
執筆者:辻 勝
会長税理士
新規開業と承継開業の比較|税理士が解説

新規開業と承継開業はどちらが有利か
新規開業と承継開業のどちらが有利かは、初期投資を抑えたいのか、理想の診療体制を一から作りたいのかで結論が変わります。開業を検討する医師にとっての問題は、資金負担だけでなく、患者数の立ち上がり、スタッフ確保、各種手続の難易度が大きく異なる点です。結論からいえば、資金と時間の回収可能性を重視するなら承継開業、診療方針や立地、内装、設備を自分の構想どおりに設計したいなら新規開業が向いています。
当法人でも、開業相談の現場では「建築費や内装費が上がる中でゼロから始めるべきか」「既存院を引き継ぐほうが安全か」という相談が増えています。2026年は物価上昇、人件費上昇、金利環境の変化を踏まえ、以前よりも比較検討を丁寧に行う必要があります。
新規開業とは何か、承継開業とは何か
新規開業とは
新規開業とは、物件選定、内装工事、医療機器導入、採用、広告、各種届出を自ら行い、ゼロから診療所を立ち上げる方法です。立地や診療科構成、診療時間、自費診療の比率まで自分で設計できるのが最大の特徴です。
一方で、開業直後は患者数が安定せず、損益分岐点を超えるまで時間がかかりやすい点が課題です。広告宣伝費や採用費も先行しやすく、開業後6か月から12か月の資金繰り設計が重要になります。
承継開業とは
承継開業とは、既存の診療所や医療法人、あるいは個人開設の医院を引き継いで開業する方法です。既存患者、スタッフ、設備、地域での認知を引き継げるため、売上の立ち上がりが早いのが大きなメリットです。
ただし、承継開業は「安い開業」ではありません。譲渡価格に加え、老朽化した設備の更新費、電子カルテの入替費、修繕費、雇用条件の見直しコストなど、見えにくい支出が後から発生しやすい点に注意が必要です。
新規開業と承継開業の違いをコスト・リスク・収益で比較
新規開業と承継開業を比較すると、判断軸は大きく3つです。第一に初期コスト、第二に開業後のリスク、第三に収益化までのスピードです。
| 項目 | 新規開業 | 承継開業 |
|---|---|---|
| 初期コスト | 内装・設備・広告費が重くなりやすい | 譲渡代金は必要だが既存設備を活用しやすい |
| 開業準備 | 自由度が高いが手続が多い | 既存体制を使えるが引継ぎ調整が多い |
| 患者数の立ち上がり | 開業直後は不安定 | 既存患者を引き継げれば早い |
| スタッフ採用 | ゼロから採用が必要 | 既存スタッフを引き継げる可能性あり |
| リスクの中心 | 想定患者数未達、資金繰り | 患者離脱、設備老朽化、簿外債務 |
| 経営の自由度 | 高い | 既存文化や契約条件の影響を受けやすい |
コスト比較の考え方
新規開業では、物件取得費、内装費、医療機器、システム導入、採用費、広告費、運転資金をまとめて見積もる必要があります。特に2026年は建築費、什器、医療材料、システム利用料が上がりやすく、想定予算を超えやすい傾向があります。
承継開業では、建物や機器の新規取得が少なく見えても、譲渡価格の妥当性が最大の論点です。譲渡対価に何が含まれるのか、固定資産だけなのか、営業権まで含むのか、レセプト実績や自費患者基盤まで織り込んでいるのかを分解しなければなりません。
リスク比較の考え方
新規開業の最大リスクは、想定した患者数に届かないことです。特に競合が多いエリアでは、診療圏調査で良好でも、実際には予約導線や口コミ、近隣医療機関との連携で差がつきます。
承継開業の最大リスクは、引継ぎ後に患者とスタッフが離れることです。売上があるように見えても、院長個人への信頼で成り立っていた場合、承継後に急減することがあります。加えて、未払残業代、リース契約、保守契約、修繕義務など、財務諸表に表れにくい負担も確認が必要です。
収益比較の考え方
収益面では、一般に承継開業のほうが早く黒字化しやすい傾向があります。既存患者数、スタッフ、紹介元、保険診療の運用フローが残るためです。
一方で、新規開業は初年度の収益は不安定でも、診療コンセプトを明確に作り込めれば、2年目以降に利益率が改善しやすい特徴があります。たとえば、予約制の徹底、自費比率の設計、業務導線の最適化を最初から組み込める点は、新規開業の強みです。
承継開業のメリットと注意点
承継開業のメリット
承継開業のメリットは、次の3点に集約できます。
- 既存患者がいるため、開業直後の売上が読みやすい
- スタッフや業務フローを引き継げれば立ち上がりが速い
- 医療機器や内装を活用でき、資金負担を平準化しやすい
