
執筆者:辻 勝
会長税理士
クリニックのインボイス制度|医療機関の影響と対応を税理士が解説

クリニックのインボイス制度対応で最初に押さえるべき結論は、「保険診療中心の医院でも、自由診療や物販など“課税売上”があるなら影響が出る」「登録すると原則として課税事業者になり、納税と事務負担が増える」という2点です。特に、院長(経営者)にとっての問題は、取引先(BtoB)から“適格請求書(インボイス)を求められるか”と、院内の請求・会計フローが“課税・非課税の混在”に耐えられるか、ではないでしょうか。税理士法人 辻総合会計でも、医療機関の「登録すべきか」「どこまで請求書対応が必要か」という相談が増えています。
クリニックにインボイス制度が関係する理由(インボイス制度とは)
インボイス制度は、消費税の仕入税額控除(支払った消費税を差し引く仕組み)を受けるために、原則として「一定事項を満たす請求書(適格請求書)」の保存を求める制度です。売手が適格請求書発行事業者として登録していない場合、買手側は原則として仕入税額控除ができません。
医療機関は「患者さん向けは非課税が多い=影響が小さい」と見られがちですが、次のような場面で影響が現れます。
- 法人・健保組合・企業など“課税事業者”に対して課税取引を行う(請求書を求められる)
- クリニック自身が課税事業者で、仕入税額控除を取りたい(受領する請求書の要件が厳格化)
- 免税事業者のままでいると、BtoB取引の条件変更(値引き要請等)が起こり得る
医療は非課税でも要注意:自由診療・物販など課税取引の棚卸し
医療機関の売上は「非課税」と「課税」が混在します。まずは、自院の売上を棚卸しして「課税売上がどれだけあるか」を把握してください。代表例を整理すると次のイメージです(個別の該当性は提供形態により異なります)。
| 区分 | 例 | インボイス対応の要否(実務) |
|---|---|---|
| 非課税(主に保険診療) | 健康保険法等に基づく診療、保険外併用療養費に係る療養など | 原則として「適格請求書」の論点は小さい(消費税がかからない) |
| 課税(自費・自由診療) | 自由診療(美容医療等)、任意のサービス提供、オプション販売等 | BtoBなら請求書要件が問題化。BtoCでも会計処理・区分経理は必要 |
| 課税(物販・その他) | サプリ・化粧品等の物販、文書料の一部、駐車場収入、テナント賃料など | 請求書発行・レジ/会計の税率管理が重要 |
ポイントは、課税売上が少額でも「取引先が課税事業者か」「請求書の厳格さが求められる相手か」で対応優先度が変わることです。例えば、企業健診の契約形態、産業医業務、福利厚生サービス等は“相手が課税事業者”であることが多く、請求書要件の見直しが必要になりやすい領域です。
クリニックは登録すべきか:免税のままか、課税事業者になるか
インボイス制度の実務判断は、「登録するか/しないか」に集約されます。登録はメリットもありますが、登録した時点で(原則として)免税ではいられなくなり、消費税の申告・納税が発生します。
| 観点 | 登録する(適格請求書発行事業者) | 登録しない(免税の可能性を維持) |
|---|---|---|
| BtoB取引(課税売上) | 相手が仕入税額控除を取りやすく、価格交渉が起きにくい | 取引条件の見直し(値引き要請、取引停止)のリスク |
| 自院の納税・申告 | 原則として課税事業者となり、申告・納税が必要 | 免税要件を満たす限り納税負担は抑えられる |
| 経理・請求の負担 | インボイス発行、写し保存、税率管理などの運用が必要 | インボイス発行は不可。ただし請求書整備や区分経理は必要な場合あり |
| 経費側(控除) | 受領請求書が要件を満たせば控除しやすい | そもそも免税なら控除の恩恵が小さい(消費税を納めない) |
判断の実務ポイントは次の3つです。
- 課税売上(自由診療・物販等)が「継続的にあるか」「今後増える計画か」
- 主要取引先(企業・健保組合・他法人)がインボイスを要求しているか
- 登録した場合の納税額と、価格維持・取引維持のメリットが釣り合うか
実務対応の進め方:適格請求書・レジ・会計の整備(方法/手順)
ここからは、登録する・しないにかかわらず、クリニックが実務として整備すべき手順です。会計ソフトやレセコン連携の有無で難易度が変わるため、段階的に進めます。
Step 1: 売上の取引類型を棚卸しする(課税/非課税/不課税)
保険診療、自由診療、物販、文書料、家賃収入などを「取引単位」で洗い出し、税区分を付与します。特に“混在”があるクリニックは、ここが曖昧だと後工程が破綻します。
Step 2: 登録要否の判定と、影響の大きい取引先を特定する
