
執筆者:辻 勝
会長税理士
税務調査の確率と周期|クリニックの選定基準を税理士が解説

税務調査の「確率」は何%?まず結論と前提
税務調査の確率は、結論から言うと「一律の%では語れない」が現実です。なぜなら、税務署は無作為抽出ではなく、申告内容・業種特性・外部情報などを踏まえて調査必要度の高い先を優先して選定するためです。
一方で、院長が不安を整理するためには「全体の規模感(母数と件数)」を押さえることが有効です。国税庁の公表統計では、法人税・消費税の実地調査は年間5万件台の規模で実施されています。加えて、国税庁はAI・データ分析も活用して調査先の抽出精度を上げています。
統計から見る「単純計算の目安」(法人の場合)
国税庁の統計(法人税)では、申告法人数が約298万社(FY2023)と示されています。これに対し、法人税・消費税の実地調査件数が約5万4千件規模(事務年度ベース)であるため、単純割りでみると年あたり1〜2%程度のイメージになります。
ただし、これは「全法人に均一に1〜2%」という意味ではありません。実際は、業種・規模・過去の調査履歴・不正還付や無申告等の重点課題への該当性により、確率は上下します。
| 指標(法人) | 公表値(例) | 読み方(注意点) |
|---|---|---|
| 法人税の申告法人数(FY2023) | 約2,982,191社 | 医療法人を含む内国普通法人等の集計 |
| 法人税・消費税の実地調査件数(令和6事務年度) | 約54,000件 | 「調査終了ベース(7月〜翌6月)」の集計 |
| 単純計算の比率 | 約1.8% | 無作為抽出ではなく「リスク選定」なので参考値 |
クリニック税務調査の周期|「いつ来る?」の現実的な考え方
「何年おきに来ますか?」という質問は非常に多いのですが、周期は固定ではありません。考え方としては、次の3層で整理すると実務的です。
1. 申告後すぐ来るケース:例外寄り(ただしゼロではない)
申告直後に調査が動くのは、還付申告・急激な数値変動・外部情報(反面調査の端緒)など、優先度が高い要因がある場合に偏ります。クリニックで多い論点は、消費税(課税売上割合・区分経理・インボイス関連)、自費売上、源泉(外注・非常勤)です。
2. 1〜3年後に来るケース:最も「あり得る」ゾーン
申告書・決算書・各種法定調書・外部資料の突合や、業種平均との比較、過年度とのブレの確認などを経て、調査対象が絞り込まれます。国税庁も、申告書等の分析・検討により調査先を抽出する運用を明示しています。
3. 数年おきに来るケース:過去の指摘内容次第で変動
一度調査を受けると、同じ論点が繰り返し出ない限り「すぐ再調査」になりにくい一方、指摘が重かった・是正が不十分・売上や経費構造が変化した等の場合は、短いスパンでフォローされることがあります。周期は「年数」よりも、リスク要因が再発していないかで決まると考えるのが安全です。
選ばれる基準|税務署が見ている「クリニック特有のサイン」
税務調査の選定基準は公表された「合格ライン」のようなものがあるわけではありません。ただし、国税庁資料からも、AI・データ分析で不正パターンを判定し、調査官の判断と組み合わせて抽出していることが読み取れます。ここではクリニックで遭遇しやすい“疑義が出るポイント”を類型化します。
売上(特に自費・現金)のサイン
- 自費売上があるのに、入金・予約・カルテ・レジ・銀行入金の突合が弱い
- 月別推移が不自然(繁閑と合わない、特定月だけ極端に低い)
- 役員貸付金(または現金)と売上管理の関係が説明できない
「現金が絡む」×「自費」は、調査では必ず深掘りされやすい組み合わせです。
経費(外注費・交際費・消耗品)のサイン
- 外注費の増加に対して、契約書・成果物・支払根拠が薄い
- 交際費・会議費・旅費が増えたが、業務関連性の説明資料がない
- 高額備品・消耗品が「私的利用」と誤解され得る形で処理されている
消費税(インボイス後は特に) のサイン
- 課税・非課税・不課税の区分経理が曖昧
- 課税売上割合や個別対応方式の前提資料が残っていない
- 仕入税額控除の根拠(インボイス、帳簿要件)が整っていない
源泉(非常勤医師・外注スタッフ)のサイン
- 報酬の区分(給与か外注か)が実態と一致していない
- 源泉徴収・法定調書の整合が取れていない
- 年末調整や社会保険と、支払実態がちぐはぐ
| リスク領域 | 典型的な“選定サイン” | 事前に整えるべきもの |
