
執筆者:辻 勝
会長税理士
個人事業の事業承継|親から子へ引継ぐ実務を税理士が解説

個人事業の事業承継とは、親の「屋号」や「取引」を子が引き継ぐことではなく、子が新しい事業者として事業を再スタートし、資産・契約・許認可・税務を順番に切り替えることです。法人と違い、名義が一本でも漏れると入金や仕入れが止まり、青色申告やインボイス対応にも影響します。特に親子間では「身内だから大丈夫」と手続が後回しになりがちです。税理士法人 辻総合会計では、30年以上にわたり中小事業者の承継・相続の実務支援を行ってきましたが、成功の分かれ目は“手続の段取り”にあります。
個人事業の事業承継とは:法人との違い
個人事業は、法律上「事業そのもの」を引き継ぐというより、事業用資産や契約関係を子へ移し、子が個人事業主として開業する形になります。したがって、実務は次の3点が肝です。
- お金の流れ(口座・決済・請求書・回収)を止めない
- 権利関係(賃貸借・許認可・取引基本契約)を引き直す
- 税務(開業届・廃業届、青色申告、消費税、インボイス等)を期限内に整える
親から子への引継ぎ方法:3パターンの選び方
個人事業の承継は、実務上「生前贈与」「事業譲渡(売買)」「相続」の3つに整理できます。選択は、資産規模・親の引退時期・負債や在庫の有無・消費税の影響で最適解が変わります。
| 承継方法 | メリット | 注意点(税務・実務) |
|---|---|---|
| 生前贈与(資産を贈与) | 早期に主導権移行しやすい | 贈与税の負担、贈与契約書・評価が重要。在庫や設備の移転タイミング管理が必要 |
| 事業譲渡(資産を売買) | 取引として整理しやすい | 譲渡所得や消費税の論点が出やすい。のれん設定・資産明細・契約切替が必須 |
| 相続(死亡により承継) | 生前調整が難しい場合の現実解 | 準確定申告(期限あり)、相続税・名義変更が集中。インボイス等の手当が必要 |
手続きの全体像:個人事業の引き継ぎ実務フロー
ここでは、親から子へスムーズに引き継ぐための標準的な段取りを示します。ポイントは「名義変更リスト」を作り、期限のある届出から逆算することです。
Step 1: 現状の棚卸し(名義・契約・資産)
- 取引先(販売・仕入・外注)と契約書の有無
- 店舗・事務所の賃貸借契約、リース、借入、保証
- 許認可(営業許可、資格、届出制の業種など)
- 事業用資産(設備・車両・在庫・工具)と所有者、減価償却台帳
- 収支管理(会計ソフト、ネットバンク、クレカ、決済端末)
Step 2: 承継方式を決める(贈与・譲渡・相続)
- 子がすぐ主導したいか(共同運営期間の有無)
- 親の引退時期、親の生活費(引退後の資金計画)
- 在庫や設備が多いか、借入があるか(債務引受の可否)
Step 3: 契約・許認可の切替(業務停止を防ぐ)
- 取引先へ「名義変更/再契約」の事前案内(請求書の宛名も含む)
- 賃貸借契約の名義変更または再契約(連帯保証の有無に注意)
- 決済サービス・EC・予約システム等の名義変更(入金口座が変わる)
Step 4: 税務届出(期限厳守)
- 子:個人事業の開業届を提出(原則1か月以内)
- 親:廃業に伴う届出(廃業届等。青色取りやめ等が必要なケースあり)
- 子:青色申告承認申請書(原則、申告したい年の3月15日まで/開業後2か月以内の特例)
- 家族従業員がいる場合:青色事業専従者給与の届出(期限あり)
Step 5: 運用開始後の確認(初年度が勝負)
- 請求書・領収書の名義、登録番号(該当する場合)の整合
- 役割分担(親が残る場合は“実態”と“名義”のズレを解消)
- 記帳体制(電子帳簿・e-Tax等)の整備
青色申告は承継できる?「子は子で申請」が原則
青色申告は、個人ごとの制度です。親が青色申告でも、子が自動的に青色になるわけではありません。子が青色申告を行うには、所得税の青色申告承認申請書の提出が必要です。
- 通常:青色申告したい年の3月15日まで
- 年の途中で開業:開業日から2か月以内
- 相続により承継:死亡日(相続開始を知った日)の時期により提出期限が変動(一定の特例期間)
また、家族に給与を払って必要経費にする場合は、青色事業専従者給与の届出も期限管理が重要です。手続が間に合わないと、初年度の控除・経費算入に影響します。
相続・事業承継の専門家にご相談ください
相続税申告、事業承継対策など、資産に関するお悩みをトータルでサポートします。
平日 9:15〜18:15(土日祝休業)
相続で引き継ぐ場合の注意点:準確定申告とインボイス
親が亡くなってから事業を引き継ぐ場合、税務イベントが短期間に集中します。代表的なのが準確定申告です。相続人は、被相続人の1月1日から死亡日までの所得について、相続開始を知った日の翌日から4か月以内に申告・納税する必要があります(準確定申告)。
さらに、インボイス(適格請求書)対応中の事業では、手続を誤ると取引先に迷惑がかかります。国税庁のFAQでは、被相続人がインボイス発行事業者の場合、相続人が「適格請求書発行事業者の死亡届出書」を提出する必要があること、一定の条件で“みなし登録期間”が設けられることが示されています。相続直後の4か月は、特に実務の詰まりどころになりやすい箇所です。
よくある質問
Q: 親の青色申告は、そのまま子に引き継げますか?
