
執筆者:辻 勝
会長税理士
医療法人の社会保険|加入義務と負担額を税理士が解説

医療法人の社会保険は、「法人になったら原則加入が必要」と理解しておくのが安全です。ポイントは、法人事業所は原則として強制適用であること、そして保険料は「標準報酬月額 × 料率 × 事業主・従業員で折半」で決まることです。法人成り後に想定外の負担増や未加入リスクが起きやすいため、加入判定と負担額の見える化を先に行いましょう。
医療法人の社会保険とは何か
一般に「社会保険」と言う場合、主に次の2つを指します。
- 健康保険(医療費の自己負担軽減、傷病手当金・出産手当金など)
- 厚生年金保険(老齢・障害・遺族の年金)
一方で、次の制度は「社会保険」と混同されやすい別枠です。
| 区分 | 主な制度 | 負担の考え方 |
|---|---|---|
| 社会保険(狭義) | 健康保険・厚生年金 | 原則、保険料は事業主と被保険者で折半 |
| 労働保険 | 雇用保険・労災保険 | 労災は原則事業主負担、雇用は事業主・労働者で分担 |
医療法人では、役員報酬や給与設計と一体で社会保険を設計することが多く、税務(役員報酬の損金性)と労務(被保険者要件)を同時に押さえる必要があります。税理士法人 辻総合会計でも、法人成り後の「手取り・法人負担・将来給付」をセットで試算する相談が増えています。
医療法人は加入義務があるのか
結論として、医療法人は原則、健康保険・厚生年金の適用事業所となり、加入手続きが必要です。日本年金機構は、法人の事業所(事業主のみの場合を含む)が強制適用の対象であることを明示しています。
参照:日本年金機構「適用事業所と被保険者」 https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/jigyosho/20150518.html
役員(理事長・理事)の加入判定
医療法人の役員だからといって一律に除外されるわけではありません。実務上は次の観点で判断します。
- 法人から労務の対償として役員報酬を受ける
- 勤務実態があり、常用的使用関係が認められる
つまり、役員でも「報酬+勤務実態」があれば被保険者になり得る、という整理です。役員報酬の設計は、法人税・所得税だけでなく社会保険の観点でも整合性が必要です。
パート・アルバイト(短時間労働者)の要件
フルタイムの4分の3以上勤務(いわゆる「4分の3基準」)に加え、一定規模以上の企業等では短時間労働者も適用対象になります。厚労省の特設サイトでは、週20時間以上、月額8.8万円以上、2か月超の雇用見込み、学生でない等の要件を整理しています。
参照:厚生労働省「社会保険適用対象となる加入条件」 https://www.mhlw.go.jp/tekiyoukakudai/koujirei/jigyonushi/taisho/
社会保険料の計算方法
社会保険料の基本形は次のとおりです。
- 標準報酬月額(報酬を等級化した基準)を決める
- 料率を掛けて保険料を算出
- 原則、事業主と被保険者で折半(会社負担と本人負担が発生)
厚生年金の保険料率は18.3%で固定されている旨が公表されています。
参照:日本年金機構「厚生年金保険料額表(保険料率)」 https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/hokenryo/ryogaku/ryogakuhyo/index.html
健康保険料率の考え方
健康保険は、協会けんぽか健康保険組合か等で料率が異なり、都道府県等でも差が出ます。そのため、シミュレーションでは「概算料率」を置き、最終的には加入先の料率で確定させる流れが現実的です。
負担額シミュレーション(概算)
ここでは例として、次の仮定で概算します(実際の料率は加入先で異なります)。
- 健康保険料率:10.0%(仮)
- 介護保険料率:1.8%(40〜64歳のみ、仮)
- 厚生年金保険料率:18.3%(固定)
- いずれも事業主と本人で折半
ケース別の月額(法人負担)イメージ
| ケース | 標準報酬月額 | 前提 | 法人負担(概算) |
|---|---|---|---|
| A:理事長(45歳) | 1,000,000円 | 健康10.0%+介護1.8%+年金18.3% | 約155,500円 |
| B:スタッフ(35歳) | 300,000円 | 健康10.0%+年金18.3% | 約42,450円 |
| C:スタッフ(45歳) | 300,000円 | 健康10.0%+介護1.8%+年金18.3% | 約46,650円 |
