
執筆者:辻 勝
会長税理士
ベースアップ評価料と開業初年度の給与設計|税理士が解説

結論:新規開業でもベースアップ評価料は算定できる
ベースアップ評価料は、新規開業のクリニックでも施設基準を満たし、所定の届出を行えば算定できます。厚労省の特設ページでも「まだ届け出ていないすべての医療機関が対象」「届出の翌月から算定」と整理されています。
一方で、開業初年度は「採用・教育で人件費が先行する」「患者数が読みにくい」ため、評価料を前提に給与を上げ過ぎると資金繰りが崩れます。ポイントは、評価料=賃上げ原資として管理しつつ、固定費(基本給)と変動費(手当・賞与)を分けて設計することです。
税理士法人 辻総合会計では、開業支援・医療機関の顧問実務の中で、診療報酬と人件費のバランスが崩れて「黒字なのに資金が足りない」状態を何度も見ています。本記事は、その失敗を避ける設計図としてお使いください。
ベースアップ評価料とは:2026の位置づけと対象
ベースアップ評価料は、診療報酬で医療機関等の賃上げを後押しする仕組みです。診療所でまず検討対象になるのは、外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)です(病院・有床はⅡや入院分も論点になります)。
対象職員の考え方(誰の賃上げに使う制度か)
外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)の施設基準(抜粋)では、対象は「主として医療に従事する職員(医師・歯科医師を除く)」とされ、専ら事務作業のみの職員は含まれない、とされています。ここは採用計画と直結します。
賃金改善に使うことが前提
施設基準(抜粋)では、評価料を算定する場合、対象職員の賃金改善(定期昇給は除外)を行うこと、評価料収入はベア等・それに伴う賞与や法定福利費等の増加分に充てること、などが明確化されています。さらに、他の賃金項目の水準を下げる形は避けるべき旨も示されています。
新規開業の算定要件:ベースアップ評価料の施設基準と必要書類
ここでは診療所が最短で動けるように、外来・在宅ベースアップ評価料(Ⅰ)を中心に要点だけ抜き出します。
ベースアップ評価料 新規開業 算定要件(要点)
- 外来または在宅医療を実施する保険医療機関であること
- 対象職員(医師・歯科医師を除く、主として医療に従事する職員)が勤務していること
- 対象職員の賃金改善を行うこと(定期昇給は除外)
- 賃金改善計画書を作成すること
- ルール周知(計画書内容の周知、就業規則等の整備を含む考え方)
また、施設基準の抜粋には、令和6年度・7年度の引上げ率に関する記載(例:令和6年度に2分5厘以上、令和7年度に4分5厘以上等)もあり、制度運用上は「計画→実施→報告」の一連が重要になります。
届出に必要なもの(開業医が迷いやすいところ)
届出はExcel様式で行い、地方厚生(支)局の都道府県事務所ごとの専用メールアドレスへ提出する運用が示されています。ファイル名の付け方(医療機関コードを入れる)などの注意点も明文化されています。
ベースアップ評価料 届出 手順:開業時にいつ出すべきか
「算定できるか」より、実務では「いつ出すか」が資金繰りに効きます。厚労省ページの整理では、届出の翌月から算定できるため、開業スケジュールに合わせて提出時期を逆算します。
Step 1: 開業時点の人員・賃金テーブルを確定する
- 対象職員に該当する職種(看護師、医療補助系、リハ、放射線、臨床検査等)と、事務職の役割分担を明確化
- 基本給・手当・賞与の設計を固め、賃金改善の「対象項目」を決める(後で説明責任が残ります)
Step 2: 賃金改善計画書を作成する
- いくら改善するか(総額)と、どの項目で改善するか(例:ベースアップ手当、賞与加算等)を明確化
- 法定福利費の増加も含め、原資計算をしておく(社会保険料の事業主負担が増えます)
Step 3: 届出様式(Excel)を作成し、専用メールで提出する
- ダウンロードした最新版Excelを使用(古い様式・PDF添付は避ける)
- 指定の専用メールアドレスへ提出(都道府県別に設定)
- ファイル名は医療機関コード入りにする、など注意点に従う
Step 4: 職員へ周知し、算定開始後は原資管理を行う
- 月次で「評価料収入」と「賃上げコスト(賃金+法定福利費)」を対比
- ブレが出たら、手当・賞与で調整し、固定費化を避ける
Step 5: 毎年8月の実績報告を見据えて運用する
届出を行う医療機関は、前年度の取組状況を評価するため、毎年8月に賃金改善実績報告書を提出する必要がある、と整理されています。開業初年度は特に、最初から「報告できる形」で台帳化しておくとラクです。
医療機関専門の税理士にご相談ください
