
執筆者:辻 勝
会長税理士
クリニックの人件費率|適正割合の目安と削減のポイント(医療経営データで解説)

人件費率とは?クリニック経営で重要な理由
クリニックの「人件費率」は一般に、人件費(給与・賞与・法定福利費など)÷医業収益で把握します。
一方、公的調査では「人件費」ではなく、職員給与を中心にした給与費率(給与費の比率)が示されることが多いため、まずは用語を揃えることが実務上の近道です。
人件費率は「固定費化しやすいコスト」を売上(医業収益)で支えられているかを見る指標です。
患者数や診療単価がぶれる局面では、材料費・薬剤費よりも先に、人件費率の悪化が損益を直撃します。
クリニックの人件費率の目安|公的データから「適正」を作る
「適正な人件費率は何%か」は、診療科・予約型か否か・自費比率・院長の稼働(施術や検査の内製度)で大きく変わります。そこで、まずはベンチマークとして、公的調査の費用構造から“中心値”を掴みます。
厚生労働省の医療経済実態調査に基づく分析資料では、**医療法人の一般診療所(=法人クリニック)の費用構造として、令和4年度の給与費率が49.0%**と示されています。「売上の約半分が給与費」という水準感は、医院の人件費の目安を考える起点になります。
また同じ表では、医薬品費・材料費・委託費・減価償却費などの構成も並ぶため、どこまでを“人件費”として追加(法定福利費など)するかを自院ルールで決めやすくなります。
データで見る:医療法人クリニックの費用構造(令和4年度)
下表は、医療法人の一般診療所(クリニック)について、費用構造の構成比率(%)を令和4年度で抜粋したものです(端数処理により合計は概ね100%になります)。
| 区分(令和4年度) | 給与費率 | 委託費率 | 減価償却費率 | 医薬品費率 | 材料費率 | その他の費用率 | 損益差額率(補助金含む) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 医療法人の一般診療所 | 49.0% | 4.5% | 3.6% | 10.8% | 4.3% | 19.6% | 9.7% |
人件費率(給与+法定福利費等)で見る場合、ここに社会保険料の事業主負担などが上乗せされるため、管理指標としては「給与費率49%」より高い数値になるのが通常です。
個人開業と医療法人で“見え方”が違う点
同じ調査でも、個人立の一般診療所は「損益差額」に院長の報酬相当が含まれ得るため、法人と単純比較すると誤差が出ます。
最新版の公表(第25回)でも、一般診療所の損益差額の扱いに関する注記が明示されています。「適正割合」は法人・個人で“利益の意味”が違う点に留意してください。
人件費率が上がる典型パターン(原因チェック)
人件費率の悪化は、コスト側だけでなく、売上側の構造問題で起きます。よくあるパターンは次のとおりです。
売上が伸びないのに人員だけ増える
- 予約枠は埋まらないのに、受付・看護配置を“安心のため”に厚くしている
- 新メニュー導入前に採用を先行し、立ち上がりまでの空費が長期化
シフトが非効率で残業が常態化
- 午前・午後のピークに合わせたはずが、実際は曜日偏在でムダが発生
- 業務手順が属人化し、「終業後に片付ける前提」で残業コストが積み上がる
採用難で賃金水準が上振れし、定着も弱い
- 時給・月給の引き上げでコストは上がるが、教育設計が弱く離職で再び採用コストが発生
- 結果として「人件費+採用費+教育ロス」で実質人件費率が悪化
人件費率を下げる具体策|削減より「最適化」で落とす(手順つき)
人件費率を改善するコツは、単純なカットではなく、(1)生産性を上げる/(2)配置を整える/(3)単価・稼働を整えるの三面で同時に動かすことです。
特にクリニックの経費削減は、医療安全とサービス品質の制約があるため、“減らす”より“ムダを消す”が基本になります。
進め方(4週間で回す実務ステップ)
- 現状を計算する(定義を固定)
- 人件費=給与+賞与+法定福利費(+必要に応じて退職給付)
- 人件費率=人件費÷医業収益(できれば月次で)
- 人件費を「固定」「変動」「投資」に分ける
- 固定:正社員ベース、管理職、最低配置
- 変動:パート、残業、スポット
- 投資:研修・教育・立上げ(期限を決める)
- 業務を棚卸しし、非医療・間接業務を分離する
- 受付入力、問診整理、書類、電話、レセ前作業など
- 分離できたら、標準化・自動化・外注の候補にする
