
執筆者:辻 勝
会長税理士
クリニック開業 物件選びのポイント|税理士が解説

クリニック開業の物件選びで失敗しない結論
クリニック開業の物件選びで重要なのは、「良さそうな立地」を感覚で決めることではなく、診療圏(来院が見込める範囲)と法規制、そして内装・設備の条件を同時に満たす物件を、契約条件まで含めて選ぶことです。特にテナント開業では、契約後に工事制約や追加費用が発覚しやすく、開業スケジュール全体が崩れる原因になります。
税理士法人 辻総合会計では、30年以上にわたり医科・歯科の開業支援に携わり、資金繰り・損益分岐・人件費設計だけでなく、物件由来のコスト超過や開業遅延の相談を多数受けてきました。本記事は、現場で「後から困る論点」を先回りして整理します。
クリニック開業の物件選びとは|立地・建物・契約を一体で考える
「立地が良い=成功」ではない理由
立地が良く見えても、次のいずれかが欠けると失敗確率が上がります。
- 需要と供給のズレ:想定患者層と通行動線・生活圏が一致しない
- 建物要件の不足:動線、電気容量、給排水、空調、バリアフリーなどが診療に合わない
- 契約の罠:原状回復や工事制限、更新条件で収益が削られる
法規制は「開設手続」だけでなく「物件適合」に直結する
医療機関の開設は医療法の枠組みで整理され、ケースによっては許可が必要になります(開設者や病床の有無等により扱いが変わる点に留意)。物件側の要件(構造設備、人員要件など)も論点になり得ます。物件契約前に、保健所・自治体の運用(届出様式、事前相談の要否)を確認しておくことが実務上の安全策です。
出典:厚生労働省「医療法(抜粋)」では、開設許可等の考え方が示されています。
立地選定のポイント|診療圏・導線・競合を数値で確認
診療科別に「狙う商圏」が違う
同じ駅前でも、診療科により適合が変わります。
- 内科:生活導線(スーパー、バス停、駐車場)と継続通院のしやすさ
- 小児科:ベビーカー導線、駐車場、近隣に子育て世帯の集積
- 皮膚科・眼科:視認性(看板)、回転率、オンライン予約との相性
- 整形外科:広さ、導線、リハビリ区画確保、送迎/駐車
「半径○km」といった円だけでは不十分で、川・幹線道路・踏切などの“心理的な壁”を加味します。診療圏は、人口・年齢構成・昼夜人口・競合数を最低限セットで確認しましょう。
競合は「数」より「提供価値の重なり」で見る
競合が多い地域でも、診療時間、専門外来、予約導線、導入機器、スタッフ体制で差別化できることがあります。一方、競合が少なくても需要そのものが薄い地域では、立ち上がりが遅れて資金繰りが苦しくなります。
物件タイプの違い|路面店・ビルイン・医療モール比較
物件タイプ別のメリット・デメリット(比較表)
| 項目 | 路面店 | ビルイン(雑居ビル/オフィス) | 医療モール |
|---|---|---|---|
| 視認性・新患導入 | 強い(通行人に訴求) | 弱め(階数で減衰) | 共同集客で中程度 |
| 工事自由度 | 物件次第(制限少なめが多い) | 制約が多い傾向(管理規約) | テナント規格が決まっていることが多い |
| 賃料・共益費 | 立地で高騰しやすい | 面積単価は抑えめも | 共益費/販促費が発生する場合 |
| 近隣クレーム | 入口前滞留・騒音に注意 | ビル全体のルールに従う | ルールが整備されやすい |
| 推奨の診療科 | 皮膚科/眼科/内科など | 心療内科/専門外来など | 内科・小児科など相乗効果系 |
「医療モールなら安心」とは限りません。モール側の指定業者、診療時間の縛り、広告掲出ルール、撤退時の原状回復条件などが収益に影響します。逆に路面店でも、入口が奥まっている、駐輪スペースがない、看板が出せない、といった制約で新患が伸びない例があります。
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テナント開業の注意点|用途地域・消防・工事費の落とし穴
用途地域・用途制限の確認は「最初」に行う
テナント契約前に、用途地域(都市計画上の区分)と建物用途の整理が必要です。用途地域は建築できる建物用途に制限がかかり、計画する施設内容と整合しないと追加手続や計画変更が生じます。国土交通省資料では、用途地域ごとの用途制限の考え方が整理されています。
消防・防火の論点は「内装プラン」と一体
診療所は不特定多数が出入りするため、防火区画、避難経路、内装制限、誘導灯・非常灯などが論点になります。消防庁は火災予防関係の届出様式として「防火対象物使用開始届出書」等を示しています。消防協議は、設計着手と同時に進めるのが安全です。
工事費は「坪単価」ではなく、制約条件で決まる
内装工事費は坪単価の相場感だけで判断すると危険です。以下で大きくブレます。
- 電気容量の増設可否(増設不可だと機器選定や導線が制約)
