
執筆者:辻 勝
会長税理士
クリニックの医療法人化ガイド2026|タイミング・メリット・手続きを税理士が解説

クリニックの医療法人化ガイド2026|タイミング・メリット・手続きを税理士が解説
「そろそろ医療法人化を考えた方がいいのだろうか」——開業から数年が経ち、クリニックの経営が軌道に乗ってきた院長先生から、このようなご相談をいただくことが増えています。
医療法人化は、節税や事業承継の面で大きなメリットがある一方、設立費用や運営の手間といったデメリットも存在します。本記事では、医療法人化を検討するベストなタイミングから、具体的なメリット・デメリット、設立手続きの流れまで、税理士の視点から詳しく解説します。
医療法人とは?個人開業との違いを理解する
医療法人の定義
医療法人とは、医療法に基づいて設立される法人のことです。病院、診療所、介護老人保健施設などを開設・運営することを目的としています。
個人開業の場合、クリニックの経営主体は「院長先生個人」ですが、医療法人化すると「法人」が経営主体となります。これにより、院長先生は法人の「理事長」として、法人から役員報酬を受け取る形になります。
個人開業医との主な違い
| 項目 | 個人開業 | 医療法人 |
|---|---|---|
| 経営主体 | 院長個人 | 法人 |
| 所得の種類 | 事業所得 | 役員報酬(給与所得) |
| 適用される税金 | 所得税(最大45%+住民税10%) | 法人税(15〜23.2%)+役員報酬への所得税 |
| 社会保険 | 国民健康保険・国民年金 | 健康保険・厚生年金 |
| 退職金 | なし | 支給可能 |
| 事業承継 | 困難 | 比較的容易 |
医療法人の種類
医療法人には主に以下の種類があります。
- 社団医療法人(持分あり):2007年4月以前に設立。出資者に持分が認められる
- 社団医療法人(持分なし):2007年4月以降に設立。出資持分がなく、残余財産は国等に帰属
- 財団医療法人:財産の寄附により設立
現在、新規設立できるのは「持分なし社団医療法人」のみです。
医療法人化のベストタイミング|所得1,800万円が目安
なぜ1,800万円が目安なのか
医療法人化を検討する目安として、よく「所得1,800万円以上」と言われます。これには明確な税務上の理由があります。
個人の所得税率は累進課税で、課税所得1,800万円を超えると税率が40%(住民税含め約50%)となります。一方、医療法人の法人税率は**年800万円以下が15%、超える部分が23.2%**です。
つまり、所得が高くなるほど「個人で稼ぐより、法人で稼いで役員報酬を分散した方が税負担が軽くなる」というわけです。
所得税の税率(2026年現在)
| 課税所得 | 税率 | 控除額 |
|---|---|---|
| 195万円以下 | 5% | 0円 |
| 195万円超〜330万円以下 | 10% | 97,500円 |
| 330万円超〜695万円以下 | 20% | 427,500円 |
| 695万円超〜900万円以下 | 23% | 636,000円 |
| 900万円超〜1,800万円以下 | 33% | 1,536,000円 |
| 1,800万円超〜4,000万円以下 | 40% | 2,796,000円 |
| 4,000万円超 | 45% | 4,796,000円 |
※住民税10%が別途かかります
法人税の税率(2026年現在)
| 区分 | 税率 |
|---|---|
| 年800万円以下の部分 | 15% |
| 年800万円超の部分 | 23.2% |
※特定医療法人の場合、年800万円超は19%
法人化を検討すべきその他のタイミング
所得以外にも、以下のような状況では医療法人化を検討すべきです。
- 分院展開を考えている:個人では複数の診療所を開設できない
- 事業承継を視野に入れている:子どもや第三者への承継がスムーズになる
- 退職金を準備したい:個人事業主には退職金がない
- 社会保険に加入したい:厚生年金で将来の年金額を増やせる
医療法人化の7つのメリット
メリット①:節税効果が高い
最大のメリットは節税効果です。高所得の院長先生ほど、法人税と所得税の税率差を活用して税負担を大きく軽減できます。
また、役員報酬には「給与所得控除」が適用されるため、さらに課税所得を圧縮できます。給与所得控除は収入に応じて最大195万円が控除されます。
メリット②:退職金を支給できる