計算式(法人負担の概算)
- 40〜64歳:標準報酬月額 ×(健康+介護+厚生年金)÷2
- 39歳以下等:標準報酬月額 ×(健康+厚生年金)÷2
たとえばA(45歳)の場合:
1,000,000 ×(10.0%+1.8%+18.3%)÷2 = 1,000,000 × 30.1% ÷2 = 155,500円
「役員報酬を上げる=所得税だけでなく社保も増える」ため、手取り最適化は税と社保を同時に見て設計します。
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加入・変更手続きの流れ(医療法人化・法人成り後)
手続きは「加入対象者の判定」→「届出」→「給与計算への反映」の順で進めます。
Step 1: 加入対象(被保険者)を棚卸しする
- 役員:報酬と勤務実態(常勤・非常勤、実態)を確認
- 従業員:正社員、4分の3基準、短時間労働者の要件を確認
- 扶養:配偶者・家族の収入見込みも確認(扶養要件の判定に影響)
Step 2: 必要書類を準備する
- 健康保険・厚生年金保険の新規適用(事業所の届出)
- 被保険者資格取得届(対象者ごと)
- 扶養がいる場合は被扶養者(異動)届 など
Step 3: 届出後、給与・会計に反映する
- 会社負担分を法定福利費として計上
- 本人負担分の控除(給与計算)
- 役員報酬変更がある場合は、税務(損金算入のルール)とも整合させる
届出の遅れは「遡及加入」や追加負担につながり得るため、法人設立・法人成りのスケジュールに社会保険手続きを組み込むことが重要です。
注意点・よくある落とし穴
- 「役員は社保不要」と誤解して未加入になる
- パートの要件(4分の3基準、短時間労働者要件)を見落とす
- 保険料を所得税だけで試算し、キャッシュフローが崩れる
- 医師国保(医師国保組合)との関係を整理せず、加入可否・比較が曖昧になる
医療法人の設計は、制度の正確な理解に加え、「報酬・人員計画・将来給付」をセットで判断するのが実務的です。迷った場合は、税理士・社労士と役割分担し、論点を早期に確定させることをお勧めします。
よくある質問
Q: 医療法人は従業員が少なくても社会保険に加入しなければいけませんか?
A:
原則はいけません。法人の事業所は強制適用の対象と整理されており、事業主のみの場合を含む旨が示されています(加入手続きが必要になる前提です)。Q: 理事長が非常勤でも加入対象になりますか?
A:
「肩書」ではなく、報酬と勤務実態(使用関係・常用性)で判断します。報酬があり実態が常勤に近い場合は、加入対象となる可能性が高まります。Q: 社会保険料の会社負担は、どの勘定科目で処理しますか?
A:
一般には「法定福利費」で処理します。役員分・従業員分を分けて管理すると、報酬設計や原価管理(診療科別採算等)にも活用できます。Q: 負担を抑えるために役員報酬を下げるのは有効ですか?
A:
社会保険料は下がりますが、所得税・住民税、将来の年金、金融機関評価、退職金設計などにも影響します。税と社保を同一の試算表で比較し、トータルで判断することが重要です。まとめ
- 医療法人は原則として健康保険・厚生年金の適用対象となり、加入義務が論点になりやすい
- 役員も「報酬+勤務実態」により被保険者となり得る
- 保険料は標準報酬月額と料率で決まり、原則は事業主・本人で折半
- 短時間労働者の適用拡大により、パートの判定が難しくなっている
- 法人成りは税務だけでなく、社会保険を含むキャッシュフロー試算が不可欠
参照ソース
- 日本年金機構「適用事業所と被保険者」: https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/jigyosho/20150518.html
- 厚生労働省「社会保険適用対象となる加入条件」: https://www.mhlw.go.jp/tekiyoukakudai/koujirei/jigyonushi/taisho/
- 日本年金機構「厚生年金保険料額表(保険料率)」: https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/hokenryo/ryogaku/ryogakuhyo/index.html
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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