40年以上の実績。クリニック・医療法人の経営を税務・会計の両面からサポートします。
平日 9:15〜18:15(土日祝休業)
ベースアップ評価料 人件費 設計:開業初年度の給与プラン3類型
開業初年度は「患者数が読めない」「求人競争が激しい」ため、給与の固定化は慎重に。制度趣旨に沿いながら、経営の安全域を確保する3類型を比較します。
| 設計案 | 具体例 | メリット | デメリット |
|---|---|---|---|
| A:基本給に上乗せ | 初月から基本給を一律増 | 採用で強い、分かりやすい | 収入未達の月に赤字化しやすい |
| B:ベースアップ手当(変動) | 月次で一定額の手当を付与 | 原資管理しやすい、調整可能 | 説明・運用ルールが必要 |
| C:賞与・一時金で還元 | 半期・期末に原資を精算 | 患者数のブレに強い | 賞与制度の整備と評価設計が必要 |
おすすめは、開業初年度は「Bを基本に、Cで精算要素」を持たせる設計です。つまり、毎月は過度に上げず、期中の実績を見て追加還元する。これが資金繰りと制度適合の両立に向きます。
具体的な設計のコツ(税理士が見るチェックポイント)
- 「評価料収入=そのまま人件費」ではなく、社会保険料の事業主負担も含めて原資化する
- 採用時の提示は、基本給よりも「手当+昇給設計+評価制度」で総額を魅せる
- 事務職をどう扱うかを早めに整理(役割が医療補助寄りなら対象になり得るが、専ら事務作業のみは対象外の整理があるため)
- 立上げ6か月は守りの賃上げ、来院数が読めた段階で攻めの賃上げに切替える
注意点:届出後に起きやすいミスとリスク
「届出しただけ」で終わるミス
届出後は、賃金改善の実施・周知・記録が重要です。開業初年度は現場が忙しく、就業規則や賃金規程の整備が後回しになりがちですが、後から整合性が取れずに苦労します。
実績報告(毎年8月)を見据えた証跡管理
月次で以下を残すと、報告・説明がスムーズです。
- 評価料の算定額(レセプト集計)
- 対象職員別の賃上げ額(手当・賞与・基本給増の内訳)
- 法定福利費の増加分(事業主負担の増分)
- 職員への周知資料(説明メモ、同意書、掲示等)
よくある質問
Q: ベースアップ評価料は開業初月から算定できますか?
Q: 事務スタッフも賃上げ対象に含めてよいですか?
Q: 給与を上げると社会保険料も増えますが、評価料で賄えますか?
Q: 途中で患者数が伸びず、計画どおりの賃上げが難しくなったら?
まとめ
- ベースアップ評価料は新規開業でも施設基準を満たし届出すれば算定でき、届出の翌月から算定される整理
- 開業初年度の給与設計は「基本給の固定化」を避け、手当・賞与で調整できる枠を残すのが安全
- 対象職員の範囲(専ら事務作業のみは対象外の整理)を踏まえ、採用・職務分掌・賃金規程を設計する
- 届出はExcel様式で専用メール提出。ファイル名や最新版様式の使用など注意点がある
- 毎年8月の実績報告を見据え、月次で評価料収入と賃上げコストの突合・証跡管理を行う
免責事項 本記事は制度の一般的な整理と実務上の留意点をまとめたものです。施設基準の該当性、対象職員の判断、賃金改善の方法は個別事情で異なります。最新の告示・通知・事務連絡の確認と、必要に応じた専門家相談を推奨します。
参照ソース
- 厚生労働省「ベースアップ評価料等について」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000188411_00053.html
- 厚生労働省(PDF)「記載上の注意(届出様式)」: https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001244962.pdf
- 厚生労働省(PDF)「特掲診療料の施設基準等及びその届出に関する取扱いについて(ベースアップ評価料抜粋)」: https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001303609.pdf
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
ご注意事項
本記事の内容は、公開日時点における一般的な情報提供を目的としており、 特定の個人や法人に対する専門的なアドバイスを構成するものではありません。
税務・会計・法務等に関する具体的なご相談については、 必ず資格を持った専門家にご確認ください。 本記事の情報に基づいて行われた判断や行動により生じた損害について、 当事務所は一切の責任を負いかねます。
記事の内容は法令の改正等により変更される場合があります。 最新の情報については、関係省庁の公式サイト等でご確認ください。