
執筆者:辻 勝
会長税理士
医療法人設立メリットと法人化タイミング|税理士が解説【2026】

医療法人化のタイミングは「税率・人・出口設計」が揃った時
医療法人化(法人成り)のタイミングは、単に「節税できそうだから」では決まりません。結論としては、(1)院長個人の課税所得が高く累進税率の影響が大きい、(2)スタッフ増員や分院など組織化が進む、(3)退職金・承継など出口設計を具体化したい——この3点が揃った時が判断の核心です。
一方で、医療法人は非営利性や各種届出・運営ルールがあり、税務だけ見て急ぐと「手取りが増えない」「手続と管理コストが重い」ことも起こります。個人クリニックの院長が迷うのは、まさにこの“経営の全体最適”が論点になるからです。
医療法人化とは?個人クリニックとの違い
医療法人の基本:利益は出してよいが、分配はできない
医療法人は、クリニック運営で利益(剰余金)を出すこと自体は問題ありません。ただし、医療法の趣旨として剰余金の分配(配当)はできず、利益は医療提供体制の維持・改善等に用いる前提で設計されます。
この「利益は出すが、取り方(出口)が限定される」点が、株式会社との最大の違いです。
個人→法人で変わるのは「お金の流れ」と「意思決定の型」
個人クリニックでは、収入は院長個人に帰属し、経費・専従者給与等の枠内で調整します。医療法人では、法人の利益を前提に、役員報酬(月額の定期同額)や、賃料・退職金などの設計で「法人→個人」へ資金を移転していきます。
ここで重要なのは、医療法人は“会計とガバナンスが会社型になる”ため、意思決定と証憑(議事録・規程・契約書)が求められる点です。
設立認可・届出の実務は「都道府県」で進む
医療法人の設立認可や各種届出は、主たる事務所所在地の都道府県が窓口となる整理がされています。手続は自治体ごとに運用差が出やすいため、スケジュールは「都道府県の募集時期(仮受付・本申請)」に合わせて設計する必要があります。
医療法人設立のメリット・デメリット
メリット1:所得分散と税率コントロールの選択肢が増える
個人の所得税は累進課税で、課税所得が大きくなるほど税率が上がります。目安として、課税所得が1,800万円超のゾーンでは税率が40%(復興特別所得税等は別途)になり、4,000万円超では45%の区分になります。
この段階に入ると、院長個人に所得が集中している状態そのものが税負担のボトルネックになりやすく、医療法人化により「法人所得+役員報酬等」で税率の段差をならす余地が生まれます。ここが医療法人設立のメリットとして最も相談が多いポイントです。
メリット2:退職金・承継など「出口設計」を制度的に作りやすい
医療法人では、院長の将来的なリタイアや承継を前提に、退職金規程・役員退職金、後継者(子・勤務医)への役員報酬設計など、出口の型を作りやすくなります。
個人事業でも廃業・承継は可能ですが、資金移転の手段が限定されやすく、結果として“最後に重い税負担が来る”設計になりがちです。
メリット3:組織化(分院・採用・管理)に強くなる
院長1人の意思決定で回る規模から、スタッフ増員・分院・管理職配置など「組織で回す」段階に入ると、法人の枠組みは運営の安定に寄与します。
また、医療法人の制度・統計も整備されており、医療法人数は長期的に増加しています(直近公表の集計では令和7年3月31日現在で総数59,419法人)。
デメリット:手続・運営コストと自由度制約が増える
一方、医療法人化には次の負担が伴います。
- 設立認可・定款・登記など初期コスト
- 決算・申告、事業報告書等の作成・提出など運営コスト
- 資金の出し入れが「契約・規程・議事録」に紐づく
- 非営利性に基づく制約(配当不可)により、出口設計が必須
ここを軽視すると、法人化後に「思ったより手取りが増えない」「管理が煩雑」という不満につながります。
【比較表】個人クリニックと医療法人の違い
| 比較項目 | 個人クリニック | 医療法人 |
|---|---|---|
| 税負担の構造 | 所得税(累進)+住民税が中心 | 法人税等+役員報酬の所得税等の組合せ |
| お金の取り方 | 事業主所得(自由度は高い) | 役員報酬・賃料・退職金等の設計が必要 |
| 利益の扱い | 事業主に帰属 | 法人に留保(配当は不可) |
| 手続・管理 | 比較的シンプル | 認可・登記・各種届出、会計・報告が増える |
| 承継・出口 | 個人資産・事業の引継ぎ中心 | 退職金・役員構成・持分設計など“出口設計”が主戦場 |
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個人クリニックが医療法人化を検討すべき判断基準(年収・規模・目的)
判断基準1:年収ではなく「課税所得」と税率の段差を見る
「年収いくらで法人化?」は定番質問ですが、実務では“年収”より“課税所得(医業所得+他の所得−各種控除)”を見ます。
