
執筆者:辻 勝
会長税理士
訪問診療クリニック開業のポイント|税理士が解説

訪問診療クリニックの開業は、「患者獲得」よりも先に、継続提供できる運営設計を固めることが成功の分かれ目になります。外来と違い、移動・緊急対応・多職種連携・請求実務が同時並行で進むため、院長の情熱だけでは回りません。特に「24時間対応の設計」「地域連携の取り付け」「保険診療の指定・届出」「請求とキャッシュフロー」を、開業前に一本の線でつなぐ必要があります。
訪問診療クリニックとは(外来との違い)
訪問診療クリニックとは、通院が困難な患者の居宅や施設を定期訪問し、診療計画に沿って継続的に医療を提供する体制を中核に置く診療所です。厚生労働省は在宅医療を、住み慣れた地域で生活を継続できるよう支える医療として位置づけています。
訪問診療と往診の違い
- 訪問診療:計画的・定期的に訪問(診療計画、同意、記録、連携が前提)
- 往診:急変などの要請に応じて臨時に訪問(緊急対応の色合いが強い)
「訪問診療を主軸にしつつ、往診をどう受けるか」が、スタッフ体制・車両・オンコール設計に直結します。
開業形態の比較(専門型/併設型)
| 項目 | 訪問診療専門型 | 外来併設型 |
|---|---|---|
| 患者導線 | 連携先(病院・ケアマネ・施設)中心 | 外来から在宅へ誘導も可能 |
| 収益構造 | 在宅算定・稼働率が鍵 | 外来と在宅で平準化しやすい |
| 運営負荷 | 移動・緊急対応が集中しやすい | スケジュール調整が複雑化 |
| リスク | 院長・看護のオンコール負担が偏りやすい | 人員配置を誤ると両方が中途半端 |
自院の強み(救急対応、緩和、神経難病、小児、施設連携など)を明確化し、対象患者と提供範囲を絞るほど立ち上げは安定します。
開業前に決めるべき運営設計(連携・24時間・対象患者)
訪問診療は「診療」だけでなく、「連携・記録・緊急時対応・請求」を含めたサービス設計です。ここを曖昧にすると、開業直後からオペレーションが崩れます。
24時間対応の設計と当番体制
- オンコールの一次受け(看護師/コールセンター/院内当番)
- 二次対応(医師出動の基準、搬送判断、後方病院との取り決め)
- 休日夜間の処方・麻薬管理・家族説明の流れ
令和6年度(2024年度)の診療報酬改定の公表資料でも、在宅領域は質の確保や連携を重視する流れが示されています。制度に合わせ、体制要件・記録の整備を優先してください。
地域連携で最初に押さえる相手先
- 退院支援部門(急性期・回復期病院):紹介の起点になりやすい
- ケアマネジャー/地域包括支援センター:生活情報とケア調整の中心
- 訪問看護ステーション:夜間対応・医療処置の分担
- 薬局(在宅訪問対応):薬剤管理・麻薬対応・服薬支援
- 施設(有料、サ高住、特養等):施設側の運用ルールの確認が必須
「誰から紹介が来るか」ではなく、「誰と同じ情報を見て動けるか」が継続の鍵です。情報共有の粒度(病状急変時方針、連絡先、ACP等)を合意しておきましょう。
対象患者・サービス範囲の線引き
- 医療依存度(人工呼吸、在宅酸素、中心静脈栄養、麻薬等)
- 看取り対応の可否(死亡診断、家族対応、夜間体制)
- 対応エリア(移動時間で上限設定)
- 施設対応の方針(施設比率を上げるのか、居宅中心か)
「対応できない症例」を明確にすることは、患者の利益にもつながります。
訪問診療クリニック開業の手順(届出・指定・実務)
実務は「診療所の開設」「保険診療の指定」「運営インフラ整備」が並行します。地域の運用差もあるため、スケジュールは早めに逆算してください。
Step 1: 事業計画と資金繰りの設計(3〜6か月前)
- 月次の訪問件数・1日あたりの訪問枠・移動時間の前提を置く
- 人件費(医師・看護・事務・ドライバー)とオンコール手当を織り込む
- 請求入金のタイムラグを見込んだ運転資金を確保する
Step 2: 物件・車両・IT(2〜4か月前)
- 駐車場と動線(車両台数、夜間出動、物品搬入)
- 電子カルテ/訪問看護や薬局との連携(共有方法、セキュリティ)
- オンライン資格確認など保険診療運用に必要な体制の準備
Step 3: 人員採用と規程整備(2〜3か月前)
- 診療補助・調整役(MSW/相談員の機能)を誰が担うか決める
- 連絡体制、緊急対応、個人情報、苦情対応などの院内ルールを整備する
Step 4: 保険医療機関の指定申請(1〜2か月前)
保険診療を行うには、地方厚生(支)局への手続が必要です。指定日は原則として申請の翌月1日など運用ルールが示されているため、開業日から逆算して手続きを進めます(地域の厚生局ページで最新スケジュールを確認してください)。
Step 5: 連携先への周知と受入れ開始(開業前後)
- 退院支援部門・ケアマネ・施設へ「対象患者」「連絡窓口」「対応時間」を明確に提示
- 初回訪問の標準書式(同意書、緊急時方針、薬局連携票)を統一
