
執筆者:辻 勝
会長税理士
透析クリニック開業の施設基準と収益構造|参入障壁を税理士が解説

透析クリニック開業の核心は、「患者を集めれば儲かる」ではなく、施設基準を満たす設備・人材・運用(特に透析液の安全管理)を前提に、稼働率が落ちても資金繰りが耐えられる収益設計を作れるかどうかです。参入障壁が高いのは、医療安全と品質管理が収益と直結し、届出・監査対応を含む“運営力”が求められるためです。この記事では、透析開業の要件と採算の見立て方を、税理士法人 辻総合会計の実務目線で整理します。
透析クリニック開業とは何か
透析クリニックは、血液透析(HD)や血液透析濾過(HDF)等を継続的に提供する外来中心の医療機関です。患者は週3回程度・長期継続となることが多く、一般外来より「継続率は高いが、品質要件と固定費が重い」という事業特性があります。
開業検討で最初に押さえるべき論点は次の3つです。
- 人工腎臓(区分番号J038等)を算定するための施設基準・届出
- 透析液の安全管理(責任者、委員会、管理計画、記録)
- 稼働率(椅子稼働)に左右されやすい固定費構造と、資金繰りバッファ
「設備が揃えば開始できる」ではなく、制度上の要件を満たした運用体制を作り込む必要があります。
透析クリニック開業の施設基準
人工腎臓(J038)の施設基準で問われるポイント
透析クリニックの中心となるのが、区分番号「J038」人工腎臓です。施設基準の届出実務では、透析用監視装置台数や患者数の整理だけでなく、透析液の安全管理体制を具体的に示すことが重要です。
届出書添付書類では、例えば次のような項目が求められます。
- 透析用監視装置1台あたりの「J038」を算定した患者数の算定(期間・台数合計・患者数合計・患者数/台)
- 透析機器安全管理委員会の設置状況(有無)
- 透析液安全管理者(専任の医師または専任の臨床工学技士)等の体制
- 委員会で作成した「管理計画」の写し添付
特に、区分判定に「装置台数(26台)」「患者数/台(3.5、4.0未満)」といった定量基準が出てくる点は、透析ビジネスの参入障壁を象徴しています。
「慢性維持透析を行った場合1/2」の区分判定(装置台数と患者/台)
人工腎臓の届出書添付書類では、区分判定の考え方が明示されています。実務上は、装置台数だけでなく、運用の実態(患者/台)で区分が変わり得るため、開業計画(何台で、何クールで、何人を診るか)と制度要件を同時に整合させる必要があります。
| 指標 | 慢性維持透析を行った場合1 | 慢性維持透析を行った場合2 |
|---|---|---|
| 装置台数の目安(期間平均) | 26台未満の場合は「1」 | 26台以上のケースが前提 |
| 患者/台(②/①) | 3.5未満は「1」 | 3.5以上4.0未満は「2」 |
| 患者数算定の注意 | - | 外来で月5回以下の患者を除外して算定 |
上記のように、単に「大きく作れば良い」ではなく、稼働率と算定・届出ロジックを踏まえた事業設計が求められます。
透析液水質確保加算・慢性維持透析濾過加算の届出(コンプライアンス前提)
透析液水質確保加算等は、透析液の安全性を担保するための加算で、届出書では「直近6か月の不正・不当届出がない」「関係規定違反がない」等の適合確認が求められます。加算の取得を前提に開業計画を作る場合、開業直後から記録・運用が回る体制(検査、記録、委員会運営、是正手順)を実装しておくことが重要です。
人員配置の考え方(医師・看護師・臨床工学技士)
透析クリニックは設備産業である一方、人材がボトルネックになりやすい業態です。採算だけを見て最小人数で組むと、欠員時に稼働が落ちて売上が減り、固定費負担が急上昇します。
必須ロールの整理
- 医師:透析患者の診療管理、合併症対応、連携医療機関との調整
- 看護師:穿刺・観察・指導、感染対策、急変対応
- 臨床工学技士:透析装置管理、透析液関連の管理、保守・点検、トラブルシュート
- 事務:算定・レセプト、施設基準届出の維持資料、患者対応(送迎・更衣等の導線も含む)
人工腎臓の届出書添付書類でも、透析液安全管理者(専任の医師または専任の臨床工学技士)を置くことが前提となっており、人員配置が制度要件と結びついています。
シフト設計は「クール数×急変耐性」で決める
採算面ではクール数(午前・午後・夜間)を増やすほど売上機会が増えますが、夜間クールは採用難度・給与水準・安全体制の負担が上がります。実務では次の順で設計すると、破綻しにくいです。
- 1日の最大クール数を決める(患者層・競合・通院導線)
- 1クールあたりの想定椅子稼働を置く(稼働率の下振れも織り込む)
- 欠員が出ても最低限回る“守りのシフト”を確保する
開業費用と収益構造(採算ラインの作り方)
費用は「設備×インフラ×運用」の3点セットで見る
透析は機器だけでなく、水処理・電源・配管・排水等のインフラが不可欠です。よくある資金計画の抜けは、工事費と運転資金です。
- 初期:物件取得・内装、給排水/電源工事、水処理設備、透析装置・ベッド等、IT(電子カルテ/レセコン)
- 継続:人件費、賃料、保守・点検、消耗品、光熱水費、検査・記録対応コスト
ここで重要なのは、売上が患者数に連動する一方、支出の多くが固定費(人件費・賃料・保守)として先行する点です。