特に開業後すぐに生活費と借入返済の両方を回したい医師にとっては、承継開業の安定性は大きな魅力です。当法人でも、勤務医から独立する際に「初年度赤字を避けたい」という理由で承継開業を選ぶケースは少なくありません。
承継開業の注意点とリスク
一方で、承継開業では次の論点を必ず確認する必要があります。
- 譲渡価格が、固定資産価額と収益力に見合っているか
- 医療機器の耐用年数と更新時期は近くないか
- スタッフが本当に残るのか
- 前院長の患者が継続受診する見込みがあるか
- 賃貸借契約やリース契約をそのまま引き継げるか
- 個人開設か医療法人かで、税務・労務・承継手続がどう変わるか
新規開業と承継開業の判断方法と手順
比較だけでは決めにくいため、実務では順番に判断するのが有効です。
Step 1: 開業目的を明確にする
「早く独立したい」「理想のクリニックを作りたい」「将来の分院展開を見据えたい」など、目的を整理します。目的が曖昧だと、コストだけで判断して後悔しやすくなります。
Step 2: 資金計画を2パターン作る
新規開業案と承継開業案の双方で、初期投資、借入額、月次返済額、損益分岐点、半年分の運転資金を試算します。税引後の可処分資金まで見ることが重要です。
Step 3: 承継案件はデューデリジェンスを行う
承継開業を検討するなら、決算書3期分、レセプト実績、固定資産台帳、賃貸借契約、労務資料を確認します。簿外債務や修繕負担の有無を洗い出します。
Step 4: 新規開業は診療圏と採用を先に検証する
新規開業では、立地が良くても採用できなければ運営できません。診療圏調査と同時に、看護師・医療事務の採用難易度、賃金相場、通勤導線を確認します。
Step 5: 最終判断は3年後の姿で行う
初年度の見栄えより、3年後にどの程度の患者数、利益、働き方を実現したいかで選ぶと、判断がぶれにくくなります。
2026年に判断するときの実務上の注意点
2026年は、開設手続だけでなく、保険医療機関指定、社会保険、個人と法人のどちらで始めるかなど、周辺論点も重要です。新規開業では保健所や厚生局への届出スケジュールを逆算しなければなりません。承継開業でも、開設者変更や法人化、遡及指定の可否など、タイミング管理が重要です。
また、承継対象が持分あり医療法人である場合は、将来の相続や再承継まで見据えた設計が必要です。単に「患者がいるから得」と判断せず、出資持分、役員退職金、株式に似た経済的価値の扱いを含めて検討すべき場面があります。
当法人では、匿名化した事例として、地方での承継開業で初年度売上は安定したものの、2年目に医療機器更新と人件費上昇で資金繰りが急に厳しくなったケースがありました。逆に、新規開業でも小規模で始めて固定費を抑え、2年目から自費比率を高めて収益改善したケースもあります。つまり、どちらが有利かは手法そのものより、開業後の資金設計と運営設計で差がつきます。
よくある質問
Q: 新規開業と承継開業は、どちらが失敗しにくいですか?
Q: 承継開業のメリットは何ですか?
Q: 新規開業のほうが向いているのはどんな医師ですか?
Q: 承継開業では何を最優先で確認すべきですか?
まとめ
- 初期投資と立ち上がりの安定性を重視するなら承継開業が有力
- 自由度と将来の設計力を重視するなら新規開業が有力
- 新規開業は患者獲得リスク、承継開業は引継ぎリスクが中心
- 2026年は物価、人件費、金利の影響を踏まえた資金計画が不可欠
- 最終判断は目先の安さではなく、3年後の収益と働き方で行うべき
参照ソース
- 厚生労働省「医療法(抜粋)」: https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/shikarinsyo/gaiyou/kanren/iryo.html
- 厚生労働省「記載要領(手続きの流れについて)」: https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/tokaihokuriku/iryo_shido/shitei-kisai/tetsudukinagare.html
- 厚生労働省「認定医療法人制度の延長等について」: https://www.mhlw.go.jp/content/10801000/001341001.pdf
- 中小企業庁「事業承継」: https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/index.html
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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