
執筆者:辻 勝
会長税理士
クリニック人件費と税務調査|給与・福利厚生の注意点を税理士が解説

クリニックの人件費は税務調査で何が問題になる?
クリニックの人件費が税務調査で問題になりやすいのは、「給与・賞与・手当・福利厚生」が会計上は人件費に見えても、税務上は源泉徴収や損金算入のルールが細かく、運用のズレが出やすいからです。特に、院長(理事長)・家族・古参スタッフなど“例外運用”が混ざると、源泉徴収の漏れや「福利厚生のつもりが給与課税」といった指摘に直結します。人件費は金額が大きく、証憑(支給根拠・規程・同意書)が弱いと否認インパクトも大きいため、院長にとって最も痛い論点になりがちです。
税務調査で人件費が狙われる理由
1) 「人」に紐づく支出は実態確認がしやすい
給与台帳、雇用契約、タイムカード、源泉徴収簿、社会保険の加入状況など、裏取り資料が揃っています。調査官は「支給根拠」と「支給実態」を突合し、ズレがある部分を深掘りします。
2) 現物・立替・補助が混ざりやすい
白衣や研修、食事、通勤、健康診断など、現場では“当たり前”の支出が多い一方、税務上は福利厚生の名目でも給与課税となる境界があります(現物給与・経済的利益の考え方)。給与に該当する経済的利益は原則として課税対象です。
3) 医療法人は役員給与のルールが厳格
医療法人では院長(理事長)が役員となるケースが多く、役員給与は「定期同額給与」「事前確定届出給与」等の枠に入らないと損金不算入となり得ます。結果として、法人税・所得税の両面で影響が出ます。役員給与の損金不算入は、人件費論点の中でも修正幅が大きい典型です。
スタッフ給与で指摘されやすいポイント
源泉徴収・年末調整の不備(最頻出)
- 手当や立替精算を「雑費」「福利厚生費」で処理し、給与課税・源泉徴収の対象を落としている
- 非常勤スタッフ・スポット勤務の源泉徴収区分が曖昧
- 年末調整で通勤手当の精算や、支払金額の整合が取れていない
給与に該当するものは広く、原則として役員・使用人に支給する手当は給与所得と整理されます(一定の非課税手当は例外)。この「原則・例外」の誤認が、源泉漏れの温床です。
現金支給・手渡しの管理不足
現金での手渡し自体が直ちに否認されるわけではありませんが、支給明細・受領サイン・台帳・金庫出納との整合が弱いと、架空計上や二重計上、私的流用の疑念を招きます。
残業・宿日直等の手当設計
宿直・日直の手当などは一定範囲で非課税になり得るものの、限度や実態要件を外すと給与課税となります。手当の名称より、勤務実態と支給根拠が重視されます。
福利厚生はどこまでOK?給与課税になりやすい境界線
福利厚生は、全員性・合理性・社会通念が鍵です。特定の人だけが過度に利益を受けると給与課税・交際費・役員給与など別論点に転びます。代表的な論点を、実務で使える“基準値”で整理します。
| 項目 | 非課税・福利厚生として扱える目安 | 給与課税・否認リスクが高い例 |
|---|---|---|
| 通勤手当 | 通勤手当の非課税限度額の範囲内(交通機関等は月15万円上限、マイカー等は距離区分で限度) | 限度超過分を非課税のまま処理、距離区分の根拠なし |
| 食事補助 | 従業員が半額以上負担、かつ会社負担分が月3,500円以下 | 現金で一律補助(原則給与課税)、特定者のみ無料提供 |
| 社員旅行 | 4泊5日以内・参加率50%以上等を満たし、社会通念上の範囲 | 役員だけの旅行、観光が主、金銭選択型、不参加者へ金銭支給 |
| 健康診断・人間ドック | 一定年齢以上の希望者“全て”が受診可能、受診者全てを対象に会社負担 | 役員・特定幹部だけ会社負担、豪華オプションのみ会社負担 |
通勤手当:2025年改正の影響も含めて再点検
マイカー・自転車等の通勤手当は、距離区分ごとに非課税限度額が定められており、令和7年11月の改正で限度額が引き上げられています(ただし適用関係・年末調整での精算が問題になり得ます)。通勤距離の根拠(地図、ルート、申請書)と、給与計算設定の一致が重要です。
食事補助:現物と現金で扱いが変わる
弁当支給や食堂提供は要件を満たせば非課税ですが、現金補助は原則として給与課税(例外は限定的)です。福利厚生として設計するなら「現物提供」か「従業員負担を明確化」するのが安全です。
社員旅行:要件を満たしても“実態”で外れる
日数・参加率は分かりやすい基準ですが、役員だけ、取引先接待、実質私的旅行、金銭選択型などは外れます。旅行の企画書、行程表、参加者一覧、負担割合の証憑を残しましょう。
健康診断・人間ドック:全員性と制度設計がポイント
健康管理目的で一般的な範囲なら課税しない整理が可能ですが、役員等のみに限定すると課税問題が生じます。年齢要件・希望者全員の受診機会・会社負担範囲を規程化し、運用を揃えることが重要です。
医療機関専門の税理士にご相談ください
40年以上の実績。クリニック・医療法人の経営を税務・会計の両面からサポートします。
平日 9:15〜18:15(土日祝休業)
医療法人・院長特有の注意点(役員給与・家族・退職金)
役員給与は「損金になる形」に整える
医療法人の院長報酬を期中に自由に増減すると、税務上は損金不算入となるリスクがあります。定期同額給与の要件や、賞与を出す場合の事前確定届出給与など、制度に沿った設計が必須です。