課税所得が1,800万円を超える水準に入ると税率区分が変わるため、法人化メリットが出やすい一方、社会保険料や役員報酬設計次第で逆転もあります。したがって、法人化判断は必ずシミュレーションが必要です。
判断基準2:人を雇う・分院を出すなど「組織化の必然」があるか
採用が進み、院長が診療以外(労務・教育・評価・数値管理)に時間を取られ始めたら、法人化は検討フェーズに入ります。
この段階では、社会保険の適用、賃金設計、管理職登用など、制度対応の“型”が必要になります。
判断基準3:承継(子・勤務医)やリタイアの出口が見えているか
法人化の価値は「いまの節税」だけでなく、5年後・10年後の出口設計にあります。
後継者に引き継ぐのか、第三者承継も視野に入れるのか、院長はいつ現場を退くのか。ここが決まると、役員構成・退職金・賃料・内部留保の最適解が具体化します。
判断基準4:設備投資・資金調達の計画があるか
内装更新、医療機器更新、電子カルテ刷新など、まとまった投資が周期的に来る診療科では、投資計画と法人化を同一のプロジェクトとして扱うと意思決定がぶれにくくなります。
資金調達の観点でも「計画と決算の見せ方」を整える意味が大きく、金融機関対応もスムーズになります。
医療法人化の進め方(手順)と失敗しないポイント
Step 1: “手取り”で比較するシミュレーションを作る
法人利益、役員報酬、家族給与、賃料、社会保険料、将来の退職金まで含め、3年分(最低でも2パターン)で比較します。ここで「法人化しても手取りが増えない」ケースを先に潰します。
Step 2: 目的を1つに絞る(節税・承継・組織化のどれが主か)
目的が3つとも中途半端だと、役員報酬や留保方針がブレて制度設計が破綻します。主目的を決め、他は制約条件として扱います。
Step 3: 都道府県のスケジュールに合わせて設立計画を立てる
医療法人の設立認可は都道府県が窓口で、募集時期・審査プロセスは自治体運用に依存します。開業や移転、保険医療機関指定等の予定がある場合は、逆算で組みます。
Step 4: 規程・契約書・議事録の“最低ライン”を整える
役員報酬(定期同額)、賃貸借、役員退職金、福利厚生など、税務・監査・融資で確認されやすい論点は、書面で整備します。ここが弱いと、法人化メリットが“机上”で終わります。
Step 5: 設立後1年は「運用定着」を優先する
法人化直後は、経理フロー(請求・入金・支払・給与・社保)の運用が固まるまでが勝負です。最初から高度な節税スキームに走るより、月次の数字を締める体制を先に作ります。
よくある質問
Q: 医療法人化は年収いくらが目安ですか?
A:
年収より「課税所得」が重要です。課税所得が1,800万円を超えるゾーンに入り、かつ人員増や承継など経営上の目的がある場合は、検討価値が高まります。ただし社会保険料や役員報酬設計で結果は変わるため、手取りベースの試算が前提です。Q: 法人化すると“必ず”節税になりますか?
A:
必ずではありません。役員報酬の設定、法人利益の残し方、家族の働き方、社会保険料などの条件次第で、個人の方が有利なケースもあります。医療法人化のタイミングは、節税だけでなく承継・組織化も含めて判断するのが安全です。Q: 設立後にやり直しが効かないポイントは何ですか?
A:
役員構成と報酬設計、賃貸借などの取引条件、内部留保方針です。後から変更は可能ですが、関係者間の利害調整が難しくなるため、設立前に“出口までの設計図”を描くことを推奨します。まとめ
- 医療法人化は「税率・人・出口設計」の3点が揃うと効果が出やすい
- 目安は年収ではなく課税所得。1,800万円超の税率帯に入ると検討余地が拡大
- メリットは所得分散・承継設計・組織化。デメリットは手続と自由度制約
- 都道府県スケジュールに合わせ、シミュレーション→設計→書面整備の順で進める
- 目的を絞り、設立後1年は運用定着を優先する
参照ソース
- 厚生労働省「医療法人・医業経営のホームページ」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/igyou/index.html
- 厚生労働省「医療法人数の推移(令和7年3月31日現在)」: https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001505575.pdf
- 国税庁「No.2260 所得税の税率」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2260.htm
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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