
執筆者:辻 勝
会長税理士
クリニック開業の資金調達で失敗しない方法|税理士が解説

クリニック開業で失敗しない方法は、「必要資金を“設備+運転”で捉え、開業後6か月の資金繰りまで含めて資金調達を設計すること」です。特に初めて開業される院長にとって、物件・内装・医療機器の見積りは進む一方、運転資金の不足や返済負担の見誤りで開業後に資金繰りが詰まるケースが課題になります。税理士法人 辻総合会計でも、開業前に「融資はいくら借りられるか」だけでなく「いくら借りても回る形か」を先に固めることが重要だとお伝えしています。
クリニック開業の資金調達とは
必要資金は「設備資金」と「運転資金」に分ける
資金調達を考える際、まず必要資金を次の2つに分解します。
- 設備資金:物件取得(保証金等)、内装工事、医療機器、IT(レセコン・電子カルテ等)、什器備品など
- 運転資金:家賃、人件費、外注費、リース料、消耗品、広告費、借入返済、税金・社保の支払原資など
開業初期は診療報酬の入金タイミングの影響を受けやすく、売上が立っても現金が入るまでのズレが発生します。したがって、資金調達の中心は「設備を揃える」だけでなく、返済余力を崩さず運転資金を確保する設計に置くべきです。
「借りられる額」ではなく「回る形」を先に決める
金融機関は借入可能性を見ますが、院長は「月次で資金が回るか」を見なければなりません。開業時点で固めるべきは以下です。
- 月次の資金繰り表(少なくとも開業後12か月)
- 返済開始月と返済額(元金据置期間の有無も含む)
- 目標患者数・単価・稼働日数の根拠
- 採用計画(常勤/非常勤の構成、立上げ時期)
資金調達手段の違いとは(自己資金・融資・リース・補助金)
資金調達は複線で設計します。特徴を整理すると判断が速くなります。
| 手段 | メリット | 注意点 |
|---|---|---|
| 自己資金 | 返済不要、審査にプラス | 手元資金が薄くなると資金繰りが脆くなる |
| 金融機関融資 | まとまった資金を確保 | 返済負担が固定費化、条件交渉が必要 |
| リース | 初期支出を抑えやすい | 総支払額が増えやすく途中解約リスクも |
| 補助金等 | 返済不要(採択型) | 申請・実績報告が重く、入金まで時間がかかる |
ポイントは、自己資金比率を上げるために手元資金を削りすぎないことです。自己資金は「審査用の見せ金」ではなく、開業後の不確実性(採用の遅れ、想定より少ない患者数、設備トラブル等)を吸収する“緩衝材”です。
税務上のキャッシュ最適化も資金調達の一部
設備投資が多い開業期は、税務の取り扱いでキャッシュアウトのタイミングが変わります。例えば、中小企業者等の少額減価償却資産の特例(取得価額30万円未満等、要件あり)は、制度期限が明示されているため、投資時期と申告実務をセットで検討します(令和8年3月31日までの取得等が対象)。要件・適用可否は個別判定が必要です。
クリニック開業の資金調達の方法・手順
資金調達の実務は「見積りを集めて申し込む」だけでは不十分です。順序を誤ると、過剰借入や資金ショートの原因になります。
Step 1: 開業コンセプトと損益分岐点を決める
診療科・診療時間・人員体制(最小構成)を定義し、月次の固定費(家賃・人件費・リース・返済等)を積み上げます。ここで「最低限必要な売上=損益分岐点」が見えます。
Step 2: 見積りを“分解”して資金区分を整理する
内装、医療機器、IT、什器備品を「設備資金」に、採用費・広告費・初期の外注費・当面の生活費相当(院長の役員報酬の設計)を「運転資金」に整理します。どちらか一方に偏ると資金繰りが崩れやすくなります。
Step 3: 事業計画書を“審査用”と“運用用”で作る
金融機関向けの体裁だけでなく、開業後に毎月見直す資金繰り表まで一体で作成します。事業計画書は「数字の整合性」と「根拠の説明可能性」が重要です。
Step 4: 返済条件(据置・期間)を資金繰りに合わせて交渉する
開業直後は利益よりキャッシュが先に重要になります。返済開始時期、期間、金利、担保・保証の枠組みを、資金繰り表に落として最適化します。
Step 5: 開業手続き・保険指定のスケジュールに合わせて実行する
医療法に基づく開設手続きや、保険医療機関の指定申請など、行政手続きはタイムライン管理が不可欠です。資金の実行日(融資の実行)を、工事支払・機器納入・採用開始と整合させます。
融資審査で見られるポイント(クリニック特有)