- 給排水・排気のルート確保(工事範囲が拡大)
- ビル側の指定工事・夜間工事制限(人件費・工程が増える)
- 既存設備の流用可否(居抜きでも医療仕様に合わないことがある)
結果として、想定より内装工事費が膨らみ、運転資金の余裕が削られるのが典型パターンです。
テナント契約で見落としやすい条項
- 原状回復範囲(スケルトン戻し、設備撤去の範囲)
- 看板・外装の掲出可否(追加費用・申請の要否)
- 途中解約・違約金(撤退時の損失が固定化)
- 更新条件と賃料改定条項(長期運営で効いてくる)
- 工事遅延時の責任分界(オーナー/施工/借主)
物件が良くても、契約条件が悪いと、黒字でもキャッシュが残らない構造になり得ます。
物件探しの方法と手順|候補抽出から契約までの実務フロー
失敗しないための標準フロー(ステップ形式)
Step 1: 要件定義(診療と経営の両面)
診療科・提供サービス、必要面積、必要設備、想定患者層、開業月(いつ売上が立つか)を確定します。ここが曖昧だと、物件が決まっても内装が迷走します。
Step 2: 候補抽出(診療圏×物件条件)
駅距離、駐車場、視認性、競合、周辺施設を条件化し、候補を複数確保します。単独物件の深追いは避けます。
Step 3: 現地・建物調査(制約の洗い出し)
入口動線、エレベーター、段差、騒音、空調、電気容量、給排水、看板位置、ゴミ置場などを確認します。
Step 4: 行政・消防・管理側の事前確認
医療法上の手続の論点(届出・許可の要否など)を含め、自治体・保健所の運用を確認します。消防もこの段階で相談し、図面要件を握ります。
Step 5: 概算見積と収支シミュレーション
家賃・共益費・保証金・内装・医療機器・人件費・広告費を並べ、損益分岐と運転資金の安全余裕(月数)を見ます。税務上の扱い(資産計上/一括費用)も合わせて設計します。
Step 6: 契約交渉・最終決定
原状回復、工事承諾、看板、フリーレント、解約条項、引渡条件を交渉します。「契約してから考える」は避け、開業スケジュールに落とし込みます。
現場で多い失敗例(匿名ケース)
ある駅近テナントで「人通りが多い」点を優先し契約したものの、入口が裏導線で視認性が低く、さらに看板掲出に制限があり、新患が想定の7割程度に留まりました。結果的に広告費が増え、収益性が崩れました。
教訓は、立地の“賑わい”ではなく、「患者が見つけて入りやすい導線」と「ルール上の掲出可否」を契約前に確定することです。
よくある質問
Q: 医療モールと路面店、どちらが開業に向いていますか?
A:
一概には言えません。医療モールは相乗効果が期待できる一方、共益費・ルール・指定業者などの制約が利益率に影響します。路面店は視認性が強い反面、賃料負担や近隣対応が論点です。比較表の観点で「自院の勝ち筋」に合う方を選ぶのが合理的です。Q: 居抜き物件なら内装費は大幅に下がりますか?
A:
下がる場合もありますが、医療機器の電源容量、給排水、導線、感染対策、消防要件などで作り替えが発生し、想定ほど下がらないことがあります。居抜きは“残せる範囲”を先に確定し、見積で判断してください。Q: テナント契約で最も注意すべき条項は何ですか?
A:
原状回復範囲と途中解約条件が最重要になりやすいです。撤退時の費用が読めない契約は、最悪の場合「赤字でも撤退できない」状態を作ります。工事承諾・看板・更新条件も合わせて確認しましょう。まとめ
- クリニック開業の物件選びは「立地」だけでなく、診療圏・法規制・建物性能・契約条件を一体で判断する
- 物件タイプ(路面店/ビルイン/医療モール)の違いを、集客と制約・コストで比較する
- 用途地域や建物用途、看板・工事制限は契約前に確定させる
- 消防協議と内装計画は同時進行が基本。後回しは工期と費用を押し上げる
- 概算見積と収支シミュレーションで、内装工事費のブレまで織り込む
参照ソース
- 厚生労働省「医療法(抜粋)」: https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/isei/shikarinsyo/gaiyou/kanren/iryo.html
- 国土交通省「用途地域による建築物の用途制限の概要(PDF)」: https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/kanminrenkei/content/001373094.pdf
- 消防庁「火災予防・危険物規制事務に係る届出等様式について」: https://www.fdma.go.jp/mission/prevention/post-17.html
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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