A:
原則として引き継げません。子は子として青色申告承認申請書を提出します。相続で承継する場合は、死亡日の時期に応じた特例期限が設けられています。期限を逃すと、初年度の青色申告特別控除や専従者給与の取扱いに影響するため、早めの段取りが重要です。Q: 開業届と廃業届はいつまでに出す必要がありますか?
A:
国税庁の案内では、個人事業の開始等の事実があった日から1か月以内に提出する取扱いです。実務では、取引開始日・廃止日を明確にし、契約切替や請求書の名義変更と同時進行で提出します。Q: 親がインボイス発行事業者でした。相続で事業を継ぐときの要点は?
A:
相続人は「適格請求書発行事業者の死亡届出書」の提出が必要です。また、一定の場合に“みなし登録期間”が設けられ、登録番号の扱いなど実務対応が発生します。取引先の経理処理に直結するため、承継直後に優先して確認してください。Q: 親が引退後もしばらく手伝う予定です。注意点はありますか?
A:
「名義は子、実態は親」の状態が続くと、税務・労務・取引先対応で齟齬が出やすくなります。役割(営業・仕入・支払決裁)と権限(口座・契約・発行書類)を一致させ、親への報酬や外注化の扱いも含めて設計するとトラブルを抑えられます。まとめ
- 個人事業の事業承継は「子が新しい事業者になる」ため、名義・契約・税務を順に切り替えるのが基本
- 承継方法は「生前贈与」「事業譲渡」「相続」の3類型で、税務だけでなく業務停止リスクも見て選ぶ
- 開業届・廃業届は原則1か月以内、青色申告承認申請書は期限が複数あるため逆算が重要
- 相続承継では準確定申告(4か月以内)と、インボイス等の手続が短期集中しやすい
- “名義変更リスト”を作り、取引・入金が止まらない順番で進めると成功確度が上がる
参照ソース
- 国税庁「A1-5 個人事業の開業届出・廃業届出等手続」: https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/shinkoku/annai/04.htm
- 国税庁「A1-8 所得税の青色申告承認申請手続」: https://www.nta.go.jp/taxes/tetsuzuki/shinsei/annai/shinkoku/annai/09.htm
- 国税庁「相続によりインボイス発行事業者の事業を承継(FAQ)」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/zeimokubetsu/shohi/keigenzeiritsu/pdf/sinkijigyousha/faq_k14.pdf
この記事を書いた人

辻 勝
会長税理士
税理士 / 行政書士
税理士法人 辻総合会計の会長。40年以上の実務経験を持ち、相続税・事業承継を専門とする。多くの医療法人・クリニックの顧問を務める。
ご注意事項
本記事の内容は、公開日時点における一般的な情報提供を目的としており、 特定の個人や法人に対する専門的なアドバイスを構成するものではありません。
税務・会計・法務等に関する具体的なご相談については、 必ず資格を持った専門家にご確認ください。 本記事の情報に基づいて行われた判断や行動により生じた損害について、 当事務所は一切の責任を負いかねます。
記事の内容は法令の改正等により変更される場合があります。 最新の情報については、関係省庁の公式サイト等でご確認ください。