|---|---|---|
| 自費・現金売上 | 入金突合ができない/月別推移が不自然 | レジ・予約・カルテ・銀行の突合表 |
| 経費 | 外注費の根拠が薄い/私的混在 | 契約書、成果物、稟議、按分ルール |
| 消費税 | 区分経理が弱い/インボイス不備 | 区分経理表、請求書保存、集計表 |
| 源泉 | 給与/外注の区分ミス | 業務委託契約、支払調書、源泉台帳 |
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税務調査が来る前にやること|準備の手順(チェックリスト付き)
調査対応は「その場で頑張る」より、平時の証憑設計が勝負です。税理士法人 辻総合会計では、クリニックの顧問支援で「日次・月次で残すべき証跡」を先に決め、税務調査の負荷を下げる設計を重視しています。
Step 1: 売上の“突合できる形”を作る
- 自費(メニュー別)売上集計
- レジZ・日計表・予約台帳・カルテ集計・銀行入金の突合
- 現金過不足の記録と原因メモ
Step 2: 経費の“説明可能性”を上げる
- 外注費は「契約→成果物→支払」の三点セット
- 交際費・会議費・旅費は「誰と・何の目的で・成果は何か」
- 私的混在があり得る費目は按分ルールを文書化
Step 3: 消費税・源泉の“制度要件”を満たす
- 取引区分(課税/非課税等)と集計ロジックを固定
- インボイス・帳簿保存の運用を統一
- 非常勤・外注の区分、源泉、法定調書の整合を点検
Step 4: 当日の対応フローを決める(院内ルール)
- 調査官への一次窓口(院長/事務長/経理/税理士)
- 資料提出は「一覧→提出→控え保管」を徹底
- 口頭回答は即答せず、事実確認してから回答
よくある質問
Q: クリニック(個人開業)と医療法人で、税務調査の来やすさは違いますか?
A:
一概には言えませんが、医療法人は法人税・消費税・源泉(給与等)の論点が同時に見られやすく、資料範囲が広くなる傾向があります。個人は所得税・消費税が中心ですが、自費・現金や経費混在が論点化しやすい点は共通です。Q: 「何年おきに来る」と考えておくべきですか?
A:
年数で固定せず、「リスク要因の有無で変動する」と捉えるのが実務的です。過去の指摘事項を是正し、売上突合・証憑・区分経理が整っていれば、心理的負担は大きく下がります。Q: 事前通知がなく突然来ることはありますか?
A:
原則として事前通知がありますが、例外があり得ます。実務では「突然」を前提にするより、連絡フローと資料保管の運用を整え、通知があった際に短期間で提出できる状態を作ることが重要です。まとめ
- 税務調査の確率は一律ではなく、リスク選定の結果として決まる
- 公表統計からは、法人の実地調査は年5万件台で実施されている
- 周期は固定ではなく「過去の指摘」と「再発リスク」で短縮・延伸する
- クリニックは自費・現金、消費税(区分経理/インボイス)、源泉が要注意
- 平時に「売上突合」「証憑三点セット」「制度要件」を作ると調査負荷が下がる
参照ソース
- 国税庁「令和6事務年度 法人税等の調査事績の概要(PDF)」: https://www.nta.go.jp/information/release/kokuzeicho/2025/hojin_chosa/pdf/01.pdf
- 国税庁「法人税(FY2023)法人数(PDF)」: https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/hojin2023/pdf/04_hojinsu.pdf
- 国税庁「税務調査手続について(国税通則法第7章の2関係)」: https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/sonota/sozokuchosatetsuzuki/index.htm
- 国税庁「事前通知及び調査終了の際の手続(通達)」: https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kobetsu/zeimuchosa/120912/03_2.htm
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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