20年以下の場合
40万円 × 勤続年数
ただし80万円未満なら80万円 -
20年超の場合
800万円 + 70万円 ×(勤続年数 - 20年)
そして、退職所得の金額は次の式です。
- (退職金収入 - 退職所得控除額)× 1/2
この「2分の1課税」があるため、退職所得は他の所得区分より税務上かなり優遇されやすいのが特徴です。
退職所得控除は勤続年数でどう変わるか
ロングテールキーワードの「退職所得控除 勤続年数」で検索されることが多い論点ですが、1年未満の端数は切り上げて1年として扱います。たとえば19年4か月であれば20年、20年1か月であれば21年です。年数の認定で控除額が変わるため、役員退職金や共済金の受取時は、開始時期と終了時期の確認が欠かせません。
| 勤続年数 | 退職所得控除額 | 退職金1,500万円を受け取った場合の退職所得金額 |
|---|---|---|
| 10年 | 400万円 | (1,500万円 - 400万円)×1/2 = 550万円 |
| 20年 | 800万円 | (1,500万円 - 800万円)×1/2 = 350万円 |
| 30年 | 1,500万円 | (1,500万円 - 1,500万円)×1/2 = 0円 |
同じ1,500万円でも、勤続年数が長いほど課税対象は小さくなります。開業医の先生が法人成り後に役員退職金を設計するときは、在任期間の積み上げが税負担に直結します。
開業医の退職金と小規模企業共済の税金の違い
開業医の「退職金」といっても、税務上は複数のルートがあります。典型的なのは、法人成り後に医療法人から受け取る役員退職金と、個人事業時代から積み立ててきた小規模企業共済です。
医療法人の役員退職金
医療法人の理事長や役員が退任時に受け取る退職金は、原則として退職所得として扱われます。したがって、退職所得控除と2分の1課税の適用が検討できます。ただし、金額が不相当に高額だと法人側で損金算入が否認されるリスクがあるため、功績倍率や在任年数、最終報酬月額などを基礎にした設計が重要です。
小規模企業共済の一時金
個人開業医が活用しやすいのが小規模企業共済です。掛金は支払時に小規模企業共済等掛金控除の対象となり、受取時には受取方法で課税関係が変わります。一般に、一時金で受け取る共済金は退職所得として扱われる場面が多いため、税負担を抑えやすいのが特徴です。
小規模企業共済の年金受取
一方で、分割や年金形式で受け取ると、雑所得として課税される取扱いになります。毎年の年金収入として課税されるため、他の公的年金や不動産所得などと合算した結果、想定より税負担が増えることがあります。受取時の税額だけでなく、毎年の住民税や国民健康保険料への影響まで見ておく必要があります。
退職金は一時金と年金のどっちが有利か
「退職金 一時金 年金 どっち」で迷う開業医は多いですが、税務だけでみれば一時金が有利になることが多いです。理由は、退職所得控除と2分の1課税が使える余地があるからです。ただし、資金繰りや老後生活費の平準化という観点では年金受取に合理性があるケースもあります。
| 受取方法 | 主な所得区分 | 税務上の特徴 | 向いているケース |
|---|---|---|---|
| 一時金 | 退職所得 | 退職所得控除と2分の1課税を使いやすい | 他の所得が多く、税負担を抑えたい |
| 年金 | 雑所得 | 毎年課税。所得状況次第で税率が上がる | 毎年の生活費を安定させたい |
| 併用 | 退職所得+雑所得 | 税負担と資金需要のバランスを取りやすい | まとまった資金も毎年収入も欲しい |
一時金が有利になりやすい人
- 開業後の利益が大きく、現役時代の所得税率が高い人
- 退職所得控除を十分に使える人
- 老後直後にまとまった返済や投資計画がある人
年金が向く人
- 一度に大金を持つより毎年安定収入が欲しい人
- 退職後の他所得が少なく、雑所得でも税率が高くなりにくい人
- 資金を計画的に取り崩したい人
当法人の実務でも、税額だけをみると一時金が有利でも、老後のキャッシュフローまで含めると年金受取が適するケースはあります。税金だけで決めず、手取りの総額と資金の使い方をセットで考えることが重要です。
開業医が退職金の税金で失敗しない手順
受取直前になって検討すると、選択肢が限られます。少なくとも受取予定の1年前には試算を始めたいところです。
Step 1: 受取制度を整理する
まず、医療法人の役員退職金なのか、小規模企業共済なのか、iDeCo等の老齢給付なのかを整理します。制度ごとに所得区分と必要書類が違います。
Step 2: 勤続年数・加入年数を確認する
退職所得控除の計算では年数が重要です。法人成りの時期、役員就任日、共済加入日などを確認し、控除額を試算します。
Step 3: 一時金・年金・併用の税額を比較する
受取総額だけでなく、受取年ごとの所得税、住民税、社会保険負担も比較します。ここで初めて「どっちが得か」を判断できます。
Step 4: 申告書類を整える
退職所得申告書の提出が必要な場面では、提出の有無で源泉徴収税額が変わることがあります。小規模企業共済や退職金支給元から送付される書類を事前に確認しましょう。
Step 5: 退職年以外の所得も合わせて見る
不動産所得、配当所得、年金収入、役員報酬の残額などを合算すると、住民税や保険料に影響します。単年度だけでなく、受取後3年程度の資金計画で判断するのが安全です。
申告時の注意点と税理士に相談したい場面
退職金の税金は優遇されている一方で、論点が細かく、誤ると手取り差が大きくなります。よくある注意点は次のとおりです。
- 退職所得控除の年数判定を誤る
- 一時金と年金の比較を税率だけで判断する
- 住民税や国民健康保険料への影響を見落とす
- 役員退職金の相当額を超えて法人側リスクを作る
- 共済金の受取時期を他の所得と重ねてしまう
開業医は、事業所得・不動産所得・配当所得など複数の所得を持つことが多く、一般的な会社員より試算が複雑です。現場でも、「退職所得控除があるから非課税だと思っていた」「年金受取のほうが平準化できて安心だと思ったら、総額では不利だった」というケースは珍しくありません。税金だけでなく、承継、引退後の生活費、相続まで含めて設計する視点が必要です。
よくある質問
Q: 開業医には退職金がないのですか?
Q: 小規模企業共済を一括で受け取ると必ず退職所得になりますか?
Q: 退職所得控除は何年あれば使えますか?
Q: 退職金は一時金と年金のどちらを選ぶべきですか?
まとめ
- 開業医の退職金の税金は、制度と受取方法で大きく変わる
- 退職所得控除は20年以下なら年40万円、20年超は年70万円加算で計算する
- 一時金は退職所得として有利になりやすく、年金は雑所得として毎年課税される
- 小規模企業共済は掛金拠出時の所得控除と受取時課税の両面で設計が重要
- 受取年の他所得や住民税・保険料まで含めて、事前試算することが重要
参照ソース
- 国税庁「No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1420.htm
- 国税庁「No.1135 小規模企業共済等掛金控除」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1135.htm
- 国税庁「No.1600 公的年金等の課税関係」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1600.htm
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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