
執筆者:辻 勝
会長税理士
医師の退職金制度の作り方|小規模企業共済と中退共活用

医師の退職金は「院長本人」と「スタッフ」で分けて考える
医師の退職金づくりでつまずきやすいのは、「院長本人の老後資金」と「スタッフの退職金」を同じ発想で考えてしまう点です。個人開業医や医療法人の理事長は、そもそも“雇用される側”の退職金制度にそのまま乗れないことが多く、制度の役割分担が重要になります。
結論としては、院長(オーナー側)は小規模企業共済等を軸に“自分の退職金口座”を作り、スタッフ(雇用側)は中退共で“職員の退職金制度”を整える、という二段構えが実務的です。当法人(税理士法人 辻総合会計)でも、クリニック支援の現場ではこの分離設計が最もトラブルが少なく、資金繰りにも馴染みやすい傾向があります。
小規模企業共済とは|開業医の「自分の退職金」を作る制度
医師が加入できる典型パターン
小規模企業共済は、事業主(個人開業医)や一定要件を満たす会社役員等が、事業の廃止・引退などに備えて積み立てる制度です。クリニックの形態別に見ると、以下の整理が実務上の出発点になります。
- 個人開業(院長が個人事業主):加入の主対象になりやすい
- 医療法人(理事長・役員):要件確認が必要(加入可否の判定がポイント)
- 勤務医:原則としては対象外(勤務先制度での設計が中心)
税務メリット:掛金は所得控除で効く
小規模企業共済の掛金は「小規模企業共済等掛金控除」として、支払った金額の全額が所得控除の対象になります。所得税・住民税の税率が高い医師ほど、現役時代のキャッシュアウト(掛金)を“税引後負担”で軽減しやすい設計です。
受取時の課税:退職所得になるケース/一時所得になるケース
小規模企業共済の受取は、受取理由や年齢等で所得区分が変わり得ます。国税庁の質疑応答事例でも、一定の一時金は退職所得に該当する一方、条件によっては一時所得となる旨が示されています。実務では「いつ・どの事由で・どう受け取るか」を先に決めておかないと、想定と異なる手取りになることがあります。
- 事業廃止や一定年齢要件等に伴う受取:退職所得になりやすい
- 若年での任意解約等:一時所得となる場合があり得る
中退共とは|クリニックのスタッフ退職金を“制度化”する定番
中退共の概要とメリット
中退共は、中小企業の従業員向け退職金制度を、国の制度として支援する枠組みです。事業主が掛金を払い、運営機関が資金管理・運用・退職金支払いまで担うため、院内で複雑な積立管理を抱え込まずに制度を持てます。
厚生労働省の案内では、新規加入や掛金増額に対する国の助成があること、掛金が損金または必要経費として扱われることが示されています(外形標準課税など周辺論点は別途検討が必要です)。
掛金設計:月額5,000円〜30,000円(短時間労働者は特例)
一般の中退共制度では、従業員ごとに掛金月額を5,000円〜30,000円の範囲で選択でき、短時間労働者は2,000円・3,000円・4,000円の特例月額が選べる仕組みが示されています。掛金は全額事業主負担で、増額は行いやすい一方、減額は従業員同意ややむを得ない事情が必要となる点が実務上の注意点です。
助成:新規加入は「従業員ごとに最高6万円」、増額は条件付きで1/3助成
厚生労働省の制度説明では、新規加入時の掛金助成として従業員ごとに最高6万円の減額(助成)があること、また一定条件下で掛金増額分の1/3を1年間助成する仕組みが紹介されています。スタッフ定着の観点から「最初から高額にする」よりも、等級や勤続に応じて増額設計を入れると運用しやすいことが多いです。
小規模企業共済と中退共の違い|どちらを選ぶべきか
両制度は名前が似ていますが、目的と対象が異なります。院長本人の“退職金づくり”と、スタッフの“退職金制度”を混同しないことが、失敗しない最短ルートです。
| 比較項目 | 小規模企業共済 | 中退共(一般) |
|---|---|---|
| 主な対象 | 事業主・一定の会社役員等(院長本人側) | 常用労働者(スタッフ側) |
| 目的 | 事業廃止・引退等に備える“自己積立” | 従業員退職金の“制度化” |
| 税務の入口 | 掛金は所得控除(個人の税負担軽減) | 掛金は損金/必要経費(事業の経費) |
| 国の助成 | 仕組みの性格上、助成より税優遇が中心 | 新規加入助成・増額助成がある |
| 実務の肝 | 受取時の所得区分・受取タイミング設計 | 掛金水準と増額ルール、減額の制約管理 |
当法人の現場感としては、院長の資金設計は「小規模企業共済+(医療法人なら)役員退職金」を軸に置き、スタッフは「中退共で最低限の退職金の土台を作る」構成が、説明責任・公平性・運用負荷のバランスが取りやすいです。
