
執筆者:辻 勝
会長税理士
内科クリニック承継相場と収益評価の実務|税理士が解説

内科クリニックの承継相場は、「患者基盤×収益力(再現性)×リスク」の掛け算で決まります。結論から言うと、売却価格は相場表で一律に決まるのではなく、将来利益(のれん)と資産・負債をどう評価し、誰がどのリスクを負担するかでレンジが動きます。特に内科は、院長依存度(診療の属人性)と慢性疾患の継続通院が評価に直結しやすい一方、スタッフ・立地・競合で収益が変動しやすい点が論点です。
内科クリニック承継相場とは何で決まるか
「内科クリニック 承継 相場」で検索すると、売上倍率や利益倍率が語られがちです。しかし実務では、次の3要素に分解して考えるとブレが減ります。
1) 患者基盤の質(数より継続性)
内科の強みは、慢性疾患管理などで来院が継続しやすい点です。評価では「月次の新患/再診の構成」「主病名の偏り」「紹介・逆紹介」「近隣競合の増減」を見ます。
- 再診比率が高く、医師交代後も通院継続が見込めるほどプラス
- 院長の評判・診療スタイルに依存しているほどディスカウント(引継ぎリスク)
2) 収益力(利益の再現性)
評価の中核は収益評価です。ここでいう収益は「税務上の利益」ではなく、買い手が引き継いだ後も再現できるキャッシュフローを指します。
- 人件費・外注費・家賃が適正水準か(過不足の調整)
- 院長報酬が高すぎ/低すぎないか(買い手の働き方で変動)
- 診療報酬の算定体制(施設基準・加算)に継続性があるか
3) リスク(見えない負債の洗い出し)
買い手は「引継ぎ後に想定外の支出が出ないか」を最も嫌います。典型は以下です。
- 機器の更新時期(心電計、エコー、レセコン等)と保守契約
- スタッフの退職リスク、賃金・就業規則の未整備
- 賃貸借契約の名義変更可否、原状回復条項
- 行政対応・個人情報・診療録管理の運用
内科クリニックの評価方法(EBITDA・DCF・資産価値)
内科クリニックの評価は、通常「収益(のれん)+純資産(資産−負債)」で組み立てます。ポイントは、どの手法を主に置くかです。
| 手法 | 何を評価するか | 向いているケース | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 収益倍率(EBITDA等) | 利益の再現性(簡便) | 小規模〜中規模の診療所M&A | EBITDAの定義(院長報酬・家賃調整)でブレる |
| DCF法 | 将来キャッシュフロー(理論的) | 2院目展開・設備投資が大きい案件 | 前提の置き方で価格が大きく変わる |
| 純資産法(簿価/時価) | 資産・負債の実体 | 赤字/利益が不安定、資産が厚い | のれん(患者基盤)を反映しにくい |
EBITDA(簡便法)の実務的な作り方
EBITDAは「利払い・税金・償却前利益」という整理が多いですが、診療所では次の調整が重要です。
- 院長報酬(または事業主所得)を、買い手想定の勤務形態に置き換える
- 家賃が親族所有で相場より高い/低い場合は補正する
- 一過性の費用(採用費、改装費、訴訟対応など)を除外して平準化する
結果として「調整後EBITDA」をベースに倍率をかけ、そこに運転資金や設備更新を反映させて最終価格を詰めます。
DCF(理論法)で論点になりやすい前提
DCFは理屈として正しい一方、交渉では前提の合意が難しい手法です。内科で揉めやすいのは以下です。
- 引継ぎ後の患者減少率(院長交代・競合出店)
- 診療報酬改定の影響(点数・算定要件)
- 看護師・医療事務の採用コスト上昇
- 設備更新と内装リニューアルの時期
資産価値:建物・設備・在庫・債権と負債
スキームにより「何を譲渡するか」が変わります。個人診療所の事業譲渡では、資産の譲渡・取得費・減価償却の考え方も価格交渉に影響します(建物の取得費計算などの基本は国税庁の解説参照)。また譲渡所得の対象資産の範囲も確認が必要です。
医療法人か個人かで売却価格の受け取り方が変わる
同じ「内科クリニック」でも、法人形態で出口が変わります。
個人診療所(事業譲渡)の典型
- 譲渡対象:医療機器、内装、什器、在庫、営業権(のれん)など
- 不動産:所有なら売買、賃借なら賃貸借の承継交渉
- 税務:譲渡所得・事業所得など論点が分かれる(資産区分が重要)
医療法人(持分あり/なし等)の典型
- 何を売るか:出資持分(ある場合)、理事長交代、事業譲渡など複数スキーム
- 制度前提:医療法人は非営利性が要請され、剰余金の配当が禁止される等の枠組みがある
- 持分のある医療法人の取扱い・移行論点は国税庁資料でも整理されています
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内科クリニックM&Aの進め方(売却価格を固める手順)
価格交渉に入る前に、評価の土台を固めます。以下は実務での標準的な流れです。
Step 1: 現状の収益構造を可視化する(3年分)
- 月次の患者数、保険/自費、主な算定項目、キャンセル率
- 人件費・外注費・家賃・リース・保守の固定費一覧
- 設備台帳(取得価額・耐用年数・更新予定)
Step 2: 調整後利益を作り、論点を先に潰す
- 院長報酬・家賃・一過性費用を調整
- 将来の設備更新・内装改修を織り込む
- スタッフ体制の維持可能性(採用計画)を整理
Step 3: スキームを選ぶ(個人/法人、何を譲るか)
- 事業譲渡か、持分/理事交代か
- 賃貸借の名義・保証金・原状回復の承継条件
- 取引先(検査会社、薬局、リース等)の契約承継可否
Step 4: 買い手探索とDD(デューデリジェンス)に備える
- 財務DD:実態利益、未払・簿外債務、保険請求の安定性
- 労務DD:雇用契約、残業、社保、就業規則
- 法務/運用:個人情報・診療録・クレーム対応フロー
※仲介やFAを使う場合は、国の補助制度の対象になる「登録M&A支援機関」の枠組みも確認すると整理が進みます。
よくある質問
Q: 内科クリニックの承継相場は「年商の何倍」ですか?
Q: 赤字の内科でも売却できますか?
Q: 医療法人だとのれんは受け取れないのですか?
Q: 相談先はどこが良いですか?
まとめ
- 内科クリニックの承継相場は、患者基盤・収益の再現性・リスクでレンジが決まる
- 評価は「収益(のれん)+純資産」の二階建てで考えると整理しやすい
- EBITDA・DCF・純資産法の3手法でレンジを作り、前提の合意で価格を固める
- 個人か医療法人かでスキームが変わり、税負担と手取りが大きく変わる
- DDに備えて、月次データ・契約・設備更新・労務を先に整えると交渉が強くなる
参照ソース
- 厚生労働省「医療法人・医業経営のホームページ」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/igyou/index.html
- 国税庁「事業承継税制特集」: https://www.nta.go.jp/publication/pamph/jigyo-shokei/index.htm
- 中小企業庁「M&A支援機関に係る登録制度(令和7年度公募)」: https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/2025/250530m_and_a.html
- 国税庁「No.3261 建物の取得費の計算」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/joto/3261.htm
- 国税庁「持分の定めのある医療法人が出資額限度法人に移行した場合等…」: https://www.nta.go.jp/law/bunshokaito/hyoka/040616/01.htm
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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