
執筆者:辻 勝
会長税理士
医療法人にしない理由とは?メリット・デメリット|税理士が解説

医療法人にしない理由とは
医療法人にしない理由は、法人化による「税務上のメリット」よりも、手続・運営・資金の自由度低下などの「実務コスト」が上回るケースがあるためです。特に、院長ご本人が診療の中心で、規模が小さめのクリニックでは、法人化が必ずしも最適解にならないことが珍しくありません。
誰にとって何が問題かを端的に言うと、「節税目的で法人化すると、役員報酬の縛りや行政対応、資金の取り回しが想定以上に重くなり、経営の意思決定が遅くなる」点が課題です。法人化は“節税の裏技”ではなく“制度設計”であり、合う・合わないが明確に分かれます。
税理士法人 辻総合会計では、30年以上にわたり医療機関の顧問支援を行い、法人化を「進めた方が良いケース」と「見送った方が良いケース」の双方を多数見てきました。本記事では、判断の軸を整理します。
個人開業と医療法人の違い
医療法人と個人開業の違いは、税金の種類だけではありません。意思決定の自由度、資金の引き出し方、社会保険、そして行政手続の重さが変わります。
税務・お金の流れの違い
個人開業は事業所得として課税され、利益が増えると所得税の累進税率の影響を受けます。一方、医療法人は法人税課税になり、院長は原則として「役員報酬(給与)」として所得を得ます。ここで重要なのが、役員報酬は原則「期の途中で自由に増減できない」という運用上の制約です(損金算入要件があるため)。
また、個人は事業のお金を比較的自由に引き出せますが、法人は「法人のお金」と「個人のお金」の峻別が必須になり、資金の取り回しが変わります。
ガバナンス・手続の違い
医療法人は都道府県の認可・監督の枠組みに入り、定款・役員・事業報告等の整備が求められます。近年は医療法人の経営情報の提出・分析等も制度として整備されており、“法人化=管理の高度化”が前提になります。
比較表:個人開業と医療法人
| 比較項目 | 個人開業(個人事業) | 医療法人 |
|---|---|---|
| 課税の基本 | 所得税(累進)・住民税 | 法人税+役員個人は給与課税 |
| お金の取り回し | 事業主貸等で柔軟 | 役員報酬・貸付・配当不可等で制約 |
| 役員報酬の運用 | 該当なし | 定期同額等の要件を満たさないと損金不可 |
| 社会保険 | 規模・形態で変動 | 原則として社会保険適用が論点になりやすい |
| 行政対応 | 相対的に軽い | 設立認可・運営管理・提出書類等が増える |
| 出口(閉院・承継) | 清算が比較的単純 | 残余財産・承継設計など論点が増える |
医療法人化のメリット
法人化のメリットは確かにあります。ただし「条件付きのメリット」である点を押さえる必要があります。
所得分散・税負担の最適化(条件付き)
院長1人に利益が集中している場合、法人化により役員報酬・家族従業員給与等の設計を通じて、課税所得の山をならす余地が生まれます。ただし、役員報酬の要件や実態要件を踏まえた設計が不可欠です。
退職金の活用
法人は役員退職金を制度設計しやすく、適正額であれば損金算入の論点があります。将来の引退や承継を見据える場合、退職金は「出口戦略」の重要パーツになります。
事業の継続性・信用力
採用や金融機関対応で、法人形態がプラスに働く場面があります。特に分院展開、複数ドクター体制、事業承継(後継医への引継ぎ)を前提にするなら、法人の枠組みがフィットすることが多いです。
医療法人化しないデメリット・リスク
医療法人にしない理由の多くは、次のデメリットが現場で効いてくるためです。
役員報酬の縛りで資金繰りが硬くなる
医療法人では、院長のお金の受け取り方が「役員報酬中心」になります。役員報酬は損金算入のルールがあり、期中の増減を安易に行うと税務上不利になり得ます。“必要になったら給料を上げる”がやりにくい点は、資金繰りの柔軟性を下げます。
設立・運営の事務負担とコストが増える
設立認可の準備、定款・役員体制、会計処理の高度化、各種届出・報告が増えます。顧問先の現場感として、法人化後に「院長の意思決定より書類対応が前に出てしまう」状態になることがあります。
非営利性の制約(配当できない・剰余金の扱い)
医療法人は制度上、剰余金を特定の個人に帰属させる設計になっていないことが前提です。つまり、株式会社のように配当で利益を抜く発想は基本的に取りません。ここを誤解すると、法人にお金が残りやすく、出口で詰まりやすくなります。
名義・契約の切替が連鎖的に発生する
保険医療機関の開設者変更に伴い、診療報酬の受領名義や契約関係が法人へ切り替わり、移行期の処理論点が出ます。移行設計を誤ると、現場のオペレーションが混乱しやすい領域です。
