
執筆者:辻 勝
会長税理士
成年後見と相続の遺産分割手続き|認知症相続人を税理士が解説

認知症の相続人がいる遺産分割は「成年後見」が入口です
認知症などで判断能力が不十分な相続人がいる場合、遺産分割協議は「本人の意思確認ができない」ため、そのまま進めると無効になり得ます。結論として、成年後見制度を利用して法定代理人(成年後見人等)を立て、適法な手続で遺産分割を進める必要があります。
問題になるのは、相続は期限が多い一方で、後見の申立て・選任・裁判所手続には時間がかかる点です。また、後見人は「相続人全員の調整役」ではなく、被後見人(認知症の方)の利益を守る代理人であるため、家族の合意があっても通らない設計が出てきます。
税理士法人 辻総合会計では、医療機関・資産家の相続支援を30年以上行う中で、「遺産分割の合意はできているのに、成年後見・家庭裁判所手続で止まる」ケースを多く見てきました。本記事では、現場でつまずきやすい論点を実務フローで解説します。
成年後見制度とは|相続で必要になる場面
成年後見制度とは、判断能力が不十分な方を保護・支援する制度で、家庭裁判所が後見人等を選任します。契約や財産管理などの法律行為を、本人の代わりに行ったり支援したりします。
相続で成年後見が問題になりやすいのは、典型的には次の場面です。
- 遺産分割協議(遺産分割協議書への署名押印)
- 相続放棄(意思決定の適法性)
- 不動産の名義変更や預貯金の解約・払戻し
- 遺産に事業用資産・賃貸不動産があり、管理行為が継続する
後見・保佐・補助の違い(比較表)
成年後見制度には、判断能力の程度に応じて「後見・保佐・補助」があります。相続実務では「成年後見(後見開始)」が絡むケースが最も多い一方、状況によっては保佐・補助も選択肢になります。
| 区分 | 判断能力の目安 | 代理・同意のイメージ | 相続での実務ポイント |
|---|---|---|---|
| 後見 | 判断能力が欠ける常況 | 成年後見人が包括的に代理 | 遺産分割協議に成年後見人が参加。裁判所手続が絡みやすい |
| 保佐 | 著しく不十分 | 重要行為は保佐人の同意が必要(代理権付与も可) | 代理権の範囲次第で、遺産分割の進め方が変わる |
| 補助 | 不十分 | 必要な範囲だけ同意・代理 | 争点を限定した支援設計が可能なこともある |
成年後見人がいる場合の遺産分割|最大の注意点は「家庭裁判所」と「利益相反」
成年後見人が関与する遺産分割では、次の2点がボトルネックになりやすいです。
注意点1:後見人は「公平な調整役」ではなく「本人利益の代理人」
成年後見人の役割は、被後見人の権利・財産を守ることです。したがって、
- 被後見人の取り分が不当に小さい
- 不合理に負担が集中する(債務・管理負担だけ負う等)
- 代償分割の代償金が支払われない、担保がない
といった内容は、家族が合意していても後見人が同意しない(できない)ことがあります。ここを理解せずに協議を詰めると、終盤で破綻します。
注意点2:利益相反があると「特別代理人」が必要になることがある
遺産分割では、後見人自身が他の相続人であったり、後見人が複数当事者の利害を同時に背負うと、利益相反が問題になります。この場合、家庭裁判所で「特別代理人」を選任して、その人が被後見人側を代表して遺産分割に参加する運用が取られます。
裁判所は「遺産分割協議」を目的とした特別代理人選任の申立書式も公開しており、実務的にもよく使われます。
認知症の相続人がいる場合の進め方|成年後見人 遺産分割の実務ステップ
ここからは、現場で多い「認知症の相続人がいて遺産分割をしたい」ケースの標準フローです。
Step 1: 判断能力と手続の選択(後見・保佐・補助)を整理する
- 医師の診断書、介護認定の状況、日常の金銭管理の実態を確認
- 遺産分割に必要な法律行為がどの程度か(包括的か限定的か)を整理
- 本人の財産規模・収支(施設費用等)も把握し、本人利益を数値で説明できるようにします
Step 2: 成年後見開始の申立て(必要書類・候補者)
- 申立人(親族等)を決める
- 後見人候補(親族型か専門職型か)を検討
- 申立て後、家庭裁判所からの照会・面接等に対応
ポイントは「相続のためだけに最短で通す」発想ではなく、相続後も続く財産管理(賃貸不動産、預金管理、施設費用支払い等)を見据えて後見人像を設計することです。