家族従業員は「実在性・相当性」が問われる
配偶者・子を事務長や受付として雇うこと自体は可能ですが、勤務実態(出勤・業務内容)と給与水準(同業相場)が説明できないと否認リスクが上がります。職務分掌・評価・業務日報まで含めて整備すると強いです。
社会保険の適用拡大と整合
パート・アルバイトでも、週20時間以上・月額8.8万円以上等の要件を満たす場合に社会保険の適用対象となる整理が示されています。給与設計(所定内賃金の定義)と労務管理がズレると、税務調査でも「実態不整合」として波及することがあります。
税務調査に備える実務手順(人件費まわり)
Step 1: 「給与」「手当」「立替」「福利厚生」を支給類型で棚卸しする
支給一覧を作り、源泉課税・非課税・要件付き非課税に分類します。通勤手当、食事、研修、健康診断、慶弔、ユニフォーム等を網羅します。
Step 2: 規程と証憑をセットで整える
賃金規程・旅費規程・福利厚生規程を整備し、支給申請書、ルート申請、参加者名簿、負担割合の記録を残します。
Step 3: 給与計算・源泉徴収・年末調整の突合を行う
給与台帳と源泉徴収簿、総勘定元帳、人件費明細を突合し、非課税枠の超過や処理漏れを洗い出します。
Step 4: 役員・家族・高額項目を先に点検する
役員給与の支給形態、家族従業員の実態資料、慰安旅行や高額健診など“説明が必要な支出”から優先的に整えます。
当法人(税理士法人 辻総合会計)でも、税務調査対応では「人件費の棚卸し→規程・証憑の再構築→年末調整の整合」の順で整備することで、指摘の深掘りを抑えられるケースが多いです。
よくある質問
Q: 福利厚生費で処理していれば、源泉徴収は不要ですか?
A:
いいえ。経済的利益が実質的に給与に当たる場合は、勘定科目が福利厚生費でも給与課税・源泉徴収が問題になります。誰がどの程度利益を受けたか、全員性があるかで判断されます。Q: 食事補助を全員に現金で支給しています。非課税にできますか?
A:
原則として現金支給は給与課税になりやすく、非課税整理は困難です。非課税を狙う場合は、現物支給の枠組みや従業員負担(半額以上、会社負担月3,500円以下)を満たす設計が現実的です。Q: 社員旅行は参加率が50%以上なら必ず非課税ですか?
A:
いいえ。日数・参加率は目安で、役員だけの旅行、実質私的旅行、金銭選択型などは対象外になり得ます。行程・目的・負担割合を含めた“総合判定”です。Q: 医療法人の院長報酬を期中に増額したら、必ず否認されますか?
A:
「必ず」ではありませんが、定期同額給与等の枠組みに入らない増額は損金不算入リスクが高まります。変更理由、株主総会・社員総会等の手続、改定タイミングを含めて税務上の要件整理が必要です。まとめ
- 人件費は金額が大きく、源泉徴収の漏れや処理区分の誤りが税務調査で深掘りされやすい
- 福利厚生は「全員性・合理性・社会通念」が鍵で、福利厚生の名目でも給与課税になり得る
- 通勤手当・食事補助・社員旅行・健診は“基準値”と証憑のセット管理が重要
- 医療法人は役員給与の損金不算入リスクが大きく、期中改定・賞与設計に要注意
- 税務調査前に「支給類型の棚卸し→規程・証憑→年末調整突合」の順で整えると防御力が上がる
参照ソース
- 国税庁「No.2508 給与所得となるもの」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2508.htm
- 国税庁「No.2594 食事を支給したとき」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2594.htm
- 国税庁「No.2603 従業員レクリエーション旅行や研修旅行」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2603.htm
- 国税庁「通勤手当の非課税限度額の引上げについて(PDF)」: https://www.nta.go.jp/users/gensen/2025tsukin/pdf/01.pdf
- 国税庁「No.5211 役員に対する給与」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5211.htm
- 厚生労働省「社会保険適用対象となる加入条件」: https://www.mhlw.go.jp/tekiyoukakudai/koujirei/jigyonushi/taisho/
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
ご注意事項
本記事の内容は、公開日時点における一般的な情報提供を目的としており、 特定の個人や法人に対する専門的なアドバイスを構成するものではありません。
税務・会計・法務等に関する具体的なご相談については、 必ず資格を持った専門家にご確認ください。 本記事の情報に基づいて行われた判断や行動により生じた損害について、 当事務所は一切の責任を負いかねます。
記事の内容は法令の改正等により変更される場合があります。 最新の情報については、関係省庁の公式サイト等でご確認ください。
