
執筆者:辻 勝
会長税理士
医院承継を親子で進める手順と税務|税理士が解説

親子の医院承継とは(結論:まず「開設形態」を確定します)
親から子への医院承継(医師2代目)とは、診療を続けながら「経営の名義・契約・許認可・保険指定」を後継者へ移す一連のプロセスです。最大の分岐点は、親のクリニックが「個人開設」か「医療法人(社団・財団)」かで、手続きも税務も別物になります。特に親子承継は、医療の継続性と税務最適化の両立が課題になりがちではないでしょうか。本稿では、2代目医師が迷いやすい手順と税金を、実務の順番で整理します。
医院承継の全体像:まず確認すべき3つの論点(親子・2代目の最重要ポイント)
1) クリニックは「個人」か「医療法人」か
- 個人開設:院長=開設者(原則)。承継は「廃止→新規」または「開設者変更」に近い実務が発生
- 医療法人:承継の中身は「理事長交代」「役員改選」「出資持分(または基金)の移転」などの組み合わせ
ここが曖昧なまま進めると、許認可や保険指定の段取りが崩れ、診療が止まるリスクが上がります。
2) 承継の対象は「診療」だけでなく事業一式
医院承継は、医療行為そのものよりも、以下の事業インフラの移転が中心です。
- 施設(賃貸借・不動産)と内装
- 医療機器リース、保守契約
- 雇用契約(スタッフ)
- 取引先(薬局、検査会社、医療材料)
- 金融機関(借入、当座、カード)
- 行政・保険(保険医療機関指定、届出)
つまり、医院承継=契約と届出の承継と捉えると全体像が掴みやすくなります。
3) 税務の主戦場は「生前か相続か」「対価の有無」「評価」
税金は、(A)売買(譲渡)、(B)贈与、(C)相続のどれで移すかで変わります。
- 対価あり(売買・譲渡):譲渡所得、消費税(資産の種類で論点)、資金繰り
- 対価なし(贈与):贈与税(評価が鍵)
- 相続:相続税(評価と納税資金が鍵)
親から子へ医院承継する手順(実務の流れをStepで整理)
当法人(税理士法人 辻総合会計)では、医療系の承継・法人化・相続を30年以上支援してきました。親子承継で事故が起きやすいのは「税務より先に手続を走らせてしまう」ケースです。以下の順番で整理すると失敗確率が下がります。
Step 1: 開設形態・資産範囲・契約一覧を棚卸し
- 個人/医療法人の別、保険医療機関指定の状況
- 資産:建物・内装・医療機器・車両・在庫・敷金
- 契約:賃貸借、リース、保守、検査、システム、融資、スタッフ
Step 2: 承継スキームを決める(売買/贈与/相続、段階移転の可否)
- 親が引退するのか、共同で一定期間運営するのか
- 対価を払うなら資金調達(融資)の段取り
- 贈与・相続なら評価と納税資金(死亡保険、退職金設計等)の段取り
ここで承継は「一括」より「段階」の方が安全なことが多いです(例:理事長交代→出資持分移転→不動産整理)。
Step 3: 行政・保険(保険医療機関等)の届出スケジュールを引く
保険医療機関・保険薬局の届出事項(名称、開設者、管理者等)に変更があった場合は、地方厚生(支)局長への届出が必要です。実務上は、承継日を起点に「何をいつまでに出すか」を逆算して管理します(届出様式や添付書類、提出先は管轄により運用差があります)。
参考:地方厚生局の「保険医療機関・保険薬局の届出事項変更の届出」手続案内(更新:2025年1月20日)を確認してください。
Step 4: 契約・雇用・金融の切替(止血ポイントを先に潰す)
- スタッフ雇用:雇用主が変わる場合の説明、就業規則、退職/再雇用か承継か
- 取引先:請求締め、支払口座、電子カルテ等の名義
- 銀行:診療報酬入金口座、融資契約、保証
Step 5: 税務の実装(評価・申告・文書化)
- 売買:譲渡契約書、固定資産台帳、減価償却、消費税論点整理
- 贈与:贈与契約書、評価資料、申告
- 相続:遺言、事業承継計画、相続税申告の準備
税金の整理:医院承継で起きる主要税目(相続・贈与・譲渡)
売買(譲渡)で移す場合:譲渡所得と資金繰りが中心
親が子へ資産を売却する場合、親側には譲渡所得(資産の種類により計算が異なる)が発生し得ます。子側は購入資金が必要で、金融機関の与信や返済計画が承継スケジュールを制約します。
また、資産の中に「建物」「器具備品」「のれん相当」などが混在すると、会計処理と税務が複雑になります。
贈与で移す場合:評価がそのまま税額を決めます
贈与税は「評価」が核心です。医療法人の出資持分が絡む場合は、出資持分の相続税評価が問題になりやすく、評価が高いと贈与が現実的でなくなることがあります。
相続で移す場合:納税資金の確保が論点になりやすい
