
執筆者:辻 勝
会長税理士
"医師 引退の判断基準|クリニック閉院・承継の実務を税理士が解説"

医師の引退は「年齢」より「継続可能性」で決める
医師の引退(開業医のやめどき)は、暦年齢だけで決めるよりも「医療提供を安全に継続できるか」「患者・職員・家族に不利益を出さずに出口を作れるか」で判断するのが実務的です。結論から言うと、閉院と承継の判断は、(1)院長の稼働余力、(2)患者基盤と地域ニーズ、(3)職員体制、(4)財務・税務、(5)法的手続きの負荷――この5点を同じ土俵に並べると整理できます。
税理士法人 辻総合会計では、医療機関の顧問実務として「引退・閉院・承継」を一体のプロジェクトとして設計する支援を行ってきました。特に閉院は“手続きと清算”、承継は“価値の引継ぎ”という性格が異なるため、判断基準も別物になります。
ポイント(最初に押さえる)
引退判断の正解は「いつ辞めるか」ではなく、「どの出口(閉院/承継)を、いつの状態で実行するか」です。
データで見る「医師の高齢化」—引退検討が早期化する背景
医師の引退を年齢だけで決めないとはいえ、実際には「医療現場の年齢構成」が意思決定に影響します。
厚生労働省の統計(令和6年・2024年)では、医療施設に従事する医師は 331,092人。年齢階級別では、30〜39歳が20.5%で最多、次いで50〜59歳が19.9%、40〜49歳が19.7%です。さらに **60〜69歳が18.3%、70歳以上が12.0%**で、**60歳以上が合計30.3%**を占めます。つまり、医療現場の3割は60歳以上です。
この現実は、院長個人の体力・健康だけでなく、「代替医師の確保」や「承継市場の競争(買い手の選別)」にも直結します。
年齢階級別(医療施設従事医師)早見表
| 年齢階級 | 人数 | 構成比 |
|---|---|---|
| 29歳以下 | 31,639 | 9.6% |
| 30〜39歳 | 67,729 | 20.5% |
| 40〜49歳 | 65,264 | 19.7% |
| 50〜59歳 | 65,939 | 19.9% |
| 60〜69歳 | 60,746 | 18.3% |
| 70歳以上 | 39,775 | 12.0% |
また、同統計では医療施設従事医師の平均年齢(総数)が 50.6歳と示されています。「いつまで現役か」より「いつ出口設計を始めるか」が重要になる理由はここにあります。
閉院か承継か:判断基準を「5つの軸」で点検する
1) 院長の稼働余力(医療安全の観点)
- 診療の質と安全が維持できているか(判断の遅れ、手技の不安、当直・急変対応の負荷)
- 代診で補完できるか(代診が常態化するほど“承継向き”になる場合も)
実務の目安:代診依存が高まるほど、「閉院まで走り切る」より「承継(雇用・M&A)」の方が患者影響を抑えやすい傾向があります。
2) 患者基盤と地域ニーズ(承継価値の源泉)
- 定期受診(慢性疾患・生活習慣病等)の比率が高い
- 自費比率・単価・再来率が安定している
- 医療圏での需要(近隣競合、人口動態、紹介連携)
承継は「患者が残る」ことが価値です。逆に、患者が特定医師の個人技量や指名に強く依存する場合(高度自費・カリスマ依存)は、承継設計に工夫が必要です。
3) 職員体制(引退の最大の地雷)
- キーマン(看護師長・医療事務責任者など)が定着しているか
- 引継ぎ期間(3〜12か月)に協力してくれるか
- 退職金・有給消化・解雇回避(労務リスク)を織り込めるか
閉院は「職員の生活」を直撃しやすく、トラブル化しやすい領域です。承継は雇用維持が選択肢となり、地域からの受け止めも良いことが多い一方、買い手が“人材の質”を厳しく見ます。
4) 財務・税務(“出口コスト”と“出口メリット”の比較)
- 設備・内装の残存価値(未償却資産、リース・借入)
- キャッシュの厚み(運転資金、退職金原資、納税資金)
- 不採算科目の有無(人件費率、家賃、外注)
- 医療法人の場合:解散・清算に伴う手続きと税務
閉院は「清算コスト(原状回復、在庫・医薬品処理、未収管理)」が先に来ます。承継は「譲渡対価(または役員報酬継続)」が期待できる反面、買い手のDD(デューデリジェンス)で課題が顕在化します。
5) 手続き負荷(届出・指定の整理ができるか)
閉院でも承継でも、保険医療機関としての各種手続きが不可避です。例えば、保険医療機関を廃止した場合は地方厚生(支)局長への届出が必要で、所定様式で「廃止・休止・再開」を届け出ます。
医療法人では、状況により解散認可申請が必要となり、提出先や添付書類(理由書、財産目録・貸借対照表、残余財産処分の書類等)が求められます。
比較表:閉院と承継(親族・第三者)の違い
| 比較項目 | 閉院(廃業) | 承継(親族・第三者) |
|---|---|---|
| 患者への影響 | 通院先変更が必要。地域の反発が出ることも | 通院継続がしやすい。引継ぎ設計で負担軽減 |
