
執筆者:辻 勝
会長税理士
医療法人化で失敗しない5つのチェックポイント|税理士が解説

医療法人化で失敗するケースの多くは、「節税になるはずだったのに手残りが減った」「思ったより手続きが重い」「将来の承継や退職時の出口が詰まった」といった“設計不足”が原因です。特に、院長(開業医)・クリニック経営者にとっては、税金だけでなく社会保険・ガバナンス・資金繰り・出口戦略まで一体で考えないと、法人化後に後悔しやすくなります。そこで本記事では、医療法人化で失敗しないための5つのチェックポイントを実務目線で整理します。
医療法人化とは?個人開業との違い
医療法人化(いわゆる法人成り)とは、個人の診療所運営を「医療法人」という法人格に移し、法人として医療機関を運営することです。一般的な株式会社と同じ感覚で考えると、制度上の制約を見落としやすく、ここが“失敗の入口”になります。
医療法人は、医療法に基づく法人であり、運営や届出、意思決定(理事会等)などが一定の枠組みで求められます。税務・労務だけでなく、行政手続のスケジュール感や運営ルールを前提に設計する必要があります。
| 項目 | 個人開業(院長個人) | 医療法人(法人運営) |
|---|---|---|
| 所得の見え方 | 事業所得(院長に集中) | 法人利益+役員報酬等に分散 |
| ガバナンス | 院長の裁量が大きい | 役員構成・意思決定手続が必要 |
| 社会保険 | 形態・条件で取扱いが変動 | 役員・従業員の適用関係を精査 |
| 手続負担 | 税務中心 | 行政手続+登記+届出が増える |
| 将来の出口 | 廃業・承継の自由度が比較的高い | 退任・承継・解散時の設計が重要 |
医療法人化で「失敗」と感じる典型パターン
医療法人化の相談現場(税理士法人 辻総合会計)で多い“失敗認定”は、次のようなパターンです。
- 目的が節税一本で、運営設計が伴っていない
- 社会保険料や人件費の増加を織り込まず、手残りが減る
- 役員報酬の決め方を誤り、税務上不利になった(損金算入できない等)
- 認可・登記・各種届出の段取りが悪く、開設・運営に支障が出る
- 将来の承継や退任(退職金・解散等)の出口が未設計
医療法人化は「作って終わり」ではなく、「作った後の運用で差が出る」制度です。次章の5つのチェックで、失敗確率を下げましょう。
医療法人化で失敗しない5つのチェックポイント
1) 医療法人化の目的を“数値”で定義できているか
まず、目的を言語化ではなく数値化します。たとえば次のようにKPIを置くと判断がブレません。
- 院長の可処分所得を年間いくら確保したいか
- 将来の承継(子・第三者・勤務医)をいつ想定するか
- 採用強化・分院展開など、経営戦略の優先順位は何か
ここが曖昧だと、「節税になったかどうか」だけで評価しがちになり、制度制約や社保負担を織り込めず後悔につながります。
2) 社会保険・人件費のインパクトを“事前に”試算したか
医療法人化後は、役員報酬・従業員給与・勤務形態によって社会保険の負担構造が変わり、固定費が増えることがあります。
- 役員報酬を上げるほど、保険料負担も増えやすい
- 人件費の増加局面(採用・賃上げ)では固定費化の影響が大きい
- 賞与・退職金・通勤費などの扱いも含め、資金繰りに反映する
「税金が下がったのに、社保と固定費で手残りが減った」という失敗を避けるには、法人化前に“税+社保+資金繰り”をセットで見える化するのが必須です。
3) 役員報酬の設計が、税務と運用の両面で安全か
医療法人化後の“つまずき”で多いのが役員報酬です。ポイントは、月々の支給ルールと改定タイミングを安易に動かさないことです。
- 役員報酬は「定期同額」の原則を意識する(運用で崩さない)
- 歩合的な要素を入れる場合は、制度上の要件整理が必要
- 退職金・功績倍率等も含め、将来の出口と一体で設計する
「忙しい月は多めに」「赤字月は下げる」といった運用は、税務上の不利益につながりやすいため、設計段階でルール化しておくのが安全です。
4) 認可・登記・届出の段取りを、逆算で組めているか
医療法人は、行政手続と登記が絡むため、思い付きで進めると遅延します。特に都道府県の運用(事前相談、募集時期、書類チェック)で前後するため、早期に所管へ当たりを付けるのが実務的です。
失敗しないコツは、次の“逆算”です。
- 「いつ法人で診療を回したいか(開始日)」を決める
- そこから登記・届出の期限を逆算する
- さらに認可申請の準備期間(定款、役員、資産・契約移転等)を上乗せする
5) 出口設計(承継・退任・解散)まで織り込んだか