相続税は、財産評価と納税資金の確保がセットです。親が生前に整理できるもの(不動産の持ち方、役員退職金、生命保険等)を早めに設計することで、相続発生時の詰みを回避できます。
医療法人の医院承継(出資持分の有無で難易度が変わる)
医療法人は、医療法上の非営利性(剰余金配当の禁止等)を前提に設計されており、社団医療法人には「出資持分の定めのあるもの/ないもの」があります。国税庁の解説では、医療法人制度の枠組みと、持分の定めのある社団医療法人等の位置づけが整理されています。
このため、親子承継では次の論点を押さえます。
- 出資持分あり:持分の評価・移転が税務の主戦場(相続・贈与の負担が跳ねやすい)
- 出資持分なし:持分そのものの相続税評価問題は相対的に軽いが、出口設計(報酬・退職金・賃料)が重要
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比較表:親子の医院承継で迷うポイント(個人 vs 医療法人)
| 項目 | 個人開設クリニック | 医療法人クリニック |
|---|---|---|
| 承継の中心 | 資産・契約・許認可の移転(名義変更/再契約が多い) | 理事長/役員交代+(持分・基金の移転)+契約更改 |
| 税務の中心 | 譲渡/贈与/相続(資産ごとの評価と課税) | 出資持分評価(持分あり)/報酬・退職金・賃料設計(持分なし) |
| 資金繰り | 子の購入資金(売買の場合)が重い | 持分移転の課税・納税資金(持分あり)が重い |
| 実務リスク | 保険指定・契約の切替漏れ | ガバナンス(役員構成)と税務評価の読み違い |
親子承継で多い落とし穴と対策(手順・税金・相続)
落とし穴1:承継日だけ決めて、届出が間に合わない
診療を止めないためには、承継日から逆算した届出・契約更改が必須です。地方厚生局への届出事項変更など、行政手続は書類の整合性が要求されます。
落とし穴2:資産の「名義」と「実態」がズレる
建物は親名義、医療機器は法人名義、借入は理事長個人保証、という混在はよくあります。ズレを放置すると、承継後に税務否認・金融機関交渉難航・相続時の争点化が起きやすくなります。
落とし穴3:医療法人の持分評価を甘く見る
持分あり医療法人は評価が上がりやすく、贈与・相続の負担が重くなり得ます。国税庁の医療法人関連の評価解説や取扱いも踏まえ、早期に方針を決める必要があります。
落とし穴4:法人版事業承継税制を何となく当てはめる
法人版事業承継税制は、一定要件のもと非上場株式等の贈与税・相続税の納税猶予・免除を行う制度で、特例措置(時限措置)も含めて要件確認が不可欠です。医療法人への適用可否はケースで異なるため、適用以前に「対象となる株式等の性質」「認定要件」「継続要件」を精査してください。
よくある質問
Q: 親のクリニックを継ぐとき、まず何から始めるべきですか?
Q: 親子の医院承継は相続まで待つのが得ですか?
Q: 医療法人の「出資持分あり/なし」で何が違いますか?
まとめ
- 親子の医院承継は、最初に「個人か医療法人か」を確定させるのが最重要
- 承継の中身は診療よりも、資産・契約・届出の移転が中心
- 税金は「売買/贈与/相続」と「評価」で結論が変わる
- 医療法人は出資持分の有無で難易度が大きく変わる
- 届出スケジュール(地方厚生局等)を承継日から逆算して管理する
参照ソース
- 厚生労働省「医療法人・医業経営のホームページ」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/igyou/index.html
- 厚生労働省(地方厚生局)「保険医療機関・保険薬局の届出事項変更の届出」: https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kantoshinetsu/shinsei/shido_kansa/hoken_shitei/ichiran_todoke_henko.html
- 国税庁「法人版事業承継税制」: https://www.nta.go.jp/publication/pamph/jigyo-shokei/houjin.htm
- 国税庁「医療法人(持分の定めのある医療法人等)に係る評価関係解説」: https://www.nta.go.jp/law/bunshokaito/hyoka/040616/01.htm
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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