医療法人では、役員退職金を支給することができます。退職金は「退職所得」として課税され、以下の優遇措置があります。
- 退職所得控除:勤続年数に応じた控除(20年超で年70万円)
- 2分の1課税:控除後の金額を2分の1にして税額計算
- 分離課税:他の所得と分けて計算
例えば、勤続30年で退職金5,000万円を受け取った場合、退職所得控除は1,500万円、課税対象は1,750万円となり、所得税・住民税合わせて約400万円程度の税負担で済みます。
メリット③:所得の分散ができる
配偶者や親族を役員にすることで、所得を分散できます。例えば、院長先生に3,000万円支払うより、院長2,000万円・配偶者1,000万円と分散した方が、累進課税の観点から税負担が軽くなります。
メリット④:分院展開が可能になる
医療法では、個人の医師が開設できる診療所は1か所のみと定められています。しかし、医療法人であれば複数の診療所(分院)を開設することが可能です。
事業拡大を目指す院長先生にとっては、大きなメリットとなります。
メリット⑤:事業承継がスムーズ
個人開業の場合、院長先生が引退すると診療所は廃止となり、後継者は新規開設の手続きが必要です。
一方、医療法人では理事長の交代という形で事業承継ができます。診療所の許可や患者さんとの関係をそのまま引き継げるため、スムーズな承継が可能です。
メリット⑥:社会的信用が高まる
医療法人格を持つことで、金融機関からの信用度が高まります。設備投資や分院展開のための融資を受けやすくなるというメリットがあります。
また、採用活動においても「医療法人」という肩書きは、求職者に安心感を与えます。
メリット⑦:経費の幅が広がる
法人では、以下のような経費を活用しやすくなります。
- 社宅:法人が賃借し、院長に貸与(家賃の50〜80%を経費化)
- 生命保険:法人契約の保険料を経費化(退職金原資に活用)
- 出張旅費規程:規程に基づく日当を非課税で支給
- 福利厚生費:従業員向け福利厚生の充実
医療法人化の5つのデメリット
デメリット①:設立費用がかかる
医療法人の設立には、以下のような費用がかかります。
| 項目 | 費用目安 |
|---|---|
| 登記費用(登録免許税は非課税) | 5〜10万円 |
| 行政書士・司法書士報酬 | 30〜50万円 |
| 税理士顧問料(設立支援込み) | 30〜100万円 |
| 合計 | 約70〜160万円 |
※都道府県により異なります
デメリット②:運営の手間が増える
医療法人は、以下のような法定義務があり、個人開業より事務負担が増えます。
- 定時社員総会の開催:毎年1回以上
- 理事会の開催:3か月に1回以上
- 事業報告書等の届出:毎年度、都道府県に提出
- 決算公告:官報または日刊新聞への掲載
デメリット③:役員報酬の変更が制限される
法人の役員報酬は、原則として期首から3か月以内にしか変更できません(定期同額給与のルール)。個人事業のように、利益に応じて自由に引き出すことができなくなります。
デメリット④:社会保険料の負担が増える
医療法人は、健康保険・厚生年金への加入が義務となります。役員・従業員の社会保険料は、会社と本人が折半で負担します。
例えば、役員報酬月額100万円の場合、健康保険料・厚生年金保険料の法人負担は月額約15万円程度となります。年間では180万円以上の負担増となるため、事前のシミュレーションが重要です。
デメリット⑤:解散時に残余財産が国等に帰属
2007年4月以降に設立された「持分なし医療法人」は、解散時に残余財産を国や地方公共団体等に帰属させなければなりません。
つまり、法人に蓄積した資産を院長先生個人が受け取ることはできないということです。この点は、法人に資金を貯めすぎないよう、計画的に役員報酬や退職金で支払っていく必要があります。
節税シミュレーション|個人 vs 医療法人の比較
シミュレーション条件
- 診療報酬収入:1億円
- 経費(人件費・医薬品費等):6,000万円
- 課税所得:4,000万円
個人開業の場合
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 課税所得 | 4,000万円 |
| 所得税(45%−479.6万円) | 約1,320万円 |
| 住民税(10%) | 約400万円 |
| 事業税(5%)※概算 | 約200万円 |
| 税金合計 | 約1,920万円 |
手取り:約2,080万円
医療法人化した場合
