
執筆者:辻 光明
代表税理士
従業員への事業承継MBO・EBOの進め方|税理士が実務解説

従業員への事業承継(MBO・EBO)とは、経営者が保有する株式や事業を、社内の後継者(役員・従業員)へ移す承継方法です。最大の論点は「誰が買うか」ではなく、誰が資金を負担し、どの条件で会社を引き継ぐかです。準備不足のまま進めると、資金繰り悪化や従業員の分断を招きかねません。経営者・後継者・金融機関が同じ絵を見られるよう、段取りと根拠(評価・計画・契約)を揃えることが実務の核心です。
従業員への事業承継(MBO・EBO)とは
MBO(Management Buyout)は、役員・幹部が中心となって会社(株式)を買い取る方法です。意思決定が速く、承継後の経営責任が明確になりやすい点が特徴です。
EBO(Employee Buyout)は、従業員(または従業員持株会等)が広く参加して買い取る方法です。組織の納得感を作りやすい一方、意思決定が分散しやすく、資金拠出・ガバナンス設計が難所になります。
いずれも「社内の人材が引き継ぐ」ため、顧客・仕入先・金融機関から見て継続性が高い反面、買い手側の資金力が弱いことが多く、資金調達と株式価値の適正評価が成否を分けます。
MBOとEBOの違い|親族内承継・M&Aとの比較
MBO・EBOは「従業員承継」に含まれますが、親族内承継や第三者M&Aと比べると、価格(評価)と資金の組み立て方がよりシビアです。
| 比較項目 | MBO(役員買収) | EBO(従業員買収) | 第三者M&A |
|---|---|---|---|
| 主な買い手 | 役員・幹部 | 従業員(持株会等) | 外部企業・投資家 |
| 意思決定 | 速い | 分散しやすい | 相手次第 |
| 資金調達 | 融資中心になりやすい | 小口拠出+融資等の設計が必要 | 買い手資金が厚いことが多い |
| 価格の納得感 | 社内合意が論点になりやすい | 公平性説明がより重要 | 市場価格に寄せやすい |
| 承継後の統合 | 文化は維持されやすい | 文化は維持されやすい | PMI(統合)負荷が出やすい |
MBO・EBOの進め方|5ステップで全体像
中小企業庁の事業承継ガイドラインでも、承継は段階的に進めることが重要と整理されています。実務では、次の5ステップに落とすとプロジェクト管理が容易です。
Step 1: 承継方針と候補者の確定(合意形成)
後継者本人の意思、家族株主の意向、主要取引先・金融機関の反応を早期に把握します。MBOは「経営権を誰に集約するか」、EBOは「参加範囲と議決権設計」を最初に決めます。
Step 2: 企業価値・株式価値の算定(根拠作り)
株式価値の算定は“価格交渉”ではなく“説明責任”です。株式譲渡なのか、事業譲渡なのかで評価対象が変わります。税務・金融の双方に耐える資料(試算表の精度、実態純資産、将来収益)が必要です。
Step 3: スキーム設計(株式譲渡/事業譲渡/SPC等)
株式譲渡は許認可・契約の承継が比較的スムーズですが、簿外債務や偶発債務も引き継ぎます。事業譲渡はリスクを切り分けやすい一方、契約移転や従業員対応の負荷が増えます。MBOではSPC(買収目的会社)を使う設計も検討します。
Step 4: 資金調達と返済計画(金融機関との擦り合わせ)
従業員承継は買い手の担保・信用が弱いことが多く、返済原資(キャッシュフロー)を数字で示すことが必須です。返済期間、金利、役員報酬、設備投資、運転資金を一体で設計し、無理のない返済計画に落とします。
Step 5: 契約締結・実行・承継後の運営(PMI相当)
株式譲渡契約、役員変更、株主名簿、社内外への説明、引継ぎ期間の設計までが“実行”です。承継後は、ガバナンス(取締役会運営、稟議、権限)と経営管理(予実、資金繰り)を整え、早期に「新体制の標準」を作ります。
資金調達とスキーム設計のポイント
資金の出どころを3つに分けて考える
- 買い手自己資金(役員の拠出、従業員の拠出)
- 借入金(金融機関)
- 売り手側の工夫(分割払い、退職金設計、条件付対価など)
ポイントは、買い手の生活・報酬を圧迫しすぎないことです。役員報酬を下げすぎるとモチベーションを損ね、逆に上げすぎると返済が回りません。返済原資は「利益」ではなく「資金」で見る必要があります。
EBOは“持株比率”より“議決権と出口”を設計する
EBOは多数が関与するため、意思決定が止まるリスクがあります。持株会を使う場合でも、議決権行使のルール、退職者の持分の扱い、会社が買い取る際の価格決定ルール(算定式)を先に決めておくと運用が安定します。
中小企業の税務・経営相談
創業から成長期まで、企業のフェーズに合わせた税務・経営サポートを提供しています。
