
執筆者:辻 勝
会長税理士
103万円の壁178万円でクリニック採用は変わる?|税理士が解説

結論:178万円に上がると「所得税の壁」は薄くなるが、採用の主戦場は社会保険(106・130)に移ります
「103万円の壁→178万円」に引き上がると、所得税がかからない年収ライン(課税最低限)が上がり、パート・アルバイトの就業調整は緩みやすくなります。一方で、クリニックの現場で人手不足のボトルネックになりやすいのは、むしろ社会保険(106万円・130万円)の壁です。院長としては、「税の壁が動くならシフトを増やせる層は誰か」「社保の壁で止まる層にどう提案するか」を分けて設計するのが採用戦略の核心になります。
そもそも「103万円の壁」とは:基礎控除+給与所得控除で決まる
いわゆる「年収の壁」は複数ありますが、103万円は主に「所得税がかからない年収ライン」を指します。給与収入しかない前提で、概念的には次の式で理解すると整理がつきます。
- 所得税の課税最低限(目安)= 基礎控除 + 給与所得控除(最低額)
過去に「103万円」と言われていたのは、基礎控除48万円+給与所得控除55万円(最低額)=103万円、という構造でした(制度の数字が一人歩きしがちですが、土台は控除の足し算です)。
178万円に引き上げられると何が変わる?(2026年版の考え方)
「178万円」は“課税最低限”の議論として理解するのが安全
「178万円」という数字が出ると、現場では「178まで働ける」と単純化されがちです。しかし実務上は、課税最低限がいくらになるか=基礎控除と給与所得控除(最低額)がどう設計されるか、で決まります。
ここで重要なのは、院長側の採用設計として「もし課税最低限が178万円まで上がった場合、働き控えの中心がどこへ移るか」を見立てることです。結論はシンプルで、所得税の壁が上がるほど、就業調整の中心は社会保険の壁に移ります。
クリニックの採用現場で起きやすい変化
- 「103万円で止めたい」層の一部が、年末に抑える必要性を感じにくくなり、シフト増を受け入れやすくなる
- 一方で「106万円(週20時間等)を超えると社保で手取りが減るのが怖い」層は残りやすい
- 医療事務・受付など、繁忙期のスポット増員が必要な職種では、年末の就業調整が緩む恩恵が出やすい
- 看護助手・クラークなど時間数で戦力化する職種は、むしろ社保ラインで止まると穴が埋まりにくい
比較表:103→(中間案)→178になったときの「院長の見立て」
※以下は「所得税の課税最低限」という観点での比較です。実際の可処分所得は住民税・社会保険料・世帯状況で変わります。
| 観点 | 103万円(従来イメージ) | 160万円(例:控除拡大後の一つの目安) | 178万円(仮に引上げられた場合) |
|---|---|---|---|
| 就業調整の主因 | 所得税が怖い(年末調整前に抑える) | 所得税は抑えやすいが、社保が残る | 所得税はさらに薄れる。社保が主戦場 |
| クリニックの採用影響 | 年末に欠勤・シフト減が増えやすい | 年末欠勤がやや緩む可能性 | 年末欠勤はより減る可能性。だが社保回避は続く |
| 面談での説明ポイント | 「所得税」中心の説明になりがち | 税と社保の両方を説明する必要 | 社保の説明がほぼ必須(税は補足へ) |
| 院長側の対策 | 年末の勤務設計・応援体制 | 繁忙期増員はしやすいが、週20h設計が重要 | 週20h前後・130付近の設計と処遇提案が最重要 |
就業調整はどう変わる?クリニックのパート層を3分類して考える
採用・定着の観点では、応募者を「壁の種類」で分けるのが最も実務的です。
A:所得税の壁を気にする層(年末だけ抑えたい)
- 178万円方向に課税最低限が上がるほど、調整圧は下がりやすい層
- シフト増提案が通りやすい(ただし他の壁がない前提)
院長側は「年末の突発欠勤リスク」が下がる可能性を織り込んで、繁忙月(インフル期・健診期)の増枠を作りやすくなります。
B:社会保険(106万円相当)を気にする層(週20時間が怖い)
厚労省は、短時間労働者の社会保険適用に関する要件見直し(いわゆる「106万円の壁」として意識される月額8.8万円要件の撤廃等)を説明しています。制度が動くほど、ここを理由にした就業調整は変化します。
- 「税がどうであれ、社保で手取りが減るのが嫌」という動機が強い
- 178万円になっても、この層の行動は大きくは変わらない(むしろ社保説明がより重要)
C:130万円を気にする層(扶養の範囲・社保の扶養が怖い)
- 世帯側の設計(配偶者の働き方、被保険者側の条件)も絡む
- クリニック側が「本人だけ見ても答えが出ない」ケースが多い
この層に対しては、「扶養を外れるなら手取りがどう変わるか」を給与設計・勤務設計とセットで提示しないと、採用が決まりにくくなります。