一般論として審査項目は多岐にわたりますが、クリニック開業では次が特に重視されがちです。
- 立地と商圏の妥当性(診療圏分析、競合の把握)
- 採用計画の現実性(人件費の上振れ耐性)
- 設備投資の合理性(過剰投資になっていないか)
- 収支計画の根拠(患者数の前提、紹介元、診療日数等)
- 自己資金の形成過程(継続的な貯蓄等)
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クリニック開業の資金調達の注意点・リスク
リスク1:設備投資に偏り、運転資金が足りない
内装・医療機器は一度走り出すと止めにくく、運転資金が後回しになります。開業後に追加融資が必要になっても、実績がない段階では条件が厳しくなることがあります。
リスク2:返済負担が固定費化し、損益分岐点が高くなる
返済は売上に関係なく発生します。患者数が計画を下回る局面でも資金繰りが耐えられるよう、返済条件と固定費の総額をコントロールします。
リスク3:税金・社会保険の支払いを見落とす
開業後しばらくしてから発生する支払い(住民税、事業税、社会保険料など)が、資金繰りを圧迫します。役員報酬の設計、資金繰り表への織り込みが必須です。
リスク4:手続き遅延で開業日がずれ、資金が先に減る
開業が1か月遅れるだけで、家賃・人件費・広告費等が先行します。医療法上の手続きや保険医療機関の指定申請など、期限と提出物の管理を前倒しで進めます。
よくある質問
Q: 自己資金はどのくらい用意すべきですか?
A:
一律の正解はありませんが、目安として「初期投資の一部+開業後の運転資金」を賄える水準が望まれます。重要なのは“比率”だけでなく、自己資金を出した後でも運転資金の緩衝が残るかです。Q: 融資は開業のどのタイミングで動けばよいですか?
A:
物件契約・内装着工・医療機器発注の前に、資金繰り表と必要資金の全体像を固めて動くのが安全です。支払タイミングと融資実行日がずれると、つなぎ資金が必要になるため、スケジュール設計が重要です。Q: リースと融資はどちらが有利ですか?
A:
初期キャッシュを抑えたい場合はリースが有効な一方、総支払額や途中解約リスクを踏まえる必要があります。資金繰り表で「月次負担」と「総コスト」を比較し、機器の耐用年数や更新周期とも整合させて判断します。Q: 開業後に資金繰りが苦しくなった場合、何から見直すべきですか?
A:
まずは月次の資金繰り表を更新し、固定費(人件費・家賃・リース・返済)の圧縮余地と、入金サイクルの改善余地を洗い出します。次に、設備投資の追加を止め、支払条件の見直しや金融機関への早期相談を行います。まとめ
- 資金調達は「設備資金+運転資金」で設計し、開業後の資金繰りまで含めて判断する
- 自己資金は審査対策ではなく、開業初期の不確実性を吸収する緩衝材として残す
- 事業計画書は審査用だけでなく、毎月運用する資金繰り表と一体で作る
- 返済条件は資金繰りに合わせて設計し、固定費化のリスクをコントロールする
- 行政手続き・保険指定のスケジュール遅延はキャッシュを減らすため前倒し管理が重要
参照ソース
- 厚生労働省「医療法(抜粋)」: https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/shikarinsyo/gaiyou/kanren/iryo.html
- 地方厚生(支)局「保険医療機関・保険薬局の指定申請」: https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kantoshinetsu/shinsei/shido_kansa/hoken_shitei/ichiran_shitei_shinsei.html
- 国税庁「No.5408 中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5408.htm
※免責事項:本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別具体的な税務・法務判断を行うものではありません。制度要件や手続きは改正・運用変更により変わる可能性があるため、必ず最新情報の確認と専門家への個別相談を行ってください。
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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