平日 9:15〜18:15(土日祝休業)
税務・法務の注意点と失敗パターン
売り手(現経営者)の税金:株式譲渡は譲渡所得課税が基本
株式等の譲渡益は申告分離課税(税率20%、復興特別所得税を含めた取扱いあり)として整理されています。譲渡の形(上場・一般株式等)や個別事情で取り扱いが変わるため、契約前に税額試算を行い、手取りベースで条件を詰めます。
価格が安すぎる/根拠が薄い:贈与認定・社内不公平の火種
「社内だからこの価格で」と根拠なく値付けすると、税務上の指摘リスクだけでなく、他の従業員からの不信にも繋がります。第三者評価や算定根拠を残し、説明可能性を担保することが重要です。
契約と引継ぎが雑:表明保証・偶発債務で揉める
MBO・EBOでも、契約(表明保証、補償、競業避止、退任後の関与)を省略すると後で揉めます。特に、過去の労務問題、未払残業、リース、訴訟リスク、税務リスクは、棚卸ししてから実行すべきです。
実務でよくあるケース(匿名)
税理士法人 辻総合会計では、医療・士業を含む中小企業の承継支援において、社内承継で最も多い詰まりどころは「買い手の資金計画」と「価格の説明資料不足」です。あるケースでは、幹部2名によるMBOを予定していたものの、金融機関が返済原資の説明を求め、資金繰り表と役員報酬設計を作り直して承継を実行しました。結果として、返済負担を抑えつつ、主要取引先への説明もスムーズになりました。
支援制度の活用|まずは無料相談の導線を作る
従業員承継は「社内の話」だけで完結しません。公的支援を入口にして、早期に論点整理を行うと進行が速くなります。
- 事業承継・引継ぎ支援センター:事業承継の相談、計画策定、M&A支援などを原則無料で実施(各都道府県)
- 事業承継・M&A補助金:専門家費用やDD等を支援する枠があり、要件に合えばコストを抑えられます
また、相続・贈与で承継する場合には、事業承継税制(法人版)のような制度も選択肢になります。MBO・EBO(買収)と、相続・贈与(税制活用)は発想が異なるため、最初に「買う承継」なのか「移す承継」なのかを分けて検討すると整理しやすくなります。
よくある質問
Q: MBOとEBOは、どちらが進めやすいですか?
A:
一般論では、意思決定が集中するMBOの方が進めやすい傾向があります。EBOは納得感を作りやすい反面、議決権・退職時の取り扱い・価格ルールなど運用設計が必要です。会社規模、後継者の力量、社内文化で最適解は変わります。Q: 社内承継なら株価は低くしても問題ありませんか?
A:
問題が生じるのは「根拠がない」場合です。税務面のリスクに加え、他の従業員や共同経営者との不公平感にも繋がります。第三者評価や算定資料を用意し、“説明可能な価格”にすることが重要です。Q: 資金調達が難しい場合、どう打開しますか?
A:
返済原資(資金繰り)を精緻化し、借入の条件を現実的に設計することが第一です。そのうえで、分割払い等の売り手側工夫、スキーム(株式譲渡か事業譲渡か、SPCの利用等)の見直し、補助金による専門家費用の圧縮などを組み合わせます。まとめ
- 従業員への事業承継(MBO・EBO)は、後継者不在の有力な解決策だが、資金と価格説明が成否を分ける
- MBOは意思決定が速い一方、EBOはガバナンスと運用設計が重要になる
- 進め方は「方針確定→評価→スキーム→資金→実行」の5ステップで管理すると失敗しにくい
- 税務・法務は“社内だから簡略化”が最大のリスク。根拠資料と契約で担保する
- 公的支援(支援センター、補助金)を入口に、早期に論点整理を行うと進行が速い
参照ソース
- 中小企業庁「事業承継ガイドライン(第3版)」: https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/shoukei_guideline.pdf
- 中小企業庁「事業承継の支援策」: https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/business_succession_support_measures.html
- 国税庁「No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1463.htm
この記事を書いた人

辻 光明
代表税理士
税理士 / 認定経営革新等支援機関
税理士法人 辻総合会計の代表。クリニック開業支援・医療法人設立・クラウド会計導入を得意とし、オンラインでの税務顧問サービスを推進。
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