BtoB先がある場合は、請求書要件(登録番号、税率ごとの消費税額等)を求められるか確認します。登録するなら、登録番号の取得・公表範囲の検討も行います。
Step 3: 請求書・領収書のひな形を改定する
登録する場合、医院 適格請求書として必要な記載事項(登録番号、適用税率、税率ごとの消費税額等)を満たすよう様式を整備します。自由診療の見積書・同意書・請求書の一連も、税区分の整合性を取りましょう。
Step 4: レジ/会計の税率・区分経理を整備する
物販がある場合、軽減税率対象の有無も含めてPOS設定が必要です。経費側では、受領請求書の保存要件と、取引先が登録しているかの確認フローを作ります。
Step 5: 月次チェックと、申告に向けた資料保存ルールを固定化する
月次で「課税売上の増減」「課税仕入の証憑不備」を点検し、年度末の突貫対応を避けます。医療機関は非課税売上が多く、課税売上割合の変動で計算がブレやすい点にも注意が必要です。
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よくある落とし穴(注意点/リスク)と対策
- 「保険診療しかない」と思っていたが、物販や文書料、賃料等が課税売上として積み上がっていた
対策:売上科目を“税区分ありき”で再設計し、毎月の棚卸しに組み込みます。 - 登録すると納税が発生し、資金繰りに影響した
対策:登録前に納税見込みを試算し、価格改定・コスト見直し・経過措置(例:2割特例の可否)も含めてシミュレーションします。 - 受領請求書が要件を満たさず、仕入税額控除に不安が残る
対策:主要仕入先(医療材料、外注検査、清掃、IT等)の登録状況を一覧化し、請求書回収ルールを定めます。 - 自由診療の料金表示(税込/税抜)が現場ごとにバラバラ
対策:表示ルールを院内で統一し、見積→同意→請求→入金の全工程で整合する設計にします。
税務は「制度を知る」より「運用を回す」局面で差が出ます。特にクリニックは、診療現場のオペレーションに影響を出さずに、会計側の証憑品質を上げる必要があります。体制整備は、税理士と事務長・経理担当の役割分担を決めて進めるのが現実的です。
よくある質問
Q: 保険診療中心のクリニックでも、インボイス登録は必要ですか?
A:
一律に「必要」とは限りません。保険診療は非課税が中心で、患者さん向けの影響は限定的です。一方で、自由診療・物販・賃料など課税売上がある場合や、企業等の課税事業者との取引がある場合は、登録しないことによる取引条件の見直しが起こり得ます。Q: 登録しないと、取引先は必ず値引きを求めてきますか?
A:
必ずではありません。ただし、取引先が課税事業者で仕入税額控除を重視する場合、価格交渉や契約条件の変更が起こる可能性はあります。経過措置により当面の影響が緩和される場合もありますが、期限のある措置である点に注意が必要です。Q: 自由診療の領収書を「適格請求書」にするには何が必要ですか?
A:
登録(適格請求書発行事業者)を受けたうえで、登録番号、適用税率、税率ごとの消費税額等、所定の記載事項を満たす必要があります。レジや会計ソフト側で税率管理ができていないと、現場の発行負担が増えるため、様式整備とシステム設定をセットで行うのが安全です。まとめ
- クリニックのインボイス対応は「課税売上があるか」「BtoBで請求書要件が求められるか」が核心
- 保険診療中心でも、自由診療・物販・賃料等があれば影響が出る
- 登録すると原則として課税事業者になり、申告・納税と事務負担が増える
- 売上の棚卸し、請求書様式、レジ/会計の税率管理、証憑保存ルールを段階的に整備する
- 経過措置や負担軽減策の適用可否も含め、登録前にシミュレーションする
参照ソース
- 国税庁「No.6498 適格請求書等保存方式(インボイス制度)」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shohi/6498.htm
- 国税庁「消費税基本通達 第6節 医療の給付等関係」: https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shohi/06/06.htm
- 厚生労働省「インボイス制度について」: https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_53771.html
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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