
執筆者:辻 勝
会長税理士
【クリニック税務調査】調査の流れと対策|税理士が解説

クリニックの税務調査とは
クリニックの税務調査とは、税務署等が申告内容の妥当性を確認するために行う調査です。ポイントは、調査そのものは「怖いイベント」ではなく、申告の裏付け(証憑と説明)を求められるプロセスだという点です。
調査対象は、個人開業医(所得税・消費税)だけでなく、医療法人(法人税・法人消費税・源泉所得税)も含みます。特に医院は、保険診療(入金・レセプト)と自由診療(現金・カード)が混在しやすく、会計処理の設計次第で疑義が生じやすい業種です。
「個人開業医」と「医療法人」で見られ方が違う
税務調査の観点は共通しますが、税目と資料の切り口が変わります。
| 区分 | 主な税目 | 重点的に見られやすい資料 | つまずきやすい論点 |
|---|---|---|---|
| 個人開業医 | 所得税・消費税 | 現金出納帳、売上管理表、レセプト・入金明細、クレカ明細 | 現金売上の計上漏れ、家事関連費、消費税の課税区分 |
| 医療法人 | 法人税・法人消費税・源泉所得税 | 総勘定元帳、請求書・契約書、給与台帳、源泉徴収簿 | 交際費・役員関連、外注費の実在性、源泉徴収漏れ |
税務調査の流れ
クリニックの税務調査は、概ね「事前通知→事前準備→実地調査→調査後対応」の順に進みます。院長が把握しておくべき論点は、事前通知で何を聞かれ、何を用意するかです。
Step 1: 事前通知(連絡)を受ける
税務署から電話等で、調査日程、対象税目、対象期間、必要書類などの連絡が入ります。ここで「当日までに何を出すか」「誰が対応するか(院長・事務長・経理・税理士)」を決めます。
Step 2: 事前準備(資料の整備と論点整理)
準備の中心は「提示できる状態に揃える」ことです。おすすめの整理単位は、(1)売上、(2)人件費・外注費、(3)経費、(4)消費税、(5)資金の動き(現金・口座)の5カテゴリです。
Step 3: 実地調査(当日)
当日は、帳簿・証憑の確認に加え、院長へのヒアリング(売上の流れ、レジ運用、自由診療の入金方法、スタッフ体制など)が行われます。論点は「数字そのもの」より「運用との整合性」です。
Step 4: 調査後の指摘と是正(修正申告等)
調査官の説明を受け、修正申告が必要な場合は内容を精査して対応します。争点がある場合は、事実関係と法令解釈を切り分け、根拠資料を追加提出して調整します。
無予告・反面調査はあるのか
一般には事前通知がありますが、例外的に通知が省略されるケースもあります。また、必要に応じて取引先等への確認(いわゆる反面調査)が行われることもあります。医院側としては「隠す」より「整合性を説明できる」状態を維持する方が、結果としてリスクが下がります。
開業医の税務調査の「確率」をどう考えるか
「税務調査に入られる確率は何%か」という質問は多いのですが、実務上は“確率”より“選定される要因”を理解した方が有効です。国税庁は毎年、所得税・消費税や法人税等の調査状況(件数、追徴税額など)を公表しており、近年はAI・データ分析も活用されています。
ここから読み取れる重要点は次の2つです。
- 税務調査はランダムではなく、「資料情報+申告内容の分析」で優先度が付く
- 医院は現金・自由診療・消費税区分・源泉徴収など、着眼点が多い業種に該当しやすい
クリニックで選定されやすい典型パターン
「確率」ではなく、次のような“形”が揃うと選定されやすくなります。
- 自由診療・物販・サブスク等の新規売上が増えたのに、帳簿設計(科目・証憑)が追いついていない
- 現金比率が高いのに、日計表・締め・入金のルールが弱い
- 外注費(広告、制作、業務委託)が増加しているが、契約書や成果物が残っていない
- 消費税の課税・非課税・不課税が混在しているのに、区分経理の根拠が曖昧
- 給与・謝金・講演料等の支払が増え、源泉徴収の判定が属人的
指摘されやすい論点と対策ポイント
税務調査で差がつくのは、「誤りがあるか」以上に「誤りが疑われない運用になっているか」です。税理士法人 辻総合会計でも、医院の調査立会いで頻出する論点は概ね固定化しています。
1) 売上(保険診療・自由診療・現金)
最重要は現金売上です。自由診療がある場合、レセプト連動の保険診療よりも「現場運用と帳簿のズレ」が起きやすくなります。
- 対策:日計表(レジ締め)と入金(現金実査・銀行入金)の突合をルール化
- 対策:カード・QR決済は「決済明細→入金明細→売上計上」を紐付けて保管
- 対策:自由診療はメニュー別の売上管理(単価×件数)を残す
2) 経費(私的混入・交際費・福利厚生)
医院は車両・通信・会食などが混ざりやすく、家事関連費の按分根拠が弱いと指摘されがちです。
- 対策:按分ルール(面積・時間・走行距離等)を文書化し、毎期同じ基準で運用
- 対策:交際費は「誰と・何の目的で・業務関連性」をメモで補強
- 対策:役員・院長個人の支出を法人・事業経費に載せない(混在は長期的に不利)
3) 外注費(実在性・成果物)
広告運用、HP制作、SNS、清掃、コンサル等は、実態と証憑が弱いと「架空・名義貸し」を疑われやすい領域です。
- 対策:契約書、発注書、請求書、成果物(レポート、納品物、作業記録)をセットで保存
- 対策:支払先の実在確認(法人番号、住所、振込先)と、役員・親族への支払いは合理性説明を準備
4) 源泉徴収(給与・報酬・講師謝金)
医療法人・個人問わず、源泉徴収は“落とし穴”になりやすい分野です。雇用か業務委託かの判断、講演料や原稿料の扱い、年末調整の整合性などが見られます。
- 対策:支払先ごとに「源泉要否判定シート」を作り、毎回同じ基準で判定
- 対策:給与台帳・勤怠・雇用契約(または業務委託契約)を揃える
5) 消費税(課税区分・インボイス・電帳法対応)