医療法人化は、将来の出口が曖昧だと“後悔”に直結します。典型的には次の論点です。
- 院長退任時の報酬・退職金・役員交代の設計
- 勤務医承継・親族承継の手順(株式のように簡単に移せない前提)
- 解散や事業縮小をする場合の手続とコスト
「将来は考えていない」という状態こそリスクです。出口は、作れるときにしか作れない設計があるため、法人化時に最低限の方針を置くことが重要です。
医療法人化(法人成り)の進め方|手順をステップで整理
医療法人化の実務は、概ね次の流れで進みます。都道府県の運用差があるため、まず所管へ確認し、スケジュールを確定させます。
Step 1: 事前設計(目的・体制・数値試算)
- 法人化の目的(税・承継・採用等)をKPI化
- 役員構成、役員報酬、社会保険の概算を試算
- 賃貸借契約・リース・借入など“移転が必要な契約”を棚卸し
Step 2: 定款等の作成と、必要書類の準備
- 定款(または寄附行為)案の作成
- 役員就任予定者の同意、運営計画、資産関連資料などを準備
Step 3: 設立認可申請(都道府県等)
- 所管に申請書類を提出し、補正対応を行う
- 審査期間を織り込んで、登記の段取りまで逆算
Step 4: 設立登記→登記完了届→各種届出
- 認可後に設立登記を実施
- 登記完了後の届出、役員変更や決算届など、運用上の届出も把握しておく
Step 5: 税務・労務の運用開始(会計・給与・契約移転)
- 会計ルール(勘定科目、収益・費用の帰属)を確立
- 給与・社保の運用ルールを固定化
- 契約(賃貸借、リース等)や資産の帰属を整える
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医療法人化のデメリットと注意点|「後悔」を防ぐ論点
医療法人化のデメリットは、事前に理解すれば“対策可能なコスト”に変えられます。代表的な注意点は次のとおりです。
- 意思決定が形式化し、ガバナンス対応(理事会等)が必要
- 行政手続・届出・決算関連の事務負担が増える
- 役員報酬の運用を誤ると、税務上の不利益が出る
- 社会保険等の固定費が増える局面がある
- 将来の承継・退任・解散で、設計不足が顕在化する
当法人では、法人化の前に「税+社保+資金繰り+出口」を同じシートで可視化し、法人化後の運用ルール(役員報酬、賞与、退職金、契約移転)まで“先に決める”ことで、後悔の発生率を下げています。
よくある質問
Q: 医療法人化は節税目的だけでも検討してよいですか?
A:
検討自体は可能ですが、節税だけで判断すると失敗しやすいです。税負担の減少分より、社会保険や固定費、事務負担が増えると手残りが減ることがあります。必ず「税+社保+資金繰り」の総合試算で判断してください。Q: 役員報酬は、年度の途中で変えても問題ありませんか?
A:
変更自体はあり得ますが、税務上の取扱いに影響します。実務では、改定時期・改定理由・改定後の運用ルールを整理し、安易に増減させない設計が重要です。Q: 医療法人化の手続はどこに相談すべきですか?
A:
所管は主たる事務所所在地の都道府県等が窓口になるのが基本です。行政手続(認可・届出)と、税務・労務を同時に管理できる体制で進めると、手戻りが減ります。まとめ
- 医療法人化の失敗原因は、税だけで判断し「運用設計」が不足すること
- 社会保険・固定費を含む総合試算が、後悔を防ぐ起点
- 役員報酬は「決め方」より「運用ルール化」が重要
- 認可・登記・届出は逆算スケジュールで遅延を防ぐ
- 出口設計(承継・退任・解散)まで法人化時に方針を置く
参照ソース
- 厚生労働省「医療法人・医業経営のホームページ」: https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/igyou/index.html
- 厚生労働省「各種様式(厚生労働大臣所管の医療法人用)」: https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/igyou/igyoukeiei/tetuduki/kakusyuyoushiki.html
- 国税庁「役員に対する歩合給(定期同額給与)」: https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/hojin/11/15.htm
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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