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医療法人化の方法・手順
医療法人化は「設立できるか」よりも「運用できるか」が重要です。代表的な流れを示します。
Step 1: 法人化の目的とシミュレーションを固める
- 法人化の目的を言語化(節税、承継、分院、採用など)
- 役員報酬の設計(期中変更のしにくさを織り込む)
- 社会保険の影響、資金繰り、将来の退職金・承継の出口設計まで試算
Step 2: 都道府県の認可手続を前提に事前相談する
- 医療法人の設立認可は、主たる事務所所在地の都道府県が窓口です
- 申請書類・スケジュール・必要要件は自治体運用で差が出るため、早めの事前相談が実務的です
Step 3: 定款・役員体制・事業計画を整備する
- 定款(目的、機関設計等)
- 役員体制(理事・監事等)
- 資産・負債の移行、賃貸借(院長個人所有不動産の取扱い等)を整理
Step 4: 認可後の登記・各種届出・名義変更を一気通貫で行う
- 設立登記
- 保険医療機関の開設者変更等の手続
- 銀行口座、リース、保守契約、雇用契約、会計・給与の運用切替
医療法人化を見送るべきケース
次のような場合、医療法人にしない判断が合理的になりやすいです。
- 利益がまだ安定しておらず、院長の手取りを機動的に動かしたい
- 役員報酬を定期同額ベースで設計しにくい(収益変動が大きい、投資が重い等)
- 近い将来に閉院・縮小が見えており、出口設計の回収期間が短い
- 院長個人の資産形成・相続設計と、法人内留保のバランスが取りにくい
- 事務局体制が薄く、法人運営の管理コストを吸収できない
逆に、分院展開、複数医師体制、後継者への承継、採用強化が主目的なら、法人化の検討価値が高まります。
よくある質問
Q: 医療法人にしないと節税できませんか?
A:
節税は「法人化の結果として起こり得る」もので、目的そのものにすると失敗しやすいです。役員報酬の要件、社会保険、運営コスト、出口設計まで含めてトータルで判断してください。Q: 法人化後、役員報酬はいつでも変えられますか?
A:
原則として、損金算入の要件(定期同額給与や事前確定届出給与等)を外すと税務上不利になり得ます。期中変更が必要な事情が想定される場合は、設計段階で織り込むことが重要です。Q: 医療法人化の手続はどこに相談すべきですか?
A:
設立認可の窓口は都道府県です。税務・給与・社会保険・契約切替まで連動するため、都道府県への事前相談に加え、医療に強い税理士等と並走するのが安全です。まとめ
- 医療法人にしない理由は、節税よりも「運用負担・資金の自由度低下」が上回るケースがあるため
- 個人開業と医療法人の違いは、税だけでなく役員報酬の縛り、行政対応、出口設計に及ぶ
- 法人化のメリットは所得分散や退職金等だが、要件と実態を満たす設計が前提
- 医療法人化の手順は、都道府県の認可手続と、名義・契約・会計運用の一括切替が核心
- 判断は利益額だけでなく、承継方針・体制・社会保険・出口設計まで含めて行う
参照ソース
- 厚生労働省「医療法人・医業経営のホームページ」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/igyou/index.html
- 厚生労働省「医療法人設立等の手続等について」: https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/igyou/igyoukeiei/tetuduki.html
- 国税庁「No.5211 役員に対する給与(平成29年4月1日以後支給決議分)」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5211.htm
- 国税庁「No.5208 役員の退職金の損金算入時期」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5208.htm
- 国税庁「保険医療機関の開設者が個人から医療法人に変更され…」: https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kobetsu/hojin/780314/01.htm
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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