保険診療は原則として非課税取引ですが、自由診療・物販・予防接種・文書料など、課税取引が混在する医院もあります。ここでの論点は消費税の課税区分と区分経理の根拠です。
- 対策:メニューごとに課税区分を決め、会計科目と紐付ける
- 対策:インボイス(適格請求書)の要否がある支払い(外注、広告等)を棚卸し
- 対策:電子取引データ(PDF請求書、WEB明細等)は電子帳簿保存法の要件を意識して保管
指摘ポイントと予防策の一覧表
| 指摘されやすい項目 | 典型例 | 予防策(平時にやること) |
|---|---|---|
| 現金売上 | 自由診療の入金が日計とズレる | 日計表・実査・入金の突合、メニュー別管理 |
| 家事関連費 | 車両・通信・会食の混在 | 按分根拠の文書化、私費は明確に除外 |
| 外注費 | 成果物が残っていない | 契約書+成果物+支払証跡のセット保存 |
| 源泉徴収 | 謝金・委託費の判定ミス | 判定表の運用、契約形態と実態の一致 |
| 消費税区分 | 非課税と課税が混在 | 取引類型ごとの区分経理、科目設計 |
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調査後の対応とリスクコントロール
調査で誤りが見つかった場合、一般的には修正申告で是正します。一方、納め過ぎが判明した場合は、更正の請求(原則として法定申告期限から一定期間内)を検討します。重要なのは「調査官の指摘=確定」ではなく、事実関係と根拠を精査することです。
追徴課税(加算税・延滞税)を大きくしない考え方
実務で差が出るのは、調査の終盤です。
- 事実誤認がないか(取引実態・証憑の不足なのか、計上時期のズレなのか)を切り分ける
- 調査官の着眼(論点)に対し、根拠資料を追加して説明の精度を上げる
- 必要なら税理士が同席し、法令解釈と事実認定を整理して調整する
結果として修正申告となる場合でも、根拠の弱い処理を温存するより、再発防止(ルール化・証憑整備)まで含めて“次回の火種”を消すことが重要です。
よくある相談(ケーススタディ)
- ケース:自由診療の入金は院内レジ、物販は別アプリ、カードは複数会社に分散。月次で突合しておらず、税務調査で「売上計上の網羅性」を問われた。
- 対応:決済手段ごとに「売上データ→決済明細→入金明細」を1本化し、月次で突合。以後は調査対応の説明が短縮され、経理の属人化も解消した。
医院は診療が最優先です。だからこそ、会計側は「仕組みで守る」設計が有効です。
よくある質問
Q: 税務調査の連絡が来たら、まず何をすべきですか?
A:
まずは事前通知の内容(対象税目・対象期間・当日の要請資料)を整理し、窓口担当者(院長・事務長・経理・税理士)を決めます。そのうえで、売上・現金・外注費・源泉徴収・消費税区分の順に資料を揃えると効率的です。Q: 税理士の立会いは必要ですか?
A:
必須ではありませんが、論点が複数ある医院(自由診療、物販、外注が多い、医療法人で源泉が多い等)は、立会いのメリットが大きい傾向です。事実関係の整理と、法令解釈の切り分けが早くなります。Q: 税務調査で指摘されたら必ず修正申告が必要ですか?
A:
いいえ。指摘内容が事実や法令解釈に照らして妥当かを精査し、根拠資料で説明できる場合は修正申告に至らないこともあります。納め過ぎの場合は更正の請求の検討余地もあります。Q: 普段からできる“最小コスト”の対策は何ですか?
A:
日計表(レジ締め)と入金の月次突合、外注費の契約書・成果物の保存、源泉判定のルール化、消費税区分の科目設計の4点です。この4点だけでも調査対応の難易度は大きく下がります。まとめ
- クリニックの税務調査は、帳簿・証憑と運用の整合性を確認するプロセス
- 事前通知を起点に、売上・外注費・源泉・消費税区分の順で準備すると効率的
- 「確率」より「選定されやすい要因」(現金、区分経理、外注実在性等)を管理する
- 調査後は、事実と解釈を切り分け、必要に応じて修正申告・更正の請求を検討
- 平時のルール化(突合・保存・判定)が最大の対策
参照ソース
- 国税庁「税務調査手続について(国税通則法第7章の2等)」: https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/sonota/sozokuchosatetsuzuki/index.htm
- 国税庁「国税通則法関係通達(事前通知等:法第74条の9~)」: https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kobetsu/zeimuchosa/120912/03_1.htm
- 国税庁「令和6事務年度 法人税等の調査事績の概要(PDF)」: https://www.nta.go.jp/information/release/kokuzeicho/2025/hojin_chosa/pdf/01.pdf
- 国税庁「令和6事務年度 所得税及び消費税調査等の状況(PDF)」: https://www.nta.go.jp/information/release/kokuzeicho/2025/shotoku_shohi/pdf/shotoku_shohi.pdf
- 国税庁「確定申告を間違えたとき(更正の請求・修正申告)」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2026.htm
- 国税庁「延滞税の割合」: https://www.nta.go.jp/taxes/nozei/entaizei/keisan/entai_wariai.htm
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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