
執筆者:辻 勝
会長税理士
勤務医のクリニック承継で院長へ|第三者承継を税理士が解説

勤務医が承継で院長になるとは
勤務医がクリニックを承継して院長になるとは、既存の診療所(または医療法人)を引き継ぎ、開設者・経営者として医業を継続する独立形態です。新規開業と違い、患者数・スタッフ・設備・立地を引き継げる一方で、契約・許認可・保険医療機関の手続、そして引継ぎ後の資金繰りが成否を分けます。
とくに第三者承継では「買えばすぐ明日から同条件で診療できる」と誤解されがちですが、実務では名義と契約と指定を整えないと収益化が遅れます。税理士法人 辻総合会計では、医療系顧問先の事業承継・分院展開を含め、累計50件以上(相談ベース)の承継検討に関与してきた経験から、失敗しやすい論点を優先順位つきで解説します。
第三者承継の全体像:新規開業との違いと向き・不向き
第三者承継の魅力は、ゼロから立ち上げる時間を買えることです。一方で過去も引き継ぎます。具体的には、賃貸借・雇用・リース・保守、そして未収金・返金・クレーム対応などです。ここを見落とすと「黒字に見えたのに、引継ぎ後に資金が足りない」が起きます。
| 比較項目 | 第三者承継(既存クリニック) | 新規開業 |
|---|---|---|
| 立上げスピード | 早い(患者・人員・設備がある) | 遅い(集患・採用から) |
| 初期投資 | 譲渡対価+運転資金が中心 | 内装・設備・広告が中心 |
| リスクの質 | 過去の契約・在庫・評判を引継ぐ | 需要予測・集患が主リスク |
| 手続の要点 | 名義変更(開設/指定)と契約再締結 | 開設届・指定申請の新規 |
| 資金調達 | M&A資金+運転資金(短期不足に注意) | 設備資金+運転資金 |
「すでに忙しい勤務医が、早期に院長として収益化したい」場合は承継が合います。逆に「診療方針・導線・人員構成を一から作りたい」場合は、新規開業の方がストレスが少ないこともあります。
承継の流れ:勤務医が独立するための実務ステップ
第三者承継は、①案件探索→②条件交渉→③DD(デューデリ)→④契約→⑤許認可・指定→⑥引継ぎ運営、の順に進みます。ここで重要なのは、契約締結日と診療開始日を同一視しないことです。
Step 1: 案件探索と「譲れない条件」の定義
診療圏・患者層・標榜科・診療時間・スタッフ構成・賃料など、条件を先に固定します。特に賃貸物件は、オーナー承諾が取れないと承継が頓挫します。
Step 2: 基本合意(LOI)とスケジュール設計
基本合意は独占交渉の枠を作る文書です。ここで、開設者変更のタイミング、保険医療機関の指定(または遡及指定の可否)を見据えた工程表を作ります。
Step 3: デューデリジェンス(DD)で「見えない負債」を洗い出す
DDは買う前の健康診断です。最低限、以下は確認します。
- 収益:レセプト、保険/自費比率、返戻・査定の傾向
- 費用:人件費、外注費、リース・保守費、薬剤・材料の回転
- 契約:賃貸借、雇用、業務委託、リース、保守、広告
- 税務:未払税金、過年度修正、役員報酬・退職金の論点(医療法人の場合)
- オペ:予約導線、クレーム、カルテ移行、在庫、反社条項など
Step 4: 最終契約(譲渡契約)と対価の支払い設計
実務で揉めやすいのは「何を譲るか」です。代表例はのれん(営業権)・備品・在庫・電話番号・HP/ドメイン・スタッフ引継ぎ。対価は一括だけでなく、分割・アーンアウト(業績連動)も検討します。
Step 5: 許認可・指定手続(名義を通す)
診療所の管理者(院長)要件は医療法上の規定があり、開設者は適切な管理者を置く必要があります。医療法の規定(管理者)や、診療所開設に関する許可要件は前提知識として押さえましょう。
また、保険診療の収益化には保険医療機関の指定が不可欠です。開設者が変わる場合の指定申請・遡及指定の取扱いは、厚生局の案内をベースに、管轄に確認して進めます。
加えて、旧開設者側の「廃止」等の届出が必要となるケースもあります(廃止・休止・再開の届出手続)。
Step 6: 引継ぎ後3か月の運営(資金繰りと人の安定化)
承継直後は、患者の継続率・スタッフの離職率・レセプト返戻が同時にぶれます。ここに備えて、運転資金(最低でも2〜3か月分の固定費)を別枠で確保する設計が安全です。資金ショートは黒字倒産の典型です。
費用の考え方:承継にいくらかかるか(譲渡対価+諸費用)
「承継の費用」は大きく3つに分かれます。
- 譲渡対価(営業権・資産の対価)
- 取引費用(仲介手数料、FA費用、契約書作成、DD費用)
- 運転資金(引継ぎ直後のブレを吸収)
第三者承継では、支援者(仲介/FA)の役割と説明義務、手数料の考え方がトラブルになりがちです。中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」は、支援者の説明や契約の留意点を整理した公的資料として参照価値があります。