- シフト最適化(曜日×時間帯で配置)
- 来院数・予約数・検査件数を30分〜1時間単位でヒートマップ化
- 受付・看護・技師の“必要人数”を時間帯で再設計
- 稼働のロスを削る(DX・動線・ルール)
- Web予約/事前問診/会計のキャッシュレス/検査前説明のテンプレ化
- “探す・待つ・聞き直す”の削減が、残業と人員増を抑えます
- 売上側の改善(適正運用の範囲で)
- 予約枠設計(初診・再診・処置の比率)、キャンセル対策、紹介導線
- レセの返戻・査定の削減(適正請求の徹底)
- 月次でKPI化し、上振れ要因だけ潰す
- 人件費率、残業時間、稼働率(予約充足)、患者1人あたり売上、キャンセル率
すぐ効く施策(現場で再現性が高い)
- 残業の原因を「業務」ではなく「発生点」で潰す
例:終業後のレジ締めが長い→会計動線、締め作業の標準化、レジ運用の分担見直し - 業務の役割分担を「資格」ではなく「付加価値」で組み直す
医療行為・判断が必要な業務は医療職へ、非医療業務は事務へ寄せる - 教育を“削減”ではなく“短縮”する
OJTだけにせず、動画・手順書・チェックリストで立上げ期間を短くする - 外注は「単価」ではなく「院内コスト(工数×時給)」で判断
委託費率は見える化しやすく、コントロールしやすい費目の一つです
医療機関専門の税理士にご相談ください
40年以上の実績。クリニック・医療法人の経営を税務・会計の両面からサポートします。
平日 9:15〜18:15(土日祝休業)
やってはいけない削減|医療品質・労務リスクを避ける
人件費率の改善で失敗しやすいのは、短期の数字に引っ張られて、次の“見えないコスト”を増やすことです。
- 最低配置を割る:待ち時間増・クレーム増・医療安全リスク増で、患者離れが起きる
- 賃金を抑えすぎる:離職→採用コストと教育ロスで、結果的に人件費率が悪化
- 評価制度がないまま負荷だけ増やす:現場の不満が蓄積し、定着率が落ちる
- 残業を“禁止”だけで終える:業務量と設計が変わらなければ、サービス低下か隠れ残業が起きる
「削減」より「設計」。人件費は、医療提供体制そのものです。数値目標は、必ず運用・品質のKPIとセットで置いてください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 人件費率はどこまで含めるべき?
A. 経営管理としては、給与・賞与に加え、法定福利費(社会保険の事業主負担等)まで含めるのが一般的です。院内で定義を固定し、月次比較できる形にすると改善が進みます。
Q2. 「給与費率49%」なら、人件費率は何%が適正?
A. 法定福利費等の上乗せ分があるため、管理上の人件費率は給与費率より高くなります。まずは自院の前年差・月次推移を取り、ベンチマーク(給与費率約5割)との差分を把握するのが現実的です。
Q3. 人件費率が高いかどうか、最初に見るべきサインは?
A. 残業の常態化/予約枠の未充足/キャンセル率の上昇がセットで出ている場合、配置や運用設計の問題で人件費率が上がっている可能性が高いです。
Q4. 経費削減の優先順位は?
A. クリニックでは、(1)残業削減(業務設計)、(2)シフト最適化、(3)間接業務の標準化・DX、(4)委託・外注の費用対効果見直し、の順が再現性が高いです。
参考資料
- 厚生労働省「第25回 医療経済実態調査(医療機関等調査)報告(概要)」
- 厚生労働省「第24回 医療経済実態調査 結果報告に関する分析(費用構造等)」
まとめ
- 人件費率は「人件費÷医業収益」。まず定義を固定して月次で追う
- 公的データでは、法人クリニックの給与費率は約5割が一つの目安
- 改善は「削減」ではなく、配置・運用・稼働の最適化で実現する
- 過度な削減は品質低下・離職・採用難を招き、かえってコスト増になり得る
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
ご注意事項
本記事の内容は、公開日時点における一般的な情報提供を目的としており、 特定の個人や法人に対する専門的なアドバイスを構成するものではありません。
税務・会計・法務等に関する具体的なご相談については、 必ず資格を持った専門家にご確認ください。 本記事の情報に基づいて行われた判断や行動により生じた損害について、 当事務所は一切の責任を負いかねます。
記事の内容は法令の改正等により変更される場合があります。 最新の情報については、関係省庁の公式サイト等でご確認ください。
