
執筆者:辻 勝
会長税理士
診療報酬改定2026の罠|診療所が損する実態を税理士が解説

診療報酬改定2026(令和8年度)で「本体+3.09%だから増収」と期待しても、診療所(クリニック)の手取りに反映されないことは珍しくありません。問題は、改定率が平均値であり、配分・相殺・要件の壁で現場の損益が変わる点にあります。特に開業医にとっては「増収に見えて、実質は横ばい〜減収」になりやすい構造を理解しておく必要があります。
「本体3.09%増」が手取りに反映されない3つの理由
理由1:増分の多くは「賃上げ・物価対応」だが、診療所への配分は薄い
令和8年度改定は診療報酬が+3.09%(2年度平均)とされ、うち賃上げ分や物価対応分が明確に位置づけられています。一方で、物価対応の配分は施設類型別に差があり、医科診療所への配分は+0.10%と小さい設計です。
「賃上げ原資が入るなら診療所も得」と見えますが、実際には以下のように病院中心に厚く、診療所は薄くなりがちです(制度設計上の配分の話であり、個別点数の増減は別途確認が必要です)。
| 配分項目(2年度平均) | 病院 | 医科診療所 | 歯科診療所 | 保険薬局 |
|---|---|---|---|---|
| 物価対応の配分(特別項目で対応) | +0.49% | +0.10% | +0.02% | +0.01% |
| 経営環境悪化を踏まえた緊急対応分 | +0.40% | +0.02% | +0.01% | +0.01% |
つまり、平均改定率のインパクトを、そのまま「診療所の売上増」と読み替えるのは危険です。
理由2:「薬価・材料」の引下げと、実務上の相殺が起きる
改定は診療報酬(医療行為の点数)だけでなく、薬価等にも及びます。令和8年度は薬価が▲0.86%、材料価格が▲0.01%とされ、合計で▲0.87%です。
院内処方が多い、薬剤関連の収入構造が大きい、特定材料を多用する等の診療所では、表の「本体プラス」を別の場所で相殺され、損益としては増えない(むしろ下がる)ことがあります。
理由3:「効率化」名目の減算・適正化が、外来・在宅に刺さる
今回の整理では、後発医薬品の置換え進展を踏まえた対応や、在宅医療・訪問看護関係の評価の適正化、長期処方・リフィル処方の取組強化等による効率化が▲0.15%と明示されています。
制度全体で効率化するという方向性は、診療所の現場では
- 長期処方が多い(慢性疾患外来)
- リフィル運用が進む(再診頻度が下がる)
- 在宅の評価が見直される(算定要件の厳格化・適正化) といった形で、売上の伸びを抑える要因になり得ます。
薬価引下げ・物価高・人件費増が「プラス」を打ち消す仕組み
診療所の損益は大雑把に「売上(保険収入)−(人件費+家賃+外注費+材料費+その他経費)」です。改定で売上が微増しても、コストの増加が同時に走れば、手残りは増えません。
- 人件費:賃上げ圧力は強い一方、診療所に十分な上乗せが来ないと利益が圧迫される
- 物価:医療材料・消耗品・委託費(清掃、検査、IT等)が上がると粗利が薄くなる
- 薬価:薬剤関連のマージンが下がると、売上増より粗利減の影響が大きい場合がある
ポイントは「売上が何%増えたか」ではなく、「粗利(限界利益)がいくら増減したか」です。改定の影響を判断するなら、月次で粗利と人件費の綱引きを見える化するのが最短ルートです。
「相対的マイナス改定」になりやすい診療科別シミュレーション
ここでは、改定の方向性が診療所の実務にどう響くかを、よくある収入構造で整理します(実際の増減は、貴院の算定項目・患者構成・届出状況・個別点数で変わります)。
内科(慢性疾患・生活習慣病中心)
- 長期処方・リフィルの推進が進むほど、受診頻度が下がりやすい
- 1回あたりの点数が上がっても、延べ来院数が下がると売上は伸びにくい
- 物価・人件費の増加がそのまま利益を削りやすい
「売上は横ばい、利益は減る」になりやすいのがこのタイプです。
小児科(季節変動+スタッフ確保難)
- 需要の波が大きく、繁忙期に合わせた人員配置が必要
- 賃上げは避けにくい一方、単価上昇が十分でないと固定費負担が重くなる
- 感染症の流行パターン変化で患者数が読みにくいと、改定メリットが見えにくい
改定で増収を狙うより「繁忙期の稼働を落とさない運用」と「固定費の最適化」が効きます。
訪問診療(在宅医療)
- 「適切な在宅医療の推進」と同時に、実態を踏まえた評価の適正化が進む
- 算定要件の厳格化や、運用の見直しが入ると、件数は同じでも算定が落ちる可能性がある
- 移動・オンコール・人員体制のコスト増を吸収しにくい
SNSで「点数が大きく減った」などの話が出るのは、この領域で個別項目の増減が損益に直結しやすいからです。
改定に負けないクリニック経営の数字管理(月次損益の見方)
改定の影響を最短で掴むには、年1回の決算より「月次の粗利と人件費」を見ます。税理士法人 辻総合会計でも、改定局面では翌月に答えが出る指標に絞ります。
Step 1: 売上を「外来・在宅・健診・自費」に分解する
改定影響は、部門別に出ます。合算売上だけ見ても原因が分かりません。
Step 2: 粗利を把握し、薬剤・材料の比率を固定で追う
薬価や材料の変動がある年は、「材料費率」「外注費率」を月次で固定チェックします。
Step 3: 人件費を総額ではなく売上比と1人あたり生産性で見る
賃上げ分が制度上示されても、診療所で実現するには生産性の裏付けが必要です。
- 人件費率(人件費÷売上)
- 1日患者数あたりの人件費
- 受付・看護の稼働バランス(残業含む)
Step 4: 改定月(4月/6月)の前後で「前年差分」を見る
改定の影響は前年差分が最も分かりやすいです。前年同月比で、売上・粗利・人件費の3点セットを並べます。
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今すぐ税理士に確認すべき3つのポイント
- 点数改定の影響試算:自院の算定実績(レセプト)をベースに、主要算定の前年差分を試算する
- 人件費計画:ベースアップ・賞与・採用の見込みを置き、人件費率がどこまで耐えられるかを見る
- 資金繰り:薬価(4月)と診療報酬(6月)のタイムラグを踏まえ、春〜夏の運転資金ラインを再設定する
よくある質問
Q: 「本体+3.09%」なら、診療所の売上も3.09%増えるのですか?
Q: 改定で損するか得するか、最短で判断する方法は?
Q: 2026改定で特に注意すべき時期はいつですか?
まとめ
- 「本体+3.09%」は平均値で、診療所の手取りに直結しない
- 物価対応・緊急対応は施設類型で配分差があり、医科診療所は薄くなりやすい
- 薬価等の引下げや効率化が、外来・在宅の伸びを相殺し得る
- 判断軸は売上ではなく、粗利と人件費率の前年差分
- 改定月のタイムラグ(4月/6月)を踏まえ、月次と資金繰りで早期に手当てする
参照ソース
- 厚生労働省「令和8年度診療報酬改定について」: https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_67729.html
- 厚生労働省「診療報酬改定について(令和7年12月24日)」: https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/001620952.pdf
- 厚生労働省「令和8年度診療報酬改定の基本方針」: https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001610161.pdf
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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