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 法人所得(役員報酬控除後) | 1,000万円 |
| 法人税等(実効税率約34%) | 約340万円 |
| 役員報酬 | 3,000万円 |
| 給与所得控除 | 約195万円 |
| 課税所得 | 約2,805万円 |
| 所得税 | 約570万円 |
| 住民税 | 約280万円 |
| 税金合計 | 約1,190万円 |
手取り:約2,810万円(法人に1,000万円−340万円=660万円の内部留保含む)
シミュレーション結果
年間約730万円の節税効果が見込めます。
※実際には社会保険料負担の増加なども考慮する必要があります。詳細なシミュレーションは税理士にご相談ください。
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医療法人設立の手続きと流れ
医療法人の設立は、都道府県知事の認可が必要です。一般的な流れを解説します。
ステップ1:事前相談(設立の約6か月前)
都道府県の医療法人担当窓口に事前相談を行います。設立要件の確認や必要書類の説明を受けます。
ステップ2:設立総会の開催
医療法人の設立発起人が集まり、設立総会を開催します。以下の事項を決議します。
- 定款の承認
- 設立時の財産目録
- 役員(理事・監事)の選任
- 理事長の選出
ステップ3:設立認可申請
都道府県に設立認可申請書を提出します。主な添付書類は以下のとおりです。
- 定款
- 設立総会議事録
- 財産目録・財産に関する証明書
- 2年間の事業計画書・予算書
- 役員の就任承諾書・履歴書
- 診療所開設許可証の写し
- 建物の賃貸借契約書 など
ステップ4:都道府県の審査
申請書類の審査が行われます。書類の補正や追加資料の提出を求められることもあります。審査期間は都道府県により異なりますが、2〜4か月程度が一般的です。
ステップ5:設立認可書の交付
審査を通過すると、設立認可書が交付されます。
ステップ6:設立登記
認可書交付から2週間以内に、法務局で設立登記を行います。登記完了により、医療法人が正式に成立します。
ステップ7:届出・変更手続き
設立後、以下の届出が必要です。
- 登記完了届(都道府県)
- 診療所開設届の開設者変更届(保健所)
- 保険医療機関指定の届出(厚生局)
- 税務署・都道府県・市区町村への届出
税理士からのアドバイス
法人化は「目的」ではなく「手段」
医療法人化は、あくまでも経営目標を達成するための手段です。「節税になるから」という理由だけで法人化すると、運営の手間や社会保険料負担で後悔するケースもあります。
- 5年後、10年後のビジョンを明確にする
- 事業承継の計画を早めに立てる
- 複数のシミュレーションで比較検討する
これらを踏まえて、法人化すべきかどうかを判断してください。
設立時期は「都道府県の受付時期」を確認
医療法人の設立認可申請は、多くの都道府県で年2〜4回の受付期間が設けられています。「法人化したい」と思い立っても、すぐに申請できるわけではありません。計画的に準備を進めることが重要です。
専門家チームで進める
医療法人の設立には、以下の専門家との連携が必要です。
- 税理士:税務シミュレーション、税務届出
- 行政書士:設立認可申請書類の作成
- 司法書士:設立登記
- 社会保険労務士:社会保険・労働保険の手続き
医療法人に精通した専門家チームに依頼することで、スムーズな設立が可能になります。
まとめ
医療法人化は、所得が1,800万円を超えるクリニックにとって、大きな節税メリットをもたらします。また、退職金の支給、分院展開、事業承継のしやすさなど、長期的な経営戦略においても有効な選択肢です。
一方で、設立費用、運営の手間、社会保険料負担の増加といったデメリットもあります。これらを総合的に検討した上で、法人化すべきかどうかを判断することが重要です。
「うちのクリニックは法人化した方がいいのか?」——そんな疑問をお持ちの先生は、ぜひ医療法人に詳しい税理士にご相談ください。具体的なシミュレーションをもとに、最適な判断をサポートいたします。
参考リンク
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この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
ご注意事項
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