収益は「回数×単価」だが、実務では稼働率が勝負
透析の月次売上は、概念的には以下で整理できます。
- 月間透析回数 = 椅子数 × クール数/日 × 稼働日 × 稼働率
- 月間売上 = 月間透析回数 × 1回あたりレセプト平均(技術料+材料等)
- 月間利益 = 月間売上 −(変動費 × 回数)− 固定費
採算ライン(損益分岐)は、固定費を回数で割って「1回あたりに必要な粗利」を逆算すると設計しやすくなります。
新規開業と承継(M&A/分院化)の比較
| 比較項目 | 新規開業 | 承継・分院化 |
|---|---|---|
| 初期費用 | 工事・設備が重くなりやすい | 既存設備の状態次第で平準化しやすい |
| 集患 | 連携構築に時間がかかる | 既存患者・紹介ルートを引き継げる可能性 |
| 立上げリスク | 稼働率が上がるまで資金繰り負担 | デューデリジェンス(設備/人材/算定)の難度 |
| 税務・会計 | 設備投資と減価償却の設計が重要 | のれん・資産評価・契約引継ぎが重要 |
税務面では、新規は設備投資と減価償却・借入返済のバランス、承継はスキーム(事業譲渡/持分等)と資産評価、引継ぎ後の運転資金が論点になります。
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開業までの実務手順(届出・資金計画)
Step 1: 事業コンセプトと連携設計(最優先)
透析は紹介・逆紹介が生命線です。近隣病院、腎臓内科、訪問看護、送迎導線まで含めて「患者が継続通院できる仕組み」を先に作ります。
Step 2: 物件選定(インフラ要件を先に確認)
水処理、給排水、電源容量、騒音・振動、動線(更衣・待合・感染導線)を満たすかを確認します。後からの改修は高くつきます。
Step 3: 設備・保守の見積取得と投資優先順位付け
透析装置、水処理、非常電源等は「購入+保守+更新」のトータルで比較します。見積は複数社で条件を揃え、ライフサイクルコストで判断します。
Step 4: 人材採用と運用設計(委員会・記録まで)
透析液安全管理者、品質管理者等の役割分担、透析機器安全管理委員会の運用、管理計画・記録様式を開業前に固めます。
Step 5: 施設基準の届出準備(書類で終わらせない)
人工腎臓の施設基準に係る届出書添付書類や、透析液水質確保加算等の届出書類を整備し、実運用と整合しているかを点検します。
Step 6: 開業後のKPI管理(稼働率と人件費率)
椅子稼働率、1台あたり患者数、クール別稼働、欠員時の代替計画、加算の維持要件(記録・委員会)を月次でモニタリングします。
よくある質問
Q: 透析クリニックは、まず開業してから施設基準を取る形でもよいですか?
A:
可能かどうかは提供内容によりますが、人工腎臓や各種加算の算定は施設基準・届出が前提となるため、開業後に整える設計だと売上計画が崩れやすいです。実務では「算定に必要な運用が回る状態」を作ってから開業計画に落とし込みます。Q: 何台くらいの装置がないと採算が合いませんか?
A:
台数だけでは決まりません。クール数、稼働日、稼働率、人件費水準、賃料、保守費、資金調達条件で損益分岐が変わります。目安を作るなら「月間透析回数」を先に置き、固定費を回数で割って1回あたり必要粗利を逆算する方法が堅実です。Q: 新規開業と承継(M&A)はどちらが安全ですか?
A:
一概には言えません。承継は患者・紹介ルートを引き継げる可能性がある一方、設備の老朽化、スタッフ依存、算定・届出の実態リスクを見落とすと高くつきます。税務・契約・運用のデューデリジェンスが成否を分けます。まとめ
- 透析クリニック開業は、施設基準と運用体制(透析液管理・委員会・記録)が参入障壁になる
- 人工腎臓(J038)の届出では、装置台数(26台)や患者/台(3.5、4.0未満)など定量基準が設計に影響する
- 透析液水質確保加算等はコンプライアンス前提の届出で、開業直後から運用が回る設計が必要
- 採算は「回数×単価」だが、実務では稼働率下振れに耐える固定費設計が重要
- 新規か承継かは、患者導線・設備状態・人材・届出実態まで含めて比較する
参照ソース
- 厚生労働省「令和6年度診療報酬改定について」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000188411_00045.html
- 地方厚生局資料「人工腎臓の施設基準に係る届出書添付書類(様式87の4)」: https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kyushu/r6-t87-4.pdf
- 地方厚生局資料「透析液水質確保加算及び慢性維持透析濾過加算の施設基準に係る届出」: https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/shikoku/r6-2-255.pdf
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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