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個人診療所と医療法人で違う:スキーム別の税務・実務ポイント
承継スキームは大別すると、個人診療所は「事業譲渡」、医療法人は「持分(出資)譲渡」または「事業譲渡」等が中心になります(法人形態・定款等により異なります)。
| スキーム | 主な対象 | 買い手のメリット | 注意点(実務/税務) |
|---|---|---|---|
| 事業譲渡 | 個人診療所で多い | 必要資産だけ選んで取得しやすい | 契約の再締結が多い/在庫・未収の取扱いを明確化 |
| 持分(出資)譲渡 | 出資持分のある医療法人等 | 法人格を維持しやすい | 出資持分評価、役員構成、退職金・賃料設計が核心 |
| 法人の事業譲渡 | 医療法人でもあり得る | 不要事業を切り離しやすい | 許認可・指定の段取り、従業員の移籍手続 |
医療法人の場合、出資持分の評価や移行(出資額限度法人など)の論点が絡むことがあります。国税庁資料には、持分のある医療法人の制度・取扱いの解説があり、税務設計の前提として確認しておくべきです。
実務的には、承継後の「出口」(役員報酬・退職金・賃料)まで含めて設計しないと、利益が出ても手取りが伸びないことがあります。ここは税理士の腕の見せ所です。
失敗しやすい注意点:承継でよくある落とし穴5つ
- 賃貸借の承諾が取れず、引継ぎ直前で白紙になる(オーナー交渉の遅れ)
- スタッフ引継ぎが想定より難しく、採用コストと診療制限が発生する
- リース・保守・システム契約が自動で引き継がれないのに見落とす
- 保険医療機関の指定スケジュールを甘く見て、売上計上が遅れる(管轄確認不足)
- 買った後に判明する見えない負債(返金・クレーム・未収・過年度論点)
当法人でよくある相談は「数字は良いが、院長交代後の患者離れが不安」「スタッフが残るか不安」という2点です。これに対しては、院長交代の告知設計(患者向け・紹介元向け)と、スタッフ向け条件提示(評価制度・勤務形態)を契約前から作り込むのが現実解です。
よくある質問
Q: 勤務医でも、すぐに院長(管理者)になれますか?
Q: 承継したら保険診療は翌日から同条件でできますか?
Q: 承継費用はどこまで借りられますか?
Q: 医療法人の承継は、個人診療所より難しいですか?
まとめ
- 勤務医の第三者承継は、患者・人員・設備を引き継げる一方、名義変更(開設/指定)と契約再締結が成否を左右する
- 流れは「探索→基本合意→DD→契約→許認可・指定→引継ぎ運営」で、契約日と診療開始日を同一視しない
- 費用は「譲渡対価+取引費用+運転資金」で、診療開始の遅延コストまで試算する
- 医療法人は持分評価・役員設計など論点が増えるため、税務と法務を一体で進める
- 失敗の多くは、賃貸借・スタッフ・指定手続・見えない負債の見落としに集中する
参照ソース
- 厚生労働省(関東信越厚生局)「保険医療機関・保険薬局の廃止・休止・再開の届出」: https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kantoshinetsu/shinsei/shido_kansa/hoken_shitei/ichiran_haishi.html
- 厚生労働省(関東信越厚生局)「保険医療機関・保険薬局の指定申請手続きの流れ及び添付書類等」: https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kantoshinetsu/shinsei/shido_kansa/hoken_shitei/shitei_shinsei.html
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン」: https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html
- 国税庁「持分の定めのある医療法人が出資額限度法人に移行し…」: https://www.nta.go.jp/law/bunshokaito/hyoka/040616/01.htm
- 厚生労働省「医療法(抜粋)」: https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/shikarinsyo/gaiyou/kanren/iryo.html
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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