収益・請求・経営管理のポイント(資金繰りが最大の落とし穴)
訪問診療は「稼働率」と「請求の正確性」がそのまま損益に出ます。開業前から数字で管理できる形にしておくと、立ち上げが安定します。
単価ではなく「1日あたりの提供能力」で見る
- 1日の訪問枠(居宅・施設の比率)
- 平均移動時間、緊急出動の想定回数
- 看護・事務の処理能力(連携票、書類、電話対応、請求)
外来のように「待合で滞留」させられないため、ボトルネックが出た瞬間に全体が崩れます。
請求・監査リスクの実務
- 算定要件の記録(計画、説明、同意、連携、実施内容)
- 施設連携の契約関係(特別の関係の有無などの整理)
- オンライン資格確認等、制度対応の更新
令和6年度(2024年度)改定資料や在支診の施設基準の公表資料を踏まえ、要件・記録の整備を「後回しにしない」ことが重要です。
税務・労務面で最初に整えること
当法人(税理士法人 辻総合会計)では30年以上にわたり、クリニックの開業・経理体制を累計500件超支援してきました。訪問診療では特に以下の論点が相談になりがちです。
- 車両費・リース・ガソリン等の按分ルール
- オンコール手当・時間外管理、雇用契約の整備
- 医薬品・医療材料の在庫管理と廃棄ロス
- 現金取扱い(自費・文書料等)の内部統制
「税務」より先に、「現場が回る会計・労務」に設計するのが実務的です。
医療機関専門の税理士にご相談ください
40年以上の実績。クリニック・医療法人の経営を税務・会計の両面からサポートします。
平日 9:15〜18:15(土日祝休業)
開業で失敗しやすい注意点(リスクと対策)
訪問診療の失敗は、医療の質よりも「運営破綻」から起きることが多いのが現実です。
オンコール疲弊と離職
- 連絡の一次受けが院長に集中
- 出動基準が曖昧で、不要な夜間出動が増える
- 施設対応で同時多発の連絡が起きる
対策は「窓口の一本化」「基準の文書化」「当番の分散」です。
連携不全(情報共有ができない)
- 退院時情報が不足し、初回訪問が混乱
- ケアマネ・訪看・薬局の役割分担が未定義
- 施設の運用ルール(連絡時間・家族同席等)と衝突
連携票の標準化と、緊急時の連絡順序の合意が効きます。
個人情報・セキュリティ
持ち出し端末、クラウド共有、FAX運用など、在宅は情報経路が増えます。端末管理、アクセス権、ログ管理、誤送信防止の仕組みを必ず入れてください。
よくある質問
Q: 訪問診療クリニックは、最初から24時間対応が必要ですか?
A:
診療方針や算定・体制要件との関係があるため一概には言えませんが、少なくとも「急変時の連絡窓口」「医師出動の基準」「後方病院・救急との連携」を開業前に設計しておく必要があります。体制を曖昧にすると、患者・家族・連携先の混乱と院内疲弊につながります。Q: 外来併設と訪問診療専門、どちらが向いていますか?
A:
患者獲得の経路と院内リソースで決まります。外来併設は収益が平準化しやすい一方、スケジュールが複雑化します。専門型は連携が強い地域では立ち上げが速い反面、オンコール負担が集中しやすいので、人員と当番設計が必須です。Q: 保険医療機関の指定はいつ申請すべきですか?
A:
開業予定日から逆算して、所管の地方厚生(支)局が公表しているスケジュールに沿って進めます。指定日が原則「申請の翌月1日」など運用ルールがあるため、開業日と指定日のズレが出ないよう注意が必要です。まとめ
- 訪問診療の成功は、診療コンセプトより先に運営設計(連携・緊急対応・請求)を固めることにあります。
- 「訪問診療」と「往診」を分け、24時間対応の範囲と出動基準を文書化します。
- 連携先(病院・ケアマネ・訪看・薬局・施設)と情報共有の粒度を合意します。
- 保険医療機関の指定申請・制度対応はスケジュール管理が重要です。
- 開業初月は患者増より、記録・請求・連絡の品質を優先すると安定します。
参照ソース
- 厚生労働省「在宅医療の推進について」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000061944.html
- 関東信越厚生局「保険医療機関・保険薬局の指定等に関する申請・届出」: https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kantoshinetsu/shinsei/shido_kansa/hoken_shitei/index.html
- 厚生労働省「令和6年度診療報酬改定の概要【在宅(在宅医療、訪問看護)】」: https://www.mhlw.go.jp/content/12400000/001226864.pdf
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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