| 職員への影響 | 退職・再就職支援が必要。労務トラブル注意 | 雇用維持の選択肢あり。買い手は人材を重視 |
| 院長の負荷 | 清算・原状回復・未収管理が重い | DD対応・契約交渉・引継ぎ期間が重い |
| お金の方向 | “出ていく”要素が多い(撤退費用) | “入ってくる”可能性(譲渡対価等) |
| 向いているケース | 患者減・不採算・代診困難・施設老朽化 | 患者基盤安定・職員定着・地域ニーズあり |
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平日 9:15〜18:15(土日祝休業)
引退(閉院・承継)を決めるための進め方:4ステップ
ステップ1:現状を数字で棚卸し(最短1か月)
- 月次収支(診療科別・自費/保険別)
- 患者数推移(新患/再来/予約枠)
- 人件費・家賃・外注の固定費
- 未償却資産と借入・リース残高
- 未収(保険請求・自費)と在庫(医薬品)
ステップ2:出口シナリオを2本立てで作る(2〜3か月)
- A案:閉院(撤退費用とスケジュール)
- B案:承継(候補者、譲渡形態、引継ぎ期間)
この段階で、「閉院しかない」と思っていた案件が「条件付きなら承継可能」に変わることもあります。
ステップ3:関係者(患者・職員・連携先)への説明設計(3〜6か月)
説明の順番とタイミングが重要です。職員に先に伝えるか、主要連携先から固めるかで結果が変わります。特に、患者告知は「移行先確保」とセットで実施しないとクレーム化しやすくなります。
ステップ4:手続き・契約・清算の実行(6〜18か月)
閉院は“終わらせる実務”が多く、承継は“引き渡す実務”が多い。どちらも段取り負けするとコストとトラブルが増えます。
注意(情報ボックス)
「まだ元気だから」と出口設計を先送りすると、いざという時に“閉院一択”になり、患者・職員・家族の負担が最大化します。出口は元気なうちほど選択肢が広がります。
クリニック閉院でよくある落とし穴(実務)
- 患者告知が遅れ、紹介状・転院調整が間に合わない
- 職員退職が連鎖し、閉院まで回らない
- 原状回復・リース解約・未収回収で想定外の資金流出
- 医療法人の解散・清算の手続きを見落とす
- 電子カルテ・画像データの保管と開示対応が不十分
閉院は「辞める」意思決定よりも、「辞めるための作業」の方が重い、という点が最大の特徴です。
よくある質問(FAQ)
Q1. 医師の引退年齢は何歳が多いですか?
一律の正解はありません。統計上は医療施設従事医師のうち60歳以上が約3割を占め、70歳以上も一定数います。重要なのは年齢よりも、診療の質を維持できる稼働余力と、出口(閉院/承継)を実行できる体制です。
Q2. 承継に向いているのはどんなクリニックですか?
患者基盤が安定しており、職員が定着し、収支が読みやすいクリニックは承継しやすい傾向です。逆に、院長個人の技能・指名依存が高い場合は、引継ぎ期間を長めに設計するなどの工夫が必要です。
Q3. 閉院の手続きは何から始めるべきですか?
まずは「廃止(または休止)」に関連する届出の洗い出しです。保険医療機関としては、廃止等の届出が必要になります。併せて、保健所、自治体、各種契約(賃貸借・リース・業者契約)を含めた“手続きマップ”を作るのが実務上の近道です。
Q4. 医療法人の場合、引退=すぐ解散ですか?
必ずしも直結しません。役員交代・承継で法人を存続させる選択肢もあります。解散する場合は、認可申請や添付書類など、手続き要件を満たす必要があります。
参照ソース(公的機関)
- 厚生労働省「令和6(2024)年 医師・歯科医師・薬剤師統計の概況(PDF)」https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/ishi/24/dl/R06_1gaikyo.pdf
- 厚生労働省(地方厚生局)「保険医療機関・保険薬局の廃止・休止・再開の届出」https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kantoshinetsu/shinsei/shido_kansa/hoken_shitei/ichiran_haishi.html
- 厚生労働省「解散認可申請(医療法第55条第3項、医療法施行規則第34条)(PDF)」https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/igyou/igyoukeiei/tetuduki/toiawasekaisan.pdf
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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