Step 3: 相続手続の期限管理(並走タスク)
後見の選任を待っている間も、期限は進みます。代表例は次のとおりです。
- 相続放棄(原則として自己のために相続開始を知った時から3か月)
- 相続税申告(相続開始から10か月)
相続税が絡む場合、申告期限から逆算し、遺産分割の見込みと申告方針(未分割申告の要否、特例適用の設計)を早期に決める必要があります。
Step 4: 遺産分割案の作成(本人利益を数値で説明できる形に)
成年後見人が関与する遺産分割では、次の観点が重視されます。
- 被後見人の法定相続分をベースに合理性があるか
- 代償金があるなら支払原資・支払時期・担保があるか
- 不動産が絡むなら、将来の換価可能性や管理負担をどう見積もるか
税務面でも、分割内容によって小規模宅地等の特例や配偶者税額軽減など適用可否が変わるため、税理士側で「税効果と法的安定性」をセットで提示することが有効です。
Step 5: 利益相反のチェック→必要なら特別代理人の選任へ
- 後見人(候補者)が他の相続人である
- 後見人が被後見人と反対当事者側にも関与している
- 被後見人に不利な条件が含まれる
このような場合は、特別代理人の選任手続を先に走らせます。ここを飛ばすと、遺産分割協議書の局面で差し戻され、時間ロスが大きくなります。
Step 6: 遺産分割協議の成立→名義変更・解約手続へ
遺産分割協議書が整ったら、不動産登記、預貯金の払戻し、証券移管などを実行します。成年後見人が関与する場合、金融機関の書類追加や本人確認が増える傾向があるため、スケジュールには余裕を見てください。
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後見人 相続手続きで揉めやすい論点(実務の落とし穴)
最後に、相談現場で頻出する「やり直しになりやすい論点」をまとめます。
- 遺産分割協議の前に相続財産の範囲(名義預金・貸付金・未収金など)を確定していない
後から財産が増えると、協議の作り直しや追加合意が必要になります。 - 代償分割で「払うつもり」だけが先行し、支払方法・期限・担保がない
後見人は回収不能リスクを嫌うため、実現可能性の証拠が必要です。 - 不動産を被後見人に取得させるが、管理や修繕費の見通しがない
被後見人の生活費・施設費とのバランス説明がないと合意が難しくなります。 - 相続税の特例を優先して分割案を作るが、法的に不安定
税務最適化だけでなく、後見実務・裁判所運用に耐える設計が必要です。
よくある質問
Q: 認知症の相続人がいても、遺産分割協議書に「押印」してもらえれば有効ですか?
Q: 成年後見人は家族がなれますか?専門職でないと難しいですか?
Q: 後見人がいると、遺産分割は必ず家庭裁判所の許可が必要ですか?
Q: 相続税申告期限(10か月)までに分割が間に合わない場合はどうしますか?
まとめ
- 認知症の相続人がいる遺産分割は、成年後見制度を前提に進めるのが原則
- 後見人は「相続人全体の調整役」ではなく、被後見人の利益を守る代理人
- 利益相反があると特別代理人選任など家庭裁判所手続が必要になりやすい
- 後見手続と相続税申告期限は並走するため、早期のスケジュール設計が重要
- 税務最適化だけでなく、裁判所運用に耐える分割案(合理性・実現可能性)が鍵
参照ソース
- 法務省「成年後見制度・成年後見登記制度」: https://www.moj.go.jp/MINJI/minji95.html
- 裁判所「後見ポータルサイト」: https://www.courts.go.jp/saiban/koukenp00/index.html
- 裁判所「特別代理人選任の申立書(遺産分割協議)」: https://www.courts.go.jp/saiban/syosiki/syosiki_kazisinpan/syosiki_01_11/index.html
- e-Gov法令検索「民法」: https://laws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
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