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導入の手順|クリニックでの設計・申込をステップで整理
Step 1: 対象者を棚卸しする(院長/役員/従業員)
- 院長は個人事業主か、医療法人の役員か
- 従業員の雇用区分(常勤・短時間・有期など)を整理
- 既存の退職金規程や慣行があるか確認
Step 2: 制度を割り当てる(院長=小規模企業共済、従業員=中退共)
- 院長本人:小規模企業共済の加入可否を確認し、掛金方針を決める
- スタッフ:中退共の加入対象・除外要件を確認し、導入範囲を決める
Step 3: 掛金水準と増額ルールを決める(無理のない固定費化)
- 中退共:職種・等級・勤続で掛金テーブルを作る(例:入社時5,000円→勤続3年で10,000円)
- 小規模企業共済:将来受取の見込みと資金繰りを両立する(過大設定はリスク)
Step 4: 税務・労務の実装(社内ルールと申告・証明書)
- 中退共:加入手続き、掛金引落、従業員への説明資料整備
- 小規模企業共済:年末調整/確定申告で控除証明の取り扱いを整備
注意点・リスク|解約・資金繰り・税務の落とし穴
小規模企業共済:早期の任意解約や受取理由で手取りが変わる
制度は長期設計向きです。途中で方針転換すると、想定より不利な結果になることがあります。特に「受取が退職所得になる前提」で組んでいたのに、一時所得扱いとなるケースが出ると、税負担のイメージが変わります。引退時期・法人成りの有無・受取方法は、前広にシミュレーションしておくべきです。
中退共:掛金は固定費、減額はハードルが高い
中退共は導入後の減額が簡単ではありません。診療報酬改定や採用競争など、クリニックを取り巻く環境変化を踏まえ、無理のない水準から設計し、増額で厚くする戦略が安全です。
医療法人の役員退職金:損金算入のタイミングと「適正額」が論点
医療法人で理事長退任時に退職金を支給する場合、税務上は損金算入のタイミング(いつ損金になるか)や、適正額かどうかが重要論点になります。国税庁は、役員退職金の損金算入時期について、原則として決議等により金額が具体的に確定した事業年度とする取扱いを示しています。院長の退職設計は、共済だけでなく役員退職金の制度設計も含めて一体で考える必要があります。
よくある質問
Q: 開業医は「中退共」に入って自分の退職金を作れますか?
A:
中退共は基本的に従業員向けの退職金制度です。院長本人(オーナー側)の老後資金は、小規模企業共済など“自己積立型”を軸に設計し、スタッフは中退共で制度化するのが整理しやすいです。Q: 小規模企業共済は、受け取るときに必ず退職所得になりますか?
A:
受取事由や条件により、退職所得となるケースと一時所得となるケースがあり得ます。引退・事業廃止・法人成りなどのイベントと受取方法をセットで検討し、税務上の所得区分を前提に手取りを試算することが重要です。Q: 中退共の掛金はいくらにするのが妥当ですか?
A:
まずは固定費として継続可能な最低ライン(例:5,000円)で土台を作り、勤続・等級に応じて増額する設計が運用しやすい傾向があります。増額助成の活用可否も含め、採用市場と資金繰りの両面から決めるのが実務的です。まとめ
- 医師の退職金は「院長本人」と「スタッフ」で制度を分けると設計が安定する
- 院長本人の退職設計は、小規模企業共済を軸に“受取タイミング”まで含めて組む
- スタッフの退職金制度は中退共が定番で、掛金は5,000〜30,000円の範囲で個別設定できる
- 中退共は新規加入助成・増額助成がある一方、減額が簡単ではないため水準設計が重要
- 医療法人の場合は役員退職金の適正額と損金算入時期も同時に設計する
参照ソース
- 国税庁「No.1135 小規模企業共済等掛金控除」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1135.htm
- 厚生労働省「中小企業退職金共済制度(中退共制度)」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000113598.html
- 厚生労働省「一般の中小企業退職金共済制度(中退共制度)」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000119655.html
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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