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クリニック院長の採用戦略:178万円を見据えた実務設計(医療事務・受付向け)
ここからが実務です。採用を増やすよりも「就業調整の理由を潰す」方が費用対効果が高い場面が多々あります。
Step 1: 面談シートで“何の壁か”を特定する
- 「年収はいくらまでにしたいですか?」ではなく
- 「所得税が心配ですか?社会保険が心配ですか?扶養の範囲が心配ですか?」と壁の種類を確認します
Step 2: シフト設計を“2つのゾーン”で用意する
- 週20時間未満(社保ラインを意識する層向け)
- 週20時間以上(戦力化する層向け)
医療事務は月末月初に偏りやすいため、週単位の時間数だけでなく、月の繁閑で平均化できるかも合わせて設計します。
Step 3: 「扶養を外れても損しない」提案を用意する
- 時給だけでなく、交通費、資格手当、繁忙手当、評価昇給など、実質手取りの納得感を作る
- 社保加入層には、将来給付(厚生年金)や傷病手当金等のメリットも、簡潔に説明する(押し付けは逆効果)
Step 4: 年末の欠勤リスクを前提に“応援枠”を固定化する
「年収の壁・支援強化パッケージ」のように、制度側も働き控え対策を進めています。院内としては、制度変更に期待しすぎず、年末・繁忙期の応援枠(短期・単発)を固定化しておくと運用が安定します。
注意点:178万円だけ見て制度を単純化しない
- 「税がかからない=手取りが最大」ではありません(社保・住民税・世帯状況が絡みます)
- 106・130の壁は、本人の年収だけでなく、勤務時間や事業所規模、扶養判定の扱い等が絡みます
- クリニックはシフトの繁閑が激しいため、月次・年次の見込みで調整が起きます
よくある質問
Q: 178万円まで働けるなら、医療事務パートのシフトは単純に増やして大丈夫ですか?
A:
所得税の観点では調整が緩む可能性がありますが、実際の就業調整は社会保険(週20時間相当や扶養の扱い)で起きるケースが多いです。まず「税が不安なのか、社保が不安なのか」を切り分け、週20時間未満ゾーンと週20時間以上ゾーンの2本立てで提案するのが安全です。Q: 106万円の壁が動くと、クリニック(医療機関)のパート採用はどう影響しますか?
A:
月額要件の撤廃等により、106万円を目安にした働き控えの形が変わり得ます。結果として「週20時間」という時間要件の説明がより重要になります。シフト設計の段階で、週20時間を跨ぐ働き方にするのか、跨がないのかを明確にし、処遇(時給・手当・評価)とセットで提示すると採用が安定します。Q: 年末に急にシフトを減らしたいと言われます。院長としてどう対応すべき?
A:
就業調整の理由を特定し、代替策を用意するのが現実的です。所得税が理由なら年間見込みで早めに調整、社保が理由なら週20時間未満の枠を用意、扶養が理由なら世帯の状況を踏まえた処遇提案(手当・時給・繁忙手当等)で納得感を作る、という設計が有効です。まとめ
- 103万円の壁は「基礎控除+給与所得控除」の足し算で生まれる“所得税の課税最低限”のイメージ
- 178万円方向に上がるほど、所得税による就業調整は緩みやすいが、採用の主戦場は社会保険(106・130)に移る
- クリニック採用は「税の壁」「社保の壁」「扶養の壁」を分けて説明し、勤務ゾーンを2本立てにするのが実務的
- 医療事務・受付は繁閑差が大きいため、週単位だけでなく月次・年次見込みで調整設計する
- 年末欠勤リスクはゼロにならない前提で、応援枠(短期・単発)を固定化すると運用が安定する
参照ソース
- 国税庁「No.1199 基礎控除」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1199.htm
- 国税庁「No.1410 給与所得控除」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1410.htm
- 政府広報オンライン「『年収の壁』対策がスタート!パートやアルバイトはどうなる?」: https://www.gov-online.go.jp/article/202312/entry-5288.html
- 厚生労働省「社会保険の加入対象の拡